利用者:ぽんこつやろー/記事の書き方

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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普段からNRV/ICUシールを貼り付けられるギリギリを低空飛行している私だが、一応過去に一度しかシールを貼られた事は無いはず(のち複数回経験、駄目駄目である)なので、ここにシールを貼られない記事の書き方について考えてみようと思う。

最初に考えるべき事[編集]

当然記事を書くのならば最初にやるべき事があり、それは「何を書くか」という事である。君は色々な記事を見て回って赤リンクを探すのも良いし、Uncyclopedia:執筆依頼や各ポータルの中から考えるのも良いだろう。ここで注意せねばならないのは、「何を書きたいのか」だけで執筆を考えるのではなく「何を書けるのか」という点について考えるべきであろう。「何を書きたいのか」だけを追求した記事というものは執筆者の独断専行になりがちであり、読者を置いてけぼりにしてしまうパターンが多いからである。

君が文章を書き慣れていないのならば、とりあえず専門的な記事については避けるべきであろう。専門的な分野というものは、上手く租借し、噛み砕いて読者という名の子どもにも食べられるように調理しなければならない。君がもし初めて記事を書くのならば、色々の人が分かり易い分野である故事成語や諺などがオススメかもしれない。

記事の方向性を模索する[編集]

記事名は選んだ、書きたい事も考えた、ではどうする。では、方向性について考えてみよう。例えば記事が「漫画」であるのならば、キャラクターの紹介に記事の7~8割を使うのは非常にナンセンスである。ここはまとめ記事じゃ無い、アンサイクロペディアである。仮に漫画の記事を書くとして、実は漫画系列の記事というのは非常に難易度が高いと筆者は考えている。例えばメジャーなタイトル(ナルトなどのジャンプ系列など)は情報量が非常に多い。豊富なキャラクター、長期連載によるストーリーの拡大、膨大な用語の数々。これらを全て記載してしまうと、どうしても無駄な情報・ノイズが含まれてしまうため、記載する内容を絞らなければいけない。ここで必要となるのが「方向性」である。

ただ漫画の内容を書き連ねるだけならば必要の無い記事になってしまうため、他の何かと絡める、皮肉る、褒めるフリをして罵倒するなど絡め手が必要になってくる。例えば主人公に対する記述で「ナルトは九尾を宿した忍者である」とでも書いた場合、これは明らかに普通すぎる。普通であることが罪とは言わないが、そこにユーモアがあるかと問われると首を傾げざるを得ない。「ナルトはとても優秀な親を持った稀代の七光り的オチこぼれである」と書けば多少アンサイクロペディア向けにはなる、面白いかはともかくとして。

記事の長さ[編集]

君はどれだけ本が読めるだろうか。文庫本?辞書サイズ?絵が無いと駄目?まぁ人それぞれだから問題ない。そこで質問だが仮に君が10万バイトサイズの記事を作ったとしよう。読むかこれ?面白いなら読むだろうが、長すぎる記事というのは記事のスタンス次第では可能なのだが(アルビレックス新潟とか)そんな技術がある奴は滅多にシールなんて貼られないし、そもそもここの注意事項なんて知ってるわけで。じゃあ失敗してる記事はどういうものかというと…

推敲しろ、ゴミと捨てろ、邪魔なものは削れ[編集]

思い付きを並べれば1万バイトくらいは軽く超えられる。何せ思いつきなのだから適当に書けばいいのだ、思いつくままにキーボードを叩けばいい。それじゃ駄目なんだよ。書きたい事を考えろ。要らないものは書くな。彫刻と一緒だ、削れ削れ削れ!いいか、世の中には蛇足ってものがある、それを削るだけで記事というのは美しくなるし短くなって読者にも優しくなる。お前に優しいんじゃ駄目なんだ、読者に優しくしろ

最低限の長さを[編集]

無理に長く書かなくても、短く、美しくまとまればそれが一番だ。アンサイクロペディアでもっとも崇拝されている短い記事「兄弟船」などはきっちりかっちり無駄なくまとまっている。加筆なんてしてみろ、台無しの劣化編集でリバート確定だから。まぁ普通の記事を書くなら2000~5000バイトの間くらいが手ごろだろう。物によっては2000だと{{Expansion}}の対象になり得るから3000欲しいか。長すぎず、短すぎず、読みやすい記事を心がけて貰いたい。中身が無いのは論外だが。

記事に調味料を掛け過ぎるな[編集]

記事というものは基本的に文章で成り立っている。どれだけ絵心のある絵で飾ろうが、面白おかしいテンプレートを追加しようが主体となるのは文章そのものなんだから。安易にぶち込んだスパイスが料理を台無しにするように、ろくに考えもせずに追加した画像やテンプレートは記事の良さを破壊する、塩梅を考えろ塩梅を!

