マルセル・プルースト

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マルセルは暇さえあれば「あの少女はゴモラの住民ではないだろうか」「あの青年はソドムの住民ではないだろうか」といったことを考えて、その考えを……
「マルセルは会話中、いつ呼吸しているのだろうか……」
マルセル・プルースト について、オスカー・ワイルド

ヴァランタン=ルイ=ジョルジュ=ウジェーヌ=マルセル・プルースト(Valentin-Louis-Georges-Eugène-Marcel Proust)はフランスの作家・評論家であり、いわゆる身体虚弱児として生を受けたが、彼は両親の暖かな愛情に包まれていたので死から逃れることには成功したものの、虚弱であることには変わりなく、その生涯を閉じるまで柔らかいマドレーヌばかり食べていたのであった。彼はマドレーヌを熱い紅茶に浸して食べることを習慣としていたが、お茶は舌がやけどするほどの高温であるため、マドレーヌを唇に寄せるにはしばらく待たなければならないが、いつしか時は流れて手に取ることが出来たので、彼は椅子に座って窓の外の雲――飢える狼から散り散りに逃れる羊の群れのように、どこまでも広がる空を小走りで流れてゆく――をうっとりと眺め、頭上を流れてゆく羊雲の悲しげな鳴き声を想像するのだった、しかしながら彼はその生涯において一度も羊を見たことが無いために、それが深い悲しみの源となり、時には羊の事を考えて涙を流し、書物に載せられたふわふわの羊の写真を見てはペットにしたいと切実に願っていたが、当時のフランスにおいては獣姦者の増加に伴って羊に触れることは法律で禁じられていたのだった、もっともマルセルは羊にそこまでの興味を持っていなかった……ふと、彼は羊についての空想から抜け出して、再び手元にあるマドレーヌのことを考え始めたのだが、この時点で彼は既にマドレーヌを一切れ、舌の上で溶かしており、トゲのある甘さの中に含まれる良いと悲しみを味わいつつ、次の一切れをお茶にしっかりと浸してから、マドレーヌ叔母について考えを巡らせ、叔母の優しさや、ハシバミ色の目、そして花柄の陶磁器カップにお茶を注ぐ叔母、そしてバターを塗ったトースト――もっとも彼はトーストを食べはしなかったが――について思いを寄せた、というのも彼が叔母の家を訪ねた時には必ずお茶とマドレーヌ、そしてトーストが出されていた(お茶とマドレーヌはマルセル、トーストは叔母が食べるのが習慣だった)、それから彼はマドレーヌ叔母と一緒に新聞を読む――叔母自身は新聞の良き読者とは言えないが、彼が新聞記事を楽しんでいることは理解していた――か、もしくはそれぞれ椅子に座ってマルセルは本を読み、叔母は編み物をして静かに過ごしているものだった、そしてマントルピースに置かれた時計の秒針がノミのように音もなく時を刻む、ふと叔母は時計を見て声を上げた、マルセルは豪華な家具に囲まれている暖かい叔母の家を後にし、暗闇の中、長い道のりを歩いて惨めな両親の家へと帰るのであった。彼は過去の記憶を更に探ろうとするが、マドレーヌ叔母が死んでから既に何年もたっていたので、叔母のお茶会は遠い過去の日の出来事となり、マルセルは孤独であったが、叔母についての記憶がお茶に浸して柔らかくなったひと切れのマドレーヌの中に保存されていることを確認して満足し、マドレーヌを食べ終えたのだった。

業績[編集]

プルーストはその半生を代表作À la recherche du temps perdu (失踪した秘書を求めて/邦題:失われた時を求めて)の執筆に注いだ。その長さはおよそ10000ページであり、散歩の途中でマドレーヌを買って帰宅する若者を描いた物語である。

関連項目[編集]

この記事は、en:Marcel Proustから翻訳されたものです。