上野原市

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上野原市とは、山梨県の東部に位置する歴史あふれる丘陵地帯である。

概要[編集]

自称都会今ドキな名前の市日曜夕方5時40分ごろによく見かける青服のおじいちゃんの出身市に比べると知名度は低いが、実は7世紀以前から資料がある凄いところである。

しかし市民はそんなこといざ知らず「早く都会に出たい」と思う若者で溢れている。それ以上にお年寄りが多い。

甲斐県の東側に属している郡内民であるため西側の国中民とは文化的に異なる。仲も悪い。

例えば郡内民は知り合いが前を歩いていようものならこっそり近づき尻にタッチをするのが挨拶行為と認識しているが、国中民にやろうものなら「おまん、こんだぁおなしこんしたら、ほんこんによめぇたおしてくれるからな!」と本気で怒られる。しかし郡内民とはそもそも使用言語が違うために意味が通じない

かつては市内中心部をぐるりと囲むように立派な館「上野原城」があったが武田氏滅亡後は百姓によって畑に変えられたため何も残っていない。なんということでしょう

城主・加藤景忠はなんとお館様に弓を教えたり北条攻めで大活躍しているが市民すら知らない。もちろんTKD24にも選ばれていない。

江戸時代には甲州街道沿いの上野原宿として発展しかけたことのある地域でもある。また一里塚が塚場、大椚、荻野、恋塚と4か所設けられている。

市内を横切るように流れる桂川という大河川がもたらした河岸段丘という珍しい地形ではある。山梨県外では相模川として名を馳せている。

また東西に位置する工業団地にはそれぞれ有名建築物がある。

西側工業団地にはポニーが飼われている動物を愛する大学、東川工業団地には全国屈指の焼却炉がそれぞれ設置されている。

地理[編集]

前述の河岸段丘の中腹、甲州街道沿いの上野原宿とそれ以外の山岳地域で成り立つ。上野原宿といっても東京の上野と原宿が鼻で笑うほどの田舎である。 一方で野田尻宿や犬目宿は繁栄極まるものがあり全国的に有名である。犬目宿では葛飾北斎が富士36景を描いていったり明治天皇がお風呂に入ったりしている。

「山梨県にある東京都の飛び地、それが上野原市である」とよく言われるが本当にその通りですありがとうございました。

参考までに上野原市内にあるJR上野原駅からJR甲府駅へは1110円、JR新宿駅へは950円となっていることからもお分かりいただけるであろう。 京王線を挟めば670円で新宿まで行くことができる。よって上野原市の中高生は国中民に比べるとややオシャンティーではある。 だが彼らの拠点は駅前だけ発展市であることが多く田舎臭さを拭い切れていない

上野原市クリーンセンター[編集]

上野原民が市外に出て一人暮らしを始めるとまず驚くことがある。ごみの分別めんどくせぇ!!!

理由としては上野原市東端にあるクリーンセンターが無駄に高性能であることが考えられている。

難燃物を燃やしてもダイオキシンが出にくいほどの高温を確保できる当施設はビニールだろうがペットボトルだろうが燃やし尽くす!!

これは、上野原市内のごみ集積の分別が「燃えるごみ」「ビン」「カン」「新聞紙」「粗大ごみ」の5つに大別されていることからもわかるだろう。

もしあなたのご友人が上野原民かどうか見極める必要に迫られたら、空のペットボトルを渡してあげよう。

「燃えるごみ」に躊躇なく捨てたら間違いなく上野原民である。

全国的に見た上野原市(近世まで)[編集]

といった動物たちがうふふきゃははしていた時代、上野原の百姓はのどかに畑を耕していた。

ところが上野原の百姓たちがアイドルグループとして全国デビューすることとなる。

1836年にひょーちゃんをリーダーとしてKTI36が発足する。スローガンは「清く、正しく、打ちこわし」。

こうして北は松前藩から南は薩摩藩まで熱狂的なファンで溢れかえることとなる。

  • 大塩平八郎(45歳・町職員)氏 「(彼らの活躍をみて、)俺にもできると思いました。」
 彼は後にダンスグループ大坂男子流を結成するが非業の死を遂げる。
  • 宮川久次郎(年齢不詳・百姓)氏 「ぜひ息子には彼らと対抗できるぐらい歌も踊りも猛練習させたい。」
 彼の息子は後にしんせんクローバーZのリーダーとして活躍する。

ところが途中から加入してきた国中民たちが次々とご法度を犯しては辞めさせられる事件が多発する。中には坊主になった奴もいるとか

この一連の騒動について高島セブン週刊タカトオ芸能ヌマヅデーなど週刊誌が取り上げお祭り騒ぎとなった。

ひょーちゃん自身も突然の脱退を表明。(「私のことは嫌いでも!打ちこわしを嫌いにならないでください!」は名言)

