作品カースト

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作品カースト(さくひん―)とは、文化作品の価値を測定するための階級秩序である。

概念[編集]

文学美術音楽漫画、ドラマ、歴史…どの文化媒体においても、様々なタイトルの作品が日々生み出されている。しかし、その大半は一定期間が過ぎると誰も気にしない状態になり、10年後にも覚えられている作品は、ごく少数に過ぎなくなる。では、作品の価値をどう測定すべきなのか?それを知るための概念がこの作品カーストという4段階秩序である。

なお、以下にいう作品媒体とは文学、漫画、ドラマといった分類を指し、表現分野とは、SF、推理、学園、野球といったことを指す。

4大階級[編集]

ヴァラモン[編集]

最上層の神官的作品である。知名度は極めて高く、その作品媒体や表現分野について何も知らない人間にまでその名が轟いている。この名前を知らなければ国民としての常識を疑われる水準の「国民的作品」である。

国民的作品は神官だけに、ネット上でいわれなき批判に散々さらされる。しかし、それも一種の有名税に過ぎない。これはインドのヴァラモン階級が歴史的に被ってきた批判と同じである。全体から観ればごく少数の存在に過ぎないが、その文化のことなど露知らぬ大多数の国民への広報効果は他と比べ物にならない。

クイズ番組でこうした作品の名前を答えられなければ、大爆笑が起きる水準である。受験問題では解けて当然とされる。AKB48の超トップクラスがこのクラス。

クシャトリヤ[編集]

第二階層の武人的作品である。文学界、映画界、漫画界、音楽界など、その表現媒体または表現分野に携わる「知識人」なら知っていて当然だが、それ以外の民には滅多に認知される機会のない作品群である。クシャトリヤ階層がどれだけ形成されているかをみれば、その表現媒体の層の厚さが分かる。いわば、横綱に対する三役として、担当の表現分野・媒体を護衛する。その表現媒体で歴史に名を残したと評価されても、一般に普及していないとクシャトリヤとなる。

クシャトリヤ階級へのいわれなき批判は乏しい。それは武人階級であるだけに、安易な批判をすると、熱狂的なファン層からり捨てられる危険があるためだ。数でみると、ヴァラモンより数は多い。

クイズ番組で出題されると、やや難問扱いとなる。受験問題では塾で基本事項と教えられるが、受験が終わるとあっさり忘れてしまう水準の用語。AKB48なら中位層および姉妹ユニットのトップ。

ヴァイシャ[編集]

やや特殊な百姓階級。表現媒体においては失格水準にあるが、取り上げたテーマが備前焼漫画など特殊性の強い分野だった故に、普段そうした表現媒体に触れようともしない人間の興味を引くことに成功し、巡礼客まで生じるほど一定程度の地位を築き上げている。しかし、その特殊分野以外にはなかなか広まらない。それでも、特殊分野においてネ申扱いされるので、容易に切り捨てられない。

受験問題なら合格当日即忘却級。AKB48なら、人気下位の団員。

シュードラ[編集]

表現媒体内で「よくあるテーマ」を取り上げ、登場人物も物語もありきたりだったため、人気がまるで出なかった作品たち。典型的項目は打ち切りへ。

受験問題なら「クイズ王以外知るか!」AKB48なら、研修生と姉妹ユニットのトップ以外全員。

具体的な作品カースト[編集]

具体例を出しておこう。

1軍(ヴァラモン)
サザエさん (アニメ)、名探偵コナン (推理漫画)、相棒 (推理ドラマ)、夏目漱石 (近代の文豪)、ナポレオン (世界の大王)、ダ=ヴィンチ(芸術家)、シャーロック・ホームズ (名探偵)、タージ・マハル (インドの世界遺産)
2軍(クシャトリヤ)
AKIRAQED新宿鮫堀辰雄エカテリーナ2世ボッティチェリエラリー・クイーンアジャンター石窟
3軍(ヴァイシャ)
たまゆらCMB実験刑事トトリ夢野久作ラクシュミー・バーイーアルチンボルドチャーリー・チャンクトゥブ・ミナール
4軍(シュードラ)
面倒なので打ち切り

作品と作者[編集]

作品と作者が必ずしも同一カーストとは限らない。例えば夏目漱石は紛れもないヴァラモン作家だろうが、坊ちゃん吾輩は猫である以外の作品はヴァラモンにはなりえない。三四郎こころはクシャトリヤになれるだろうが、多くの漱石作品はその配下でシュードラ的知名度しかなく、歴史に埋もれることになる。

同じく、作品名がヴァラモンでも作者がヴァラモンとは限らない。例えばONE PIECEは誰もが知るヴァラモン級漫画だが、作者の尾田栄一郎鳥山明的知名度がない以上、尾田はヴァラモンではありえない。尾田はそれを悔しみ、「漫画王に俺はなる!」と毎日叫んでいるという。ただ、尾田はクシャトリヤだから、竹取物語を語り継いだ名もなきシュードラよりは恵まれた地位にある。

名画においては作者>作品の場合が多く、あのヴァラモン画家の大作ということにしたシュードラ的贋作が横行する一因となっている。一方、歌においては作品>作者となることが多い。更に作品内でもごく一部の歌詞だけがヴァラモンとなり、他の部分は曲名を含めみなシュードラと化す例があまりに多い。

カースト間の関係[編集]

本家インドのヴァラモンはシュードラがいなくなった場合、自分がシュードラの仕事をやらねばならなくなることを熟知しているため、シュードラの職業を見下して手さえ触れなかったいたとしても存在そのものを否定することはない。そこには、一定の棲み分けが成立している。

しかし、作品カーストにおいてシュードラとされた作品は、支配階級のヴァラモンから認知さえしてもらえない。シュードラ作品は認識すらされぬまま墓場に埋もれていく。糞作品という蔑称すら与えられず、手で触るどころか目で見てももらえないシュードラ作品は否定的存在としてすら扱ってもらえないというサイアークの取り扱いを受け、認識されることが全ての作品世界から消滅する。

階級闘争[編集]

この厳粛なる作品カーストに対して、努力量と評価が比例していないと階級闘争を起こす向きもある。しかし、シュードラ作品が闘争したとしても、ただの「パクリ」作品が何を言うかと民衆からの反応は薄い。例えヴァラモンがシュードラから基本設定を実際にパクっていたとしても、有名になるのはヴァラモン作品の方であり、上手くいったところでシュードラには「ふーん」以外の声しか帰ってこない。

ヴァイシャの場合は、それなりに上手くやって政府から藝術助成金というお小遣いを一般国民の知らぬところでもらえることもある。ただし、一般人への知名度はまるでなく、社会の大勢に影響することはない。

シュードラ階級の創作者にならないために[編集]

取り敢えず、「誰もが知ってて当たり前」でない情報を豊富に盛り込め。そうすれば、ヴァイシャにはなれる。マニアックすぎるという理由で掲載されなくても、シュードラにはならずに済んだはずだ。

関連項目[編集]