フォッサマグナ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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フォッサマグナ(英・Fossa Magna)とは、日本を分断する二つの崖の間の地域のことである。

概要[編集]

フォッサマグナとは日本を東西に3分割する巨大な崖の間であり、地理的・文化的境界線とされている。フォッサマグナに該当する地域は日本の中枢とされ、そこらの田舎とは格が違う。実際首都東京23区はフォッサマグナの東端に設置され、フォッサマグナとそれより東との交易を支える役割も果たしている。

一般的には崖に雪水が流れて出来た糸魚川によって分断された西の境界線のみを指し、実際フォッサマグナを地域のことでなく西の崖単体を指していると考えている勘違いもよくなされている。

外との関わり[編集]

そもそも戦国時代以前は崖を超えるだけで一大イベントであり。江戸時代にようやく崖を恒常的に渡るための公共工事がなされ、明治時代にかけ橋が近代化され、やっと何不自由なくフォッサマグナを行き来できるようになった。そのためフォッサマグナの崖は歴史的分断線でもあると考えられている。

フォッサマグナの崖は文化的境界線であり、現代文化の基礎となる電源の周波数さえも糸魚川よりも東は50Hz、西は60Hzと違う。これによる不都合は変換所を通すことによって無理やり解消しているが、そもそもこの差異自体関ヶ原の合戦より連なる東西冷戦にさかのぼると考えられ、いまだ統一のめどは立っていない。

西側の人間が東の食べ物を不味いと感じたり、東側の人間が西の食べ物に嫌悪感を示す。そのため全国ネットの日本企業はフォッサマグナによる東西文化分裂にあわせフォッサマグナを境に別々の商品を出している。

東京で関西人をバカにする風潮があるが、これはフォッサマグナより西では関西弁という東の人間にはよくわからん言語がつかわれているためであり、その言語センスの意味不明さから自分たちはこんな異郷のではないと盲信するが故である。深層心理としては崖の向こう側の住人を本質的に恐れ、異物としてみなしているからこそである。

ここまで散々フォッサマグナより西の地域をあげつらっていたが、フォッサマグナより北東の地域もフォッサマグナの住人にとってはよくわからない異郷である。東京の存在により電源の違いなどはないが、よくわからん祭りや聞き取りにくい言語の違いは相応に存在し、蝦夷民としてバカにする風潮もいまだに強い。実際普段は東北北海道と仲良くしようねと言っていても東京直撃の台風が東北や北海道で猛威をふるっても全国ネットは知らんふりをするのが当たり前であり、震災が発生しても相対的に被害のないフォッサマグナ内部の流通経路なんかが完全に復旧してからやっとフォッサマグナ外に手を差し伸べて天使面をするのが恒例である。フォッサマグナでは外の住人は基本二の次である。

素晴らしきフォッサマグナ[編集]

フォッサマグナは日本のユートピアであり、その中には日本の中枢機能だけでなく、経済・文化の中枢機能も集中する日本の心臓部である。これだけ聞くと味気ない人工の大都市に聞こえるが都心から三歩ほど離れれば雄大な富士山を、西端からは日本アルプスを臨むことができる。お茶やお米の産地もフォッサマグナの中にあり、フォッサマグナ内で鎖国されても問題なく生活できる。フォッサマグナ外が何をわめこうと中枢政府の意向一つで締めだすことができ、交易不可のダメージも相手に一方的に与えることができる。要するにフォッサマグナを称えよ、ひれ伏せ土人どもということだ。

ここまで素晴らしきフォッサマグナについて語ったが、最後にフォッサマグナの地理的成り立ちについて話したいと思う。フォッサマグナは北アメリカプレートとユーラシアプレートの境界の間に生まれ、このプレートのきしみが日本を分断する二つの崖を生みだしたのだ。

つまりどういうことかと地学的要因を省略して言えば、フォッサマグナ内では地震・噴火が起きる可能性が非常に高いということである。あまりフォッサマグナ内でおごり高ぶっているといつか起きる災厄の際、周りから見捨てられるということを今のうちに肝に銘じておけということだ。

関連項目[編集]

Wikipedia
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