利用者:BCD/ネット十戒

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
この記事にはユーモアが不足しています。治療には十分な栄養と日光愛情ピザが必要です。
ユーモアの摂取方法にも十分気をつけましょう。
対話 拒否 そこから何かを読み取る気のない人と会話をしても虚しくなるだけなので、もう喋るのはやめます。喋っても損なだけな様ですから。ノートに何か書いてあっても、もう返事はしません。申し訳ありません。さようなら。

個人的に気をつけないといけないと思っていることを簡単に。重要度順ではない。まあ「大事なことにもかかわらず、先生達は「体罰屋」「ロリコンショタコン」「プロ市民」「バカ親相手に精神崩壊している」のどれかなので、教られるわけがないネット教育」とか言うべきか。

ところが、見方を変えればアンサイ等の執筆に関しては大事なことなんだよねこれが(う~ん、アンサイの場合が書きにくいなぁ、分けようかなぁ)。

※一応修正完了。ちょこちょこ直すかも。

1.人数を数えろ、比率を計算しろ。そいつは「超少数派」だ[編集]

日本の人口は約1.2億人、で、そこにいるのはいったい何人だ?」という話。

  • ブログのコメントが100人分あったとしても、日本人口の0.0001%以下。
  • 2ちゃんねるで、1レスが満杯となる1000発言をすべて別の人が発言したとしても、日本の人口の0.001%以下。
  • 「フォロワー10万人!」とかいっても、日本の人口の0.1%程度。
  • ニコニコ動画で100万視聴達成したとして、これを1人が平均2回視聴(かなり小さく見込んでいる)したとしても、日本の人口の0.5%以下。

そんな極少人数のコミュニティの総意が、日本全体の総意かい?そんなわけないだろ。

「社会の片隅の集まり」を作ることはネットの最大の利点であり、リアルでは形成しにくいコミュニティも容易に作ることが可能。しかし、それ故かコミュニティを超過大評価してしまい「ネットの世論=リアルの世論」と勘違いしている人が多くなっている、これは明らかな大間違い。圧倒的大多数は「満足している」「興味ない」「どうでもいい」「文句はあるが、こんなところで発言するほど暇ではないし、そこまでの不満でもない」というような発言しない人達である。しかも、ネットで発言する人は日本全体からして相当なヘンテコ思考の偏った人達ばかりなので、この全体を見て日本全体がこうなんだ、と思うようだったら、一度黄色い救急車にでも乗った方がいい。

実例[編集]

  • ネットのニュース(特にスポーツニュース系)で「ネットでは『○○』のような発言で盛り上がっていた」なんてクソニュースがあるが、そんな近所のおばちゃんの世間話と同レベルの内容をニュースとして堂々と書く奴らの頭の気が知れない。まさにこういうことがわかってない人間が書いているとしか思えない。そんな奴らはネット問題について語る資格は全くない。
  • ちなみに、CDレコードのミリオンヒットは100万枚で、数字上は日本全体の1%程度しかない。でも、昔はの歌番組の視聴率が何十%もあったように、「テレビで聞いた」「ラジオで流れてきた」「紅白歌合戦で聞いた」とか売り上げに隠れた実際の知名度は売り上げ枚数の何十倍はあった。今の知名度は売り上げのせいぜい数倍しかない。「名前は聞くけど曲は一切聴いたことがない」なんて人は相当多いはず。それもこれもJASRACのクソ野郎が……ん?ピザなんて注文してないけど?

