リュウケン

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「リュウケン」の項目を執筆しています。

リュウケンとは、20世紀初頭から世紀末にかけて活躍した武将、宗教家、芸術家、北斗神拳第63代伝承者。伝承者時代は霞羅門を名乗る。第61代伝承者・霞鉄心の子。先代第62代伝承者・霞拳志郎は兄にあたり、彫刻家で人間国宝のコウリュウとは義兄弟。養子に世紀末覇者・ラオウ、次代第64代伝承者・ケンシロウなどがいる。

北斗神拳全盛時代を築き中興の祖と賞されたが、晩年は自ら反対派を押し切る形でケンシロウを後継指名したことでラオウ派とケンシロウ派の分裂抗争を招き、後の時代にも多大な影響を残した。


略伝[編集]

生い立ち[編集]

修羅の国にて、北斗宗家主流・霞氏の当主で北斗神拳第61代伝承者・霞鉄心の子として生まれ、羅門と名づけられる。父の鉄心は、極十字聖拳の創始者・魏瑞鷹に勝利し、拳仙と謳われた李散とも戦った経験をもつ拳豪として知られ多くの者からの尊敬を集めており、鉄心の長男で羅門とは腹違いの兄にあたる拳志郎もまた、拳才誉れ高く知略にも優れた人物であった。その血を引いてか、幼少期から羅門は拳の才能を開花させ周囲から大きな期待を寄せられて育ったが、反面、兄には宗家の血統の証である北斗七星の痣があり、自身にはそれがないことをコンプレックスに思い、幼少期のトラウマとして残った。

めざめ[編集]

先代伝承者・拳志郎の後継をめぐる争いでは、共に北斗神拳を極め、龍虎と並び賞されたコウリュウと幾度も拳を交えた結果、羅門は次第に男色に興味を持つようになり、羅門の誘惑に負けたコウリュウは一度きりのただならぬ関係を持った。羅門よりも拳才に長けていたコウリュウはその後、羅門と関係を持った後悔と傷心から、理由を告げぬまま伝承者内定を辞退し羅門に譲ると自ら拳を封じてしまっている。その後、羅門は北斗琉拳のジュウケイとも深い関係となり、これがジュウケイの魔界入りの遠因ともなった。

伝承者時代[編集]

北斗神拳第63代伝承者となった羅門は、北斗練気闘座を建立し北斗に新風を吹き込もうとグローバル化推進を唱えあらゆる改革に着手した。その手始めに、妻を持たない羅門は次代伝承者を育成するために、出自を問わず多くの幼い男児を養子に貰い受け、昼は拳法を教え込み、夜は彼らを侍らせ悦楽の日々を満喫した。その中には彼が一番愛したとされる少年・ジャギの姿もあった。(ただし、愛するがゆえ彼は伝承者候補として育てられなかった)

そんなさなかに、羅門が最も期待を寄せるラオウと弟のトキが入門を試みるも、あろうことか羅門はわざと断崖絶壁から二人を蹴落とし「獅子は子を崖から落とし這い上がる子のみをわが子とするのだ」と理不尽な理屈を投げかけた他、のちに除け者扱いだったトキの美少年ぶりに惹かれ最終的にトキを次期伝承者候補にすえるほど重用したため、少年ラオウの人格形成を大きく歪めてしまった。更には入門希望者全てに、この過酷な行いをしたため一部PTAから批判の声があがり教育委員会から警告を受ける。

一方、新参で入門した養子が兄と同じ名のケンシロウだったことが、すっかりいじけたラオウの心身を更に大きく乱した。だが、拳法家としてはもちろん指導者としても一流の域にあった羅門の改革は実を結び、成長したラオウ・トキ・ケンシロウに加え、ジャギの4人の屈強な拳士を育て上げ、他流である南斗からもシンジュウザをはじめとする留学生を受け入れるなど、練気闘座は当代きっての賑わいを見せ、ここに北斗は全盛の時代を迎えた。

晩年[編集]

その功績から198X年、文化勲章を、199X年には紫綬褒章をそれぞれ叙勲される。晩年は、出家剃髪しリュウケンと号した。だが、明らかにジャギよりも素行が良さそうな弟子のキムを無理やり破門に追い込んだり、ユリアがケンシロウやラオウばかりでなく大切なトキにまで接近することを恐れ被害妄想を抱くなど次第に老害も目立つようになり周囲を混乱に陥れる事が多くなった。そして、核戦争勃発後、次期伝承者に内定していたトキが被爆しこれを辞退すると、リュウケンの理性もいよいよ逸脱し始め、ユリアにデレデレになって骨抜きにされ、練習試合で、ただジャギをボコボコにしただけの軟弱なケンシロウを強引に第64代伝承者に決定してしまった。その後、ラオウ派の反発を抑えられず、ついには天下統一をめざし天を掴もうと画策したラオウの拳を自ら封じるべくラオウと会談に及び、そのさなかに発作を起して生涯を終えた。最期の言葉は「神よ、いましばしの命を!」であった。

結局、会談は決裂しラオウは拳王を称して権力固めに奔走、新たな伝承者ケンシロウは、早々にシンに惨敗するなどして世が乱れるきっかけとなり、まさに世は暗黒の時代と化した。


人物[編集]

伝承者としては2千年の歴史の中では指折りの人物であり、拳法家としても一瞬にして敵の背後を取るなど、ただならぬ才覚がある。が、リュウケンの男色や幼児性愛という性癖にはじまり、特に歪んだサディズムは、養子であり次期伝承者に決定したケンシロウにも引き継がれ、リュウケンに劣らぬ立派な変態サディストになった。結果、殺戮の時代の到来を招き数多くの人々に恐怖を与えるなど、リュウケンの下した判断がその後の人たちの人生を狂わせたといっても過言ではない。

一方で、芸術家としては類い稀な才能を見せ、自身、設計に関わった北斗練気闘座は東洋的かつ宗教性溢れる名所として名高く、その跡地は近く、ユネスコで世界遺産登録も検討されるほどである。

またファッションセンスは洗練されており、破れても生涯似たような服であったケンシロウと違って若い頃はマントを纏うなど洋装を好み、晩年は和装ルックに身を包むなど幅広く、核戦争直前には北斗神拳伝承者として史上初めてベストドレッサー賞を受賞している。

もう一人のケンシロウ[編集]

実は彼には実子が存在していることが、兄である先代伝承者の霞拳志郎を主人公とした作品・蒼天の拳の冒頭にて判明している。 その際『わが兄の名をもらいケンシロウと名づけよう!』とリュウケン自ら声高らかに宣言しているが、本編北斗の拳において養子のケンシロウが彼らしき人物に出会うことも語ることもないため、彼がその後どうなったかは不明。(なお、本編およびジャギ外伝では北斗の拳のケンシロウは養子の方であることが確定している。) なお、CR北斗の拳でサウザーどころかジャギのショットガン殴り一発で死亡するモヒカンレベルの貧弱さに疑問を持ったファンが「あんなのケンシロウじゃない。あれ実子のケンシロウだろ」とする説もある。


先代
霞拳志郎
北斗神拳伝承者
第63代
次代
ケンシロウ