マカオ

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マカオ(中:澳門)(英:Macau)(葡:Macau)は中国南岸の珠江河口に位置するテーマパーク。カジノをテーマとした遊園地として世界的に有名であり、1999年にポルトガル領から中国領へ移行している。運営元は中国政府。

概要[編集]

『列強が育んだカジノバカンスによって、「ラスベガス」「モナコ」のような”人生の境地”をお届けするカジノの楽園』を基本理念としていて、中華王朝(清)から引き裂かれる形で1847年にオープンした。この際引き裂き役であったポルトガルが初代総督となった。現在に至るまで管理役がたびたび移っているが、一貫として島全体におけるカジノテーマパーク化を実現しており、カジノ施設のほかに西洋建造物や大学などもある多様性の側面も含めている。以降ではマカオの沿革を端的に説明する。

交易港としての歴史[編集]

もともとマカオ周辺は何の特性もない小さな島だったが、16世紀からポルトガル人が渡来し始めたことにより、西洋と中華の交流の発祥地となった。その後交易が盛んとなり、17世紀半ばまでアジア1の国際的交易港として栄えた。ちなみにこの時代まではあくまで中国の領土だった。しかし上流のコウシューで国際的な変容が起こったり、日本が鎖国したり、マニラ香港などの繁栄もあって交易港としてのマカオの時代は終焉を迎えた。

植民地からテーマパークへ[編集]

19世紀に英国によるアヘンいじめが起こってからというもの、中国王朝の土地や利権が列強に取られ叩かれるようになり、イギリスの親友だったポルトガルも便乗して、マカオ周辺を不平等条約によって引き裂いてしまった。初めは多民族植民地として繁栄していたが、いずれ旧マカオ政府の財政が悪化。ついには1847年に開園宣言がなされ、マカオはカジノテーマパークになった。ただまだこの頃はマカオを一部がカジノパーク化したにとどまっており、マカオはただの植民地だった。中国は世界大戦の戦禍となったが、香港とは違い中立国の植民地であったため占領はされず、今後中国本土で大暴れ祭りが起きたが影響は皆無だった。このように中立国に支配されたことにより、マカオは中共の下積み時代を経験せずに済んだのである。

西洋遊園地としての歴史[編集]

戦後長らくは半遊園地として繁栄していたが、50年代になると再び財政が悪化。ついには本格的にマカオ全体をテーマパーク化しようと行政が動き出した。1961年に園の独占営業権をオークションで決めるという大変破天荒な制度を作り、最終的にはSTDMと呼ばれる裏社会組織が40年間独占することとなった。この時代からマカオは半官半民野テーマパークと転換された。STDMは従業員の待遇を保全するよう本部から義務付けられ、これが高待遇テーマパークの定礎となる。また空港やシャトルフェリーも導入され、これによりマカオは本格的に国際的なテーマパークへと躍進する。

中国へ返される[編集]

ただ長いことポルトガルが運営するにあたって、次第に中国が返してほしいと駄々こねるようになった。資本が行き交う巨大遊園地であるうえ、元々は半分カツアゲみたいに強引に持ち去ったものでもあったため、ポルトガル政府がついに折れて1999年に中国に返還されることになった。しかしここから現在に至るまで苦難の連続が待ちうけていた。マカオ返還の2年前には香港が先に返還されたのだが、英国よりも厳しい統制からかギャングが従業員としてマカオに移るようになり、園内は次第に秩序が乱れていった。一部では殺り合いまで起こり大量の園内従業員が逮捕される。強まるマカオでの統制に怒ったとある闇組織が、マカオの園長をリンチして殺すという惨事まで起こってしまった。以前のポルトガルならそこまで重い罪で問われることはなかったが、鄧小平の息がかかった容赦ない統制によって、いずれ園内での闇組織は壊滅へと向かい、ラスベガスに並んだ秩序を含めた国際的遊園地として世界一のテーマパークとなった。

園内[編集]

前述の通りマカオは島全体をカジノテーマパークとしており、基本的に従業員が園内で住み込み従事している[1]。また従業員ほかギャンブラーなどの中毒者も住み着いている。かつては殆どが欧米や日本などからのショボい客ばっかりであったが、現在は中国経済の発展もあってか大陸側からの来園者が大多数を占め、1億を平気でかけるVIPが大量に増えた。ちなみに園内はライフラインや医療教育機関が充実しているので、従業員の経済は園内で成立している。また独占経営の下で放任的にカジノ参入を管理しており、大手から中小まで幅広く自由に参入しているのが実情である。

カジノ[編集]

園内のアトラクションは当然全てカジノ施設である。ラスベガスに比べ単純なテーブルカジノが大半を占め、客層の9割が一般庶民だが、富裕層によるVIPによる売り上げが9割を占める。どんな遊び方なのかは事前によく調べ、入るカジノも入念に決めたほうがいい。

ホテル[編集]

来園客がたくさん金を落としてくれるおかげでホテルが安くなっており、カジノに行かずにホテルに泊まって過ごすことも容易であるが、誘惑に負けてカジノにハマってホテルに蔓延るケースが大半である。ホテルも潤沢であり無料でライブやショーも見れるが、みんなカジノに行っていて誰も見ていない。

脚注[編集]

  1. ^ 園の地下に巨大地下労働施設があるのは機密事項である。

関連項目[編集]