ライフゲーム

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ライフゲーム(英・Life Game)とは、を賭けたギャンブルである。

概要[編集]

人間というのは、概して賭けごとが好きである。中には競馬パチンコ等のギャンブルに嫌悪感を示す人がいるが、人生最大の賭けは結婚であるという古い格言があるように、人間は生きていく上で、何かをかけなければ何も手に入れることが出来ないのである。何も賭けるものはお金だけではない。プライドや首、未来運命さえも、人生というテーブルに乗せられるチップにすぎず、運命のルーレットによって何かを得たり、賭けたものを失うのである。そして、その中でも究極の賭けとされているギャンブルがある。それがライフゲームである。

ライフゲームは命というたった一つのチップをテーブルに乗せることでプレイされる。失えばそこでゲームオーバー、すなわち人生終了である。マネーゲームであれば、多額の借金は背負うものの、返せる保証がある限りは命まで取られる心配はない。最悪の場合、自己破産という手段で何とかできる可能性もある。場合によっては、自分以外の命すらも賭けの対象になってしまう。家族友人恋人国民などが自分のせいで命を失うこともあり得るのだ。それって、未来や運命を賭けるほうがつらくないかと思う人もいるだろう。しかし、どんなに未来や運命がどんなに残酷なものになろうとも、生きてさえいれば、未来や運命が変わるという希望があるのだ。でも、死んでしまったらもう何もできない。だからこそ人間は限りある命にすがるのだろう。20年後には死にたいという人間でさえ、20年たったらまた20年後に死にたいと言っていることが多いのだから。

種類[編集]

ここではライフゲームに分類されるギャンブルをいくつか挙げたい。

戦争
兵士は自分の命を、指揮官は命と国の命運を賭ける。胴元がいないさし勝負の場合もあるが、団体戦であることが非常に多い。まれに、胴元を受け持つ国が現れて、ギャンブルの決裁をすることがある。
裏社会の抗争
893の世界も常にライフゲームである。ゆえにいつ命を取られてもおかしくない人も結構存在する。命をかけて守るものは組の名誉と縄張りだろうか。
リアル人生ゲーム
人生を人生ゲームの通りに歩もうという、一生を駒に左右されるライフゲームである。人生ゲームという名前はこのライフゲームを和訳したものであるが、死ぬのが順調にいけば数十年後とライフゲームというには生ぬるい。しかし、たった一回しかない人生を人生ゲームでつかわれる駒として使うのは、命そのものを使うのと変わらないとみなし特別に掲載する。
バトル・ロワイアル
勝ち残り条件は表向きには自分以外全員死亡だが、実際は生き残ることさえできればいいとされる。ただし、正規の条件以外で生き残ると商品がもらえない。まあ、ほとんどの参加者が好き好んでやっているわけではないので、商品なんてなくても無事に生き残りさえすればいいのだが。
汝は人狼なりや?
自陣営を勝たせるためなら平気で自分の命さえ捨て駒にするライフゲーム。自分の命のみ考えるような奴は即陣営や扱いされる過酷なゲームである。狼・狐陣営は嘘を求められ、村人陣営は真実を追求しようとする、命を賭けたライアーゲームとも言えなくもない。
闇のゲーム
はたから見るとあほらしいですが、本人たちはいたって真剣である。

総論[編集]

上にいろいろなライフゲームを載せたが、様々な参加条件が存在する。ただ、どのゲームも生きているということが最も重要な条件である。というかこれが崩れたらライフゲームにならない。そして、私たちが意識することはめったにないが、私たちはとあるライフゲームに参加しているのだ。参加期間は生誕から死亡まで、参加条件は生きているとだけというきわめて簡単だが大切なゲームである。そもそも、上で挙げたゲームすらもこのゲームのなかに存在するミニゲームにすぎない。最後にそのゲームについて触れたいと思う。

ゲームの名は「人生」。生きている限りは何をやってもいい。にさえしなければゲームオーバーにはならない。このゲームはオンラインゲームであり、仲間を作ってともに歩んだり、パートナーを作り新たに参加者を作ったりもできる。やりこみ要素は山のようにあり、何度でもやりたいと言っている人は数知れないが、プレイできるのはたった一回である。ベリーイージーからベリーハードまで難易度は勝手に決められており、また、クリア条件も人によって違う。中にはこのゲームのことを糞ゲーとか神ゲーとかいろいろ評価している人もいるが、人によってプレイデータは違うのだから人によって評価が違うのは当たり前である。なお、このゲームには電源ボタンはあってもリセットボタンは存在しないため、やり直しは利かず、残っているプレイ時間で軌道修正するしかない。電源ボタンを押してしまうと起動すら出来なくなるため、二度とゲームをプレイすることが出来なくなるので絶対に押さないこと。

このゲームをハッピーエンドで終わらすもバットエンドで終わらすも私たちしだいである。どういうエンドを迎えるかは人それぞれ違う。ただ、これだけは言える。これからも私たちはライフゲームをプレイしていくのだ。たった一つしかない命を賭けて。

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「ライフゲーム」の項目を執筆しています。