KTI36もまもなく解散した。

全国的に見た上野原市(近代まで)[編集]

アイドルグループしんせんクローバーは拠点を甲府城に置き、新興勢力新政府46の人気に備える。しかし人数の差からしんせんクローバーは負けに負け、ここ上野原市で解散野外ライブを行なうまでに至る。

彼らは後にメンバーの一人を失ったもののしんせんクローバーZとして返り咲き拠点を函館に移すこととなるが今は置いておく。

その後一気にアイドル熱が冷めたためか、新たな刺激を求めて若者がTOKYOに流れていくようになる。

一方で「成熟な街並み」などと抜かしおる企業によってニュータウンコモア四方津が造られるとベッドタウン化に拍車がかかっていく。

また昨今の子づくりブーム低迷の煽りを受けて歴史ある学び舎がどんどん減っていくこととなる。

※各小学校・中学校の歴史を知りたければ、市民誰しもが小学生の時に配られる「写真で見る上野原」なる分厚い冊子を知り合いに見せてもらおう!

市内にある談合坂サービスエリアは全国2位の売り上げを誇っているが、高速道路のネオンランプの光害と言えよう、北側の夜空はオレンジ色に明るい。

名産品[編集]

  • 酒饅頭 - さかまんじゅう。生地に酒粕を練り込んで蒸しているため甘酒の風味が強い。生地はやや硬め。ちょっとした酸味にさえ慣れてしまえばおやつに贈り物に最適である。ただし日持ちはあまりしない。中身は餡や肉、魚、野沢菜まで幅広い。
  • こんにゃく - 長寿村である棡原地域の特産品。一切れ食べれば寿命が3年伸びるとか伸びないとか。
  • アユ - 歌手ではなく魚の方。相模湾から桂川に沿って上ってくるアユを釣る釣り人の姿が初夏の風物詩である。

構成物質[編集]

  • 上野原 - 上野原市の中心部。市内最大のショッピング街ではあるが物が満足に揃わない。基本は都内や通販となってしまう。
  • 大鶴 - 市内を流れる鶴川沿いの集落。
  • 島田 - かつて養蚕産業の盛んだった地域のうち桂川の南側。無駄に豪華な市営球場が新設された。
  • 棡原 - 鶴川中流にある長寿村として有名な集落。
  • 西原 - 鶴川上流にある秘境。
  • 甲東 - 天空の城・芦垣を要する秘境。ただし談合坂SA下りがあるため西原ほどではない。
  • 大目 - 仲の悪い大野地区と犬目地区を無理やりくっつけた地域。中央部に談合坂SA上りがある。
  • - コモア四方津はこの地域。国道20号を優しく包み込むように位置している。
  • 秋山 - 平成の大合併で加入した新参。西原と同程度の秘境だが、秋山温泉やゴルフ場など県外民に若干人気がある。

有名人[編集]

俳優[編集]

評論家[編集]

  • 川島令三 - 兵庫県出身・上野原市在住の鉄道評論家、早稲田大学政治経済学部特別講師。『全国鉄道事情大研究』(草思社)は15年以上続くシリーズとして現在も続刊中。
  • 種田守倖 - メディアプロデューサー、放送作家、映画評論家。東日本大震災時の政府の対応を猛烈批判したことから物議を醸した。

芸術家[編集]

  • 河内成幸 - 版画家、名古屋造形大学客員教授。2011年に天皇の名の下に紫綬褒章を受賞。

政治家[編集]

  • 奈良明彦 - 21年間に渡り町長・市長を務めたおとめ座の男の子(75)。2008年に失権。
  • 江口英雄 - 明彦君に代わって2009年から政権を執る医者博士。愛称はエロビデオ。市立病院と対立し新しく病院を建ててしまうワンダフルボーイ。

文化財[編集]

国指定文化財[編集]

  • 大ケヤキ - 上野原小学校前庭にあり、推定樹齢800年以上。高さ28m。
  • 無生野の大念仏 - 綴連王が護良親王と雛鶴姫の追善供養のために始められたもの。県下で唯一伝承されている大念仏。
  • 八ツ沢発電所施設 - 明治43年から大正3年に建設された我が国最初期の本格的水力発電施設。現在は桜の名所として観光客がにぎわう。

このほかにも7世紀ごろの古墳をはじめ有形・無形の文化財が数多く残っていることは市民すら意外に思っている。 また市内にある牛倉神社は例大祭の規模もさながら、歴史が深いこともここに挙げておく。


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