ユニコーン競馬

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
この記事にはユーモアが不足しています。治療には十分な栄養と日光愛情新しい顔が必要です。
ユーモアの摂取方法にも十分気をつけましょう。
Wikipedia
ウィキペディア専門家気取りたちも「ユニコーン競馬」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

ユニコーン競馬( - けいば)とは古代から発達してきた競馬の一種で、ユニコーンを馬の代わりに使うのが特徴である。当時の乱獲によってただでさえ少ない数のユニコーンたちは激減、現在はワシントン条約によって競馬への出場・調教・その他商業用での飼育は一切禁止されている。そのため残念ながらユニコーン競馬そのものも、その時に廃止されてしまった。 ちなみに、ユニコーンは、ホホーンと鳴く。

騎手・調教・飼育[編集]

競馬において、騎手は馬と同じくらい勝敗を左右する重要な要素である。もともとユニコーンは処女にしか興味はなく、それ以外の人間がてなづけることは絶対に不可能である。(もちろん、これを見ているみんなはそんなことないよね?)世話をする人間は処女以外でも一応可能ではあるが、ユニコーンに与えるストレスを考えると、できれば20代女性までが望ましいとされる。そこで、古代ではユニコーンのストレスをなるべく軽減するためにミロのヴィーナスなどのフィギュアが考案され、各地の厩舎で用いられた。また、こうしたフィギュアは捕獲の際にユニコーンを誘き寄せる役割も果たした。そうやって苦労の末に捕獲したユニコーンも、競走馬として鍛え、そのパートナーとなる騎手が必要である。バージン諸島では、今までに最も多くの騎手を輩出し、過去の偉大な騎手はここの出身者が最も多い。しかし、現在ではこの島も独自の社会制度が原因で急速な少子高齢化を招き、やがてはその地位を低下させることとなった。

  • 騎手とユニコーンの関係について
    ユニコーンは通常の馬よりかなり頭もいいが、その分繊細で人間のように精神的ストレスを感じやすくなっている。そんなユニコーンをケアし、パートナーの騎手となれるのは、ユニコーンが唯一心を開くことができる純粋な十代の乙女だけである。しかし、その訓練内容はまだ大人になりきらぬ彼女たちにとってかなり辛いものになる。まず、馬より遥かに速く走るユニコーンから振り落とされないだけでも大変であるし、ユニコーンとの人間(?)関係にも悩まされる騎手も多い。一般的に競走馬として活躍している間は、あくまで『友達以上、恋人未満』の絶妙な関係を築くことが求められる。友達程度では必死になって走ってくれないし、恋人を超えてしまうと今度は騎手のバージンが危うくなる。赤木リツコ博士は科学者だが、大のユニコーン競馬好きで、この騎手とユニコーンの関係をヒントに『ヤマアラシのジレンマ』という論文を書いたほどである。
  • 調教について
    調教も通常は厳しすぎず、優し過ぎず、飴と鞭を適切に使い分けて調教するが、ユニコーンによっては調教の度合いを変えることもある。より厳しい調教を好むユニコーンには、ムチだけでなく激しい罵りの言葉さえ飛び出す。「ちょっと!!もっと速く走らないと馬刺しにしちゃうからね!!」なんてまだ生ぬるい方だ。もっと酷くなると、ロバ扱い、ロウソクでお仕置きする、など、少女とは思えないほど激しい調教が行われる光景も珍しくない。逆にユニコーンが騎手である少女をワザと無視して困らせたり、振り落として踏んづけたりする例もあり、ユニコーンの数だけ調教がある、と言っても過言ではない。それを乗り越えることで、お互いの心に信頼関係が結ばれていくのであろう。

レースについて[編集]

騎手も準備し、調教で互いの信頼関係が築けたならそろそろレースに出る頃合だ。初めてレースに出る場合、ユニコーンは数万の観衆を前にして緊張してしまうことも多く、騎手がそれをいかにうまくなだめられるかが、最初のポイントとなる。現在行われる普通の競馬では、騎手は体力だけでなく技術や経験が求められるが、これと同じことはユニコーン競馬にはそのまま当てはまらない。確かに、体力や技術は必要ではある。だが、十分条件ではない。馬とは違って、ユニコーンはメンタル面での連携が非常に重要だから、新人でも十分ユニコーンの潜在能力を引き出してやることは可能だ。ベテラン騎手でも、ユニコーンとの関係が冷え切ってしまえば勝つことはほぼ不可能だろう。そのため、レース結果は予想しにくく、荒れたレース展開になることが多い。

[編集]

『処女以外は騎手になれない』と書いたが、美少年の騎手も極々少数ながら存在している。どちらにしても汚れていない、純粋さが絶対条件になっているようだ。

関連項目[編集]


二代.jpg この項目「ユニコーン競馬」は、先人によって冒頭部が作られ、代々伝えられてきた物語のほんの序章に過ぎない、始まったばかりの項目です。これからの本当の物語の綴り手は、あなた自身です。 (Portal:スタブ)