偽悪

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偽悪(ぎあく)とは、最初から「」を名乗ることで「偽善者」と言う言葉の軛から逃れようとすることである。

定義[編集]

偽悪と言うのは、いわばアンチヒロイズムである。正義、つまりヒーローがやるべき行為とは反対のことをやることで、「俺はヒーローとは違うんだ」と主張するわけだ。そんなわけで、正義と言われる言動を左に、偽悪と言われる活動を右に書いてみた。

  • 身を金色の衣服で包む ← → を基調としたスタイルにする
  • 社会規範は守る ← → 社会規範? シラネそんなもん(゜△゜)
  • 皆に優しくする ← → 甘ったれんじゃねえよバーロー
  • 暴力は出来るだけ振るわない ← → 物事は暴力で解決することが定石
  • 悪は許さないぞ ← → 正義は許さないぞ
  • 差別は良くない ← → 「差別は良くない」と言う考えが良くない
  • 世間のために役立つことをする ← → こちとら慈善事業じゃねーんだっての、ケッ
  • 世界平和のために俺は戦い続ける ← → 自分の存在自体が世界を混とんとさせていることに気がつかない

偽悪を行う理由[編集]

正しい行為を行うのに、なぜこうも回りくどいルートをたどらねばいけないのだろうか。

その理由は、「正義と言う言葉がキライだから」……だと偽悪者は主張するが、そうではなく「正義と言う言葉を使えば批判の的に晒されるから、批判を受けるのが怖い」からである。

元来正義と言う言葉の定義はあまりに広い。百人いれば百通りの正義があるし、心の中ではどれもこれもみんな正しいと思っている。だから、それを御旗として掲げれば、反対する者は星の数ほど出てくる。これは当たり前のことである。力のあるものはこれを叩き潰すために「正義」を掲げ、無いものは反抗するためにまた「正義」を掲げる。これも致し方の無いことだろう。

しかし、偽悪はその「正義」を掲げることをハナから放棄している。「正義」という言葉は自らの行為を正当化するワルい言葉であり、それに頼るのはみな偽善である、と考えるからだ。偽善、すなわち正義の名を被った悪がまかり通るのは勿論いいことではない。悪がまかり通っているのと同じだからだ。

偽善とはこの世で最も憎むべき、恥ずべき行為であり、正義を名乗る者はすべてまやかしのインチキ野郎なのだ。故に「正義」とは人を堕落させる悪魔のワード、そして「正義」を名乗るのはみんな悪魔にを売った愚か者であり、この世から追放せねばいけないのだ! 「正義」と名乗るものを許すな!! おお、ヒートアップしてきたぞ!! ヒューッ!!

・・・と、ここまで考えて、ハタと彼らは手を止める。

「待てよ。ここで『正義』を否定するということも俺たちなりの『正義』だよな。でも『正義』と言う言葉は使っちゃいけないしなあ…」

ここで一計を案じた彼らは、正義を否定する言葉を探す。それすなわち、「悪」である。「悪」と言う言葉は「正義」以上に使い勝手がいい。他者の意見を損ねることは全てこれに当てはまるからだ。ウヒョー! イイ言葉めっけ!

かくして、最初から「悪」を名乗っておけば、少なくとも偽善と言われずにすむので、自分の意見を言う時も何を言ったところで問題はないのだ。「偽善だ」と批判もされないのである。悪はルールなんか守らないからね。

真相[編集]

かくしてヒャッハーな言動を行える口実を得た「偽悪者」だったが、ここまで読んでいただければチンパンジーでもこの論理の矛盾点に気が付くだろう。

すなわち、「『悪』にも悪の『正義』がある」と言う点である。

「フハハハハ、私は悪者だからこうこうこういう悪いことをするぞー」という悪党が出てくるのはアンパンマン仮面ライダーの世界であり、現実には犯罪者やらヤクザやら殺し屋やら汚職政治家やら独裁者やらにも彼らなりの「正義」があるのが基本である。

つまり、「最初から悪を名乗ることで言論を行う」…という行為もれっきとした「正義」であり、正義を否定するという根底からの設定に自らヒビを入れているのだ。

すなわち、偽悪とは主張しているだけで崩壊する砂の楼閣(砂上の、どころではない)でしかなく、存在そのものが何の意味も持たない空っぽの思想なのである。

結論[編集]

斜に構えてるヒマがあったら、やれるだけのことを全力でやれ。

正義か悪かは付加価値にすぎない。自ら名乗るものではなく、信念を貫き通すことが一番大事なんだよバカヤロウ。

しかしながら、これも筆者の「正義」に過ぎないのはもはや周知の事実である。

関連項目[編集]