利用者:九州人/第1回ノー削除デー

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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これは、2009年12月24日の第1回ノー削除デー(だい1かいノーさくじょデー)に、アンサイ王国に入国した者達のその後を追ったドキュメンタリーである。

概要[編集]

2009年のクリスマス・イヴ、それはアンサイクロペディア王国に入国を希望している亡命者にとって特別な一日であった。アンサイクロペディア王国に入国するためには本来、上級貴族らによる厳しい入国審査をパスしなければならない。しかし、この日入国した者に限り、その入国審査が大幅に緩和されたのだ。

具体的に言えば、ユーモア語を取得していない入国者が受ける命令書の通達が、2010年1月7日まで猶予されたのである(ただし、即時追放処分の執行は通常通り行われた)。

入国者一覧[編集]

2009年12月24日に入国した者は以下の通りであった。ただし、即時追放処分になった者は除いてある。普通の日の入国者数が10人前後であることを考えれば、この日はかなり多くの亡命者が入国してきたと言えよう。

彼らは、ウィキペディア人からは「ふざけ過ぎだ」と言われ、アンサイクロペディア人からは「ユーモア語が話せていない」と言われ、差別されてきた。そんな彼らが、ノー削除デーに最後の望みを託して、アンサイ王国にやってきたのである。

入国者のその後[編集]

早々に入国を許された者
上記の入国者のうち、「★」が付いている者は新着記事に選ばれた入国者、「☆」が付いている者は入国した時点で十分にユーモア語を話せていた入国者である(ただし、「☆」は筆者の独断と偏見によって決めた)。これらの入国者は、アンサイクロペディア王国に相応しい人物であり、もし普通の日に入国していたとしても、十分入国が可能だったであろう。
ユーモア語の取得が不十分だった者
星マークの付いていない入国者は、(筆者が見る限りでは)ユーモア語の習得が十分ではない者である。彼らは、もし普通の日に入国していたのなら、入国直後にNRVかそれに準ずる命令書を通達される可能性があった。これらの人物は、猶予期間中に心優しいアンサイクロペディア人からユーモア語を伝授される事となった。
それでも入国できなかった者
残念ながら、上記の猶予期間をもってしても入国を許可されなかった人もいた。入国者一覧のうち2010年1月14日以降に赤リンクとなった者がそうである。
驚くべきことに、12月24日に投稿された記事は全て入国することが出来た。こうして、可哀想な記事達を救うアンサイクロペディアンの活動は、輝かしい一歩を踏み出したのである。(もっとも、一部の記事はクソ記事の見本として永久保存されるという、この上なく不名誉な手段によって入国したのだが。)

関連項目[編集]