便座

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便座(べんざ)とは、公共の場所や家等にある、便を催した者のための特定の座席のことである。中世では、便を肥料として生産・販売していた商人の集団のことを指していた。ここでの「便」は、人間の排泄物のことを指す。

便座の「座」[編集]

便座の「座」という言葉が何を表しているのかについては数多くの説があるが、主な説としては公共の場所等の特定の座席という意味を表しているという説と、同業者らによる集団という意味を表しているという説の二つがある[1]。長年、この二説のどちらが正しいのか気が遠くなるほど議論がされてきた。しかし、この二つの説の内、前者の説は近世以降の日本において便座(「便を催した者のための特定の座席」という意味を表しているため。)をはじめとして実際に使われており、後者の説は中世の日本において使われていた商売に関する制度に関連して使われてきたため、どちらの説のが正しいかを考えていくよりも、時代が進むにつれて表す対象が変化してきたと考えるのが妥当である。この考え方においては「座」という文字が含まれる便「座」も例外では無い。便座もまた、時代が進むにつれ「座」に合わせて変化してきた言葉である。

中世における便座[編集]

中世(特に室町時代)の頃、商売においては、商人芸人は公家や寺社を本所として座役を納めるか奉仕をして[2]、その見返りに身分を与えられることではじめて営業を保護されるという、「座」制度が採用されていた。この「座」は、手工業者や商人によって構成された、特定の商品を独占的に扱うほどの特権を持つ集団の事を指している。座は、織物や等を取り扱っていたが、それらの多くは生産や入手に手間や費用がかかる物であり、貧乏人が到底商売として手を出せるような物では無く、限られた者のみが商売をすることが出来る制度であった。そして、そもそも商売を始めるには事前に公家や寺社に売り上げの一部を奉納して保護されなければならず、出来なければ商人と認められず商売をすることが出来なかったため、もしも原料である作物が不作により入手できず生産や商売が出来ず、それにより奉納出来なくなろうものなら一転して無職になってしまうことが起こるのは勿論のこと、そうでなくても商人の間でますます貧富の差が出るような制度でもあった。

そのころ、農業では便が肥料(下肥(しもごえ)と呼ばれていた)として使われ始めてきた。しかし、いくら便が肥料になると言っても全ての人の便が肥料になるわけでは無い。便は便でも、栄養状態が良い人が出す便が肥料として使えるのである。便を肥料として使うことで商品作物の栽培が出来るようになったとは言っても、それは限られた百姓しか出来なかったため、当時の多くの百姓は悪天候による不作で栄養状態が悪いことが多く、出した自分自身の便を肥料として使うことは出来ないため、生活するための作物を育てるには栄養状態の良い人のもの、つまりは豊かな人生活を送る人が出した便を購入して、それを使用していく必要があった。自分自身の便を肥料として使うことが出来たのであれば効率がとても良くなり、不作も減って最終的には百姓の生活が豊かになるが、残念ながら当時の多くの百姓は肥料の自家生産は出来なかったのである。そうすると、そのような状況に目をつけ、自分が出した便や、入手した富裕層の人の便に高い値段をつけ、百姓に売る商人の集団が出るようになった。しばらくするとそのような商人の集団は、油を売買する商人の集団が「油座」と呼ばれていたように、「便座」と呼ばれるようになった。これが中世における便座である。

便座は自分達の便を百姓に売ることを行い、便の売買で儲けた売り上げの一部を公家や寺社の奉納することで、商人としての地位を得て商売をすることが許されていた。便は常に安定して百姓に高く売れるような代物であり、自分自身が元々健康体で栄養状態が良ければ特にこれといった準備もせずに、便さえ出せばすぐにそれで商売を始めることが出来たので、安定した財力が無い商人や商人になったばかりの者等からは、手軽で儲けやすい商売だとして喜ばれていた。こうして、座制度の影響で貧しくなって余り力の無かった商人や職を失ったもの達が便座としての営業に切り替え、商売するようになったことで座制度による商人間の貧富の差が徐々に小さくなっていった。便座に所属していた商人達は、儲けたお金で栄養価の高い食べ物を手に入れて食べる事で自分たちの栄養状態を良くして肥料として使える便を出し、その便を百姓に高い値段で販売していた。また、自分たち自身の便に留まらず、より栄養状態が良いとみられる高い身分の人の便を回収して[3]、それを販売していた便座もあった。

近世以降における便座[編集]

このように商売において確固たる地位を築いた便座であったものの、安土桃山時代になってくると、各地で座制度自体が解体されて人々が自由に商売できるようになった事に伴い、各地にあった便座も解体されることとなった[4]。他の座よりも門戸が広く開かれていた便座と言えど、栄養状態がよくてはじめて自分の便を売ることが出来るため、当初は貧しい者でも参入できる商売であり、座制度によって広がった商人間の貧富の差を縮めることに貢献していた便座であったが、最終的には他の座同様、裕福な者のみが出来るような商売となってしまっていた。残念ながら便座も次第に自由な商売競走を妨げるようになり、最終的には社会の発展の妨げとなっていたのである。

こうして、便を売る者達のことを意味して便座と呼ぶことは無くなっていったが、しばらくすると今度は便を催した者達がこぞって集まる場所のことを、一つの場所に便を催した者達が集まっている光景は、中世に存在していた自分が出した便を売る商人の集団である「便座」のようだということで、「便座」と呼ぶようになった[5]。その頃「座」は、「同じ目的を持った人が集まる場所」という意味を持つように変化しており、便座もそれに合わせて意味を変化させたことになる。そしてさらにしばらくすると、「座」は「公共の場所や家等にある、特定の目的を持つ者のみが座る特定の座席」という意味に変化した。これに応じて便座も、「公共の場所や家等にある、便を催した者のみが座る特定の座席」という意味になった。これは「すわる」という意味を持つという漢字と「同じ目的を持った人が集まる場所」という意味を持っていたと言う漢字が似ていたが為に混同してしまったことから生じたものであり、以後この意味で使われるようになっていった。これが近世以降における便座である。

便座と呼ばれている特定の座席は、次に使う人のために便を別な場所に移動させるための入り口として、中心に大きく円状の穴が開いている。陶器で出来ていることが多く、になると冷たくなり、人によって座ることさえもままならなくなるため、そのような人でも少しでも気持ちよくゆったりとした気分で便を済ませることが出来るにように、近年ではヒーター付きであることが多い。また、人によってはカバーをつける者もいる。

脚註[編集]

  1. ^ 最近では新たに、一定の有資格者が一堂に会する場という意味を表しているという説が出ている。
  2. ^ これは座役と呼ばれている。
  3. ^ 身分が高ければ高いほど食事の内容は豪華になり、より栄養状態が良くなっていると考えられていたため。
  4. ^ ただし、便を売買する商売自体は無くされず、座役を伴わない商業共同体として江戸時代以降も存在していた。
  5. ^ ここでの意味は、現在の「便所」に当たる。

関連項目[編集]