画像の使い方を知れ[編集]

上にも書いてあるが、画像はスパイスに過ぎない。そりゃないよりはあった方が良いが多すぎると文章を読むのに邪魔で仕方ない。アンサイクロペディアはユーモアを追求するが、基本的に辞書的な形式を推奨している。ここは面白画像サイトじゃねぇんだよ!文章にさっと盛り付けて笑いを取るのが良い画像の使い方、山盛り載せてごはんを台無しにするのが悪い使い方だ。用量用法を考えて追加しろ!

テンプレートに逃げるな[編集]

これは残念なシールを貼り付けられた記事に良くあるのだが、一言テンプレートだのなんだのをやたらと加えればいいと考えている輩は意外と多い。お察し下さい誰も気にしない禁則事項です検閲により削除…ああ、もうたくさんだ!正直に言いたまえよ、なんでこの一言テンプレートを多用するのか。書くのがめんどくさかったんだろう?そりゃあ1個置いてあるくらいならスパイスになるさ、でもテンプレートっていうのはスパイスなんだよ。なんで美味しく作ったスパゲティに大量のタバスコをぶちまけるようなマネをするんだ?スパイスはアクセントに使うから美味しくなるのであって、過剰な使用は毒でしかない。白黒の記事の中でカラフルなものは余計に。

敵を作るな[編集]

この項目は一見執筆とはなんら関係ないように見えるが、これは重要な話である。君が卓越した文章能力や素晴らしい絵心があり、ユーモアも豊富だというのならまぁ投稿ブロックされない程度に孤高を貫けば良いと思うが、そんな奴は滅多にいないわけで。敵を作るというのはとても簡単な話である。会話を無視して編集を強行して気に入らないクズシールをその場でリバートして即座に剥がしてやれ。好きにするがいいさ、君が勝手にハンディキャップを背負うというのなら止めはしない。

しかし、周りに「こいつの手伝いならしてやってもいい」と思わせる事が出来たなら、もしかしたら加筆してくれるかもしれないし悪い部分を訂正してくれるかもしれない。そりゃほっといてもソートとカテゴリくらい付けてくれるかもしれないが、対話の通じない相手に対してそれ以上の事をする気なんて起きないし時間の無駄である。仮に改善する点が自分でまったく分からない場合はノートで質問してみると良い、険悪なムードになっていない限りは何か親切な回答があることだろう。

シールを恐れるな[編集]

ここではシールを貼られないようにする方法を模索してきたが、この項目は貼られた場合について記す。アンサイクロペディアではよく記事にどうしようもない記事のレッテルである{{ICU}}や{{NRV}}などが張られるが、それが君の記事に張られたとしよう。それで?どうかしたの?僕の書いた記事がバカにされたって?渾身の記事なのにシールを張られた?え、なんで剥がそうとしないの?一週間の期限が与えられてまともな加筆ができないのならばそれまでの記事と執筆者といわざるをえない。とりあえず頑張って加筆修正を繰り返してみよう。いいから削除議論くらいには持ち込め、削除議論無しで消されている記事なんぞ大半がシール後まともな加筆の無い記事なのだから。君の努力次第では存続とまではいかずとも、FIX張り直しくらいには持ち込めるはずだ。FIXならば猶予が+30日、これで無理ならその記事は無理なので出直そう。「シールが張られてる!アンサイクロペディアはクソだ!」なんて負け犬の遠吠えをほざく前にやることがあるはずだ。

ここで登場するのが上で記した「敵を作るな」という話なのだが、君が敵を作れば作るほど色眼鏡付きで見られる事になる。これは差別でもなんでもない、人間というものはそういうものである。