対処法[編集]

  • ネットでのアホ発言にいちいち頭にきてはいけない。「ネットで騒いでいる人達はどういう人達か。それはリアルと比べてどの程度の割合なのか」ということをちゃんと認識して「ああ、(頭のおかしい)かわいそうな人達だ」とでも思っておけばよい。反論すれば、あなたもその阿呆の仲間入りである。
  • コミュニティ内でも、全員共通の知識なのかは注意した方がいい。「知らない人のほうが多かった」とか「ネタバレだ!と罵倒された」なんてことはざらにある。

アンサイでは[編集]

  • 「自分が知っていることはだれもが知っている」と思うなってこと。
  • アニメ・ゲーム系記事で顕著であるが、日本中が知っていると大勘違いをして執筆した結果、大多数が置いてけぼりの自己満足記事になっているものがどれだけあったことか。こういう記事はアニメのあらすじとかどういう種類のゲームか、とかいった基本中の基本がまったく書かれていないものばかりだから、そういう認識であることは間違いない。詳しく、とは言わないが、基本的な説明は書かないとダメ。

2.本当の世論はネット上にはない[編集]

「弱い犬ほどよく騒ぐ」ってこと。

まあ、発言したいことがあるから発言しているし、注目されたいから騒いでいるのだが、その中身が正しいかはまったく関係ない。多数派は語らなくても一般的な意見として「言わずもがな」で済むこともあり、ネット上は極論ばかり。言うことを(当たり前だが)誰も理解してくれないから、余計に騒ぎ、やっぱり理解してくれないから、余計に頭をおかしくして騒ぎ出す、この繰り返し。さらに対立する極論同士での大声合戦も始まったりして、もうどうしようもなくなったりする。

実例[編集]

  • 「ネットでは極論ほど声が大きい」という話。現状に満足している人が「満足してます!」なんて発言が何年もネットで暮らしてほとんど見当たらないことをわかっていれば当然理解できるはず。リア充だったり、現状になんら文句がない人は、わざわざネットに居座る事なんてする暇などなく、リアルである意味「ネットとは適度な距離を持った理想的な生活」を送っており、そういう人が大多数。
  • 類似型に「自信がない奴ほどよく騒ぐ」というのもよく言われている。自分の信念に自信がないからわーわー騒いで自分を納得させている、というものがある。スポーツ選手なんかの「有言実行」なんかは、自分にプレッシャーを掛ける意味もあるが「自分はできる!」と思わせる意味もある。ネットでは「日本は世界一の国だ!」とか「俺は愛国者だ!」とか騒いでいる人いますね。あれは「日本が世界一の国か自信がない」「自分が愛国者か自信がない」から騒いで自分を納得させているだけで、本当に思っている人は「そんな当然のことなんでわざわざ言う必要があるの?」という感じで語らない。

対処法[編集]

  • 発言の内容をちゃんと精査すること。あちこちのネット発言、特に批判発言をみて「ああ、これはダメなんだ」と思ってはいけない。大抵は逆の意見がでていないだけで、実はそっちの意見が多数派だ、ということが多いことを認識しないと、現実を誤って認識してしまう。
  • だいたい、ネットの意見だけを全部信用すると「この世の中のありとあらゆるもの全部は、本当にどうしようもないないダメなものだ」という結論になってしまう。こうなると「馬鹿は死ななきゃなおらない」となってしまう。
  • とはいえ、「最高です!」とか「すばらしいです!」とか、詳細なコメントもなくただ絶賛しているコメントはろくな意図がないので信用は厳禁。Google Playとかのコメントを見ればわかるが、大抵「コメント特典のボーナスが欲しい」とか「いちいちコメント要求がうるさいので」とか、ろくでもない理由であることは想像つくでしょ?

アンサイでは[編集]

  • 「極論こそネタの宝庫」ともいえる。アイデアの発想法でよく言われる「物事の見方を変える」というもの。不満とか物事に対するツッコミはアンサイの記事の格好の材料でもある。物事に対する率直な感想をそのまま記事に昇華させれば十分にいい記事になる。極論であれはあるほど書きやすいし。
  • でも、ただ不満をただ書き散らすのは問題外であることは当然の話。

3.阿呆は日本語を読まない・読めない・理解できない[編集]

どうもこれ、世界的な問題らしい。どこかの研究で「文章とグラフを見せて、意味が理解できるか」みたいなテストをしたところ、最高レベルで正解率が2割しかなかったらしく、しかも日本はまだマシということらしい。この研究の詳細は知らないので信憑性はわからないが、「まあそうだろうな」という感じはしている。

どうでもいい情報ならいざ知らず、見るべき情報ですら読まない人が相当数いる。そういう人達に限って大騒ぎした上、「読めばわかるだろ」という正論にも「わからないところに書く方が悪い!」と逆ギレする。鉛筆の取扱説明書がシャレになっていないレベルまで来ているから恐ろしい。こんな人間になると死ぬまでアホ丸出し人生になりかねない。

実例[編集]

  • 代表例がソフトの規定だったり、各種契約の契約書だったり、いろいろな説明書だったり。自分もそうだが大抵の人は読まない。それを逆手にとって「規約にある手続きを踏んで応募したら1万ドルあげます」なんてことをこっそり書き込んで、ちゃんと応募する人を待っていたなんてことが実際にあったらしい。もし、あの中身に従ったことで自分が不利益を被っても「読んだ上で契約したんでしょ?」で文句言えなくなるから、気をつけないといけない(スクロールさせないと承諾ボタンが押せないとか、わざわざ一手間掛けさせるのは、「規定を読んだ」という証拠を残すためと思われる)。
  • 高輪ゲートウェイ駅、推測だがろくに応募要領を読まずに応募した人が大量にいたからこんな騒ぎになってるんだろうな。見ていないから想像でしかないが「新都市にふさわしい新しい未来志向の駅名」なんてことが書いてあったと思うのよ。そうでなければ、こんな名称で応募するわけがない、むしろ応募する人の頭がおかしい。(そもそも「高輪」「芝浜」なんて名前でいいのなら最初から公募なんてしないっつうの)。
  • 日本人は思った以上に馬鹿なのは2019年の参議院議員選挙の結果をみれば一目瞭然。「何がおかしいの?」と思っているあなたは精神病院に入院して二度と公共の場に現れるな。

対処法[編集]

  • 「読め!」としか言えないんだよね。一度でもさっと読むのが理想なんだけど、鉛筆の取扱説明書より読みにくいあの文章を読むのはきついし時間の浪費なんだよね(法律上のこともあって簡単な表記にできないのはあるが)。

アンサイでは[編集]

  • とにかくわかりやすく書けという話。
  • ちょっと筋が違うが記事は序文が9割というのもある。たいていの人は最後までしっかり読んでくれない。最後は流し読みをするか、途中でやめてしまうかのどちらか。最後まで読んでほしければ、読ませる文章を書くか、序文でしっかりネタコンセプトを見せることが大事。
  • これも話の筋が違うが、ICUとかNRVとか張られたあとで「この記事はこういう意図がある」とかノートでうだうだ書いている初心者がたまにいるが、「だったらそれを書け」という話。伝わらなければなんにもならないわけで、伝わっていないと思えば、伝え方を変えるなり、もっと補足するなり工夫が必要なだけ。

4.ネット社会は「コミュニティ」であり「ひきこもりの集まり」ではない[編集]

「ネットは自分の部屋で一人で過ごしているのと違う」ということ。ROMみたいに、外から見ているだけならば一人なのだが、中に入れば必ず他人がいるわけで、つまりその時点で「コミュニティ」の住人になる。

そういう場所では、「礼節をわきまえる」「他人にも敬意を払い、尊重する」「ある程度空気を読む」等、リアル社会では当然行うべきものを、ネット社会でも守らなくてはいけない。やっかいなのは、「社会での生き方」が理解できない(理解する気も無い)で「社会不適合者」として追い出された連中が、その原因も分からずに同じ事をネットでやっているのだから困る。

実例[編集]

  • 昔はご存じの通り、ネットは極々一部の人、パソコンマニアと設