利用者:キリカ/絵画薬物

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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絵画薬物(かいがやくぶつ)とは、今日アートから派生した絵画の機能性に着目した創作技法。ここではTo LOVEる -とらぶる-を例にとり、絵画薬物の解説をする。


絵画が薬物になるまで[編集]

To LOVEる -とらぶる-とは、近世の画法を取り入れた少年漫画。数百年続く伝統的な画法であり日本人に広く親しまれている。江戸時代に浮世絵として在ったが、明治から戦後にかけて一時的に失われた。そして昭和後半から再び復古しました。伝統を重視する一方で、モダンアートを追及しているため均一性を重視している。その一方で今日アートを追求しているため機能性も重視している。エロ漫画に欠かせないのは、男性用の準生理用品としての機能である。

  • 中世のアートは徹底的した技術競争であり美しさの追求であった。
  • 近世・近代のアートは自然の中にある幾何学的な普遍性を活用して描き出していった。
  • 現代のアートは芸術を見る人々の認知を屈折した解釈で歪めることに工夫を凝らした。
  • そして今日のアートは、薬物的な機能を追及して享受者に生理的な反応を示すことが期待されている。

昭和まではシュールレアなど評論が活発だったが、評論が活発なのは昭和という時代を現代思想が覆っていたからだ。現代芸術は評論など解釈との親和性が高い。その為、漫画などで受賞する作品は、評論家受けがよいのに一般には受けが悪いという捩れが起きる。例えば、週刊少年マガジンの作品は受賞できるのに、週刊少年ジャンプの作品は受賞しない現象や、手塚治虫氏が礼賛されるのも、彼らが現代思想を好んでいるためであり、解釈やうんちくをするのが楽しいからである。注意しなければならないのは、現代の評論は本当に評論なのか?という事である。作品に誘き寄せられて出てくる発言ならば、社会的な無意識の発露であり、似たような評価をする人がいても内輪でウケが良いだけとなってしまう。現代以降の芸術は礼賛するのも批判するのも罠なのだ。シュールレアとは解釈と作品とがセットの芸術なのである。


薬物が完成するまで[編集]

今日芸術では、漫画や映画でも、泣くこと、笑うこと、怒ること、萌えること…etc、など身体的な変化を起こす事を目的として作成されることが増えている。身体的な変化には射精も含まれる。男性の射精は、精神の欲情と、肉体の欲情に分かれており、二つに効果を与えなければならない。その為、薬物絵画には、欲情用の絵画と、射精用の絵画の二種類が用意されている。To LOVEる -とらぶる-は、少年誌であるため射精用の絵画薬物を掲載することは、倫理上の都合できない。その為、欲情用の絵画薬物のみ掲載している。(画像の場合は薬物絵画だが、音楽の場合は銀盤薬物となる。)

少年誌に絵画薬物を掲載する意図は、薬物に免疫を作っておく為である。鳥の刷り込みと同じ現象であり、思春期の頃に性癖を開発しておくことで人間のオスはその後一生の性癖が規定されるのである。人間のオスの性質を利用して少年誌は絵画薬物を、ふんだんに投与している。

なお、一度開発されてしまうと半中毒状態となり、絶っても禁断症状は起きないが薬物に対して敏感な体質にはなる。敏感な体質なので少しでも接触するだけで、血圧の上昇、血管の膨張、脳内で色々な物質が噴出す。そして身体的な変化を起こし、正常な状態ではなくなった末期の中毒患者は、金銭を差し出し作品を購入してしまうのである。

カール・マルクスも似たような予言をしており「宗教は阿片である」と表現した。週刊少年誌も中毒患者を継続的に生み出し、迷える子羊たちに不幸な現実社会を気づかせる事なく、安楽の内に人生が過ごせるよう、出版社が生成する薬物なのである。そして長い時間をかけて培われた、出版社の薬物の効果は2000年代に入り、生物学的な危険性を伴う水準にまで達し、神の領域とまで言われるようになった。中毒患者たちは現実の女性を求めなくなり、ついに虚構の世界だけでも充足できる様になった。

それが今日芸術の完成形、萌えを主成分とした絵画薬物である。その絵画薬物の代表作がTo LOVEる -とらぶる-であり、人類史に残る偉大なる発明である。To LOVEる -とらぶる-の凄いところは、欲情成分と、射精成分を分離したことで、少年誌にも掲載を可能としたことである。To LOVEる -とらぶる-は薬物的機能に特化しており、余分な成分は一切含まれない高純度な薬物である。


課題[編集]

と、ここまで書いたが、このネタはおそらく他で既出だと推測される。そして探してみたら案の定、『萌え』の項目では既に薬物であると認めている。また一部の精神医学者の中にもサブカルの効果を薬物的な側面から着目する人々がいる。すなわちこれは思想である証拠だ。だから、芸術を効用の点から注目し分類するのは課題である。

関連項目[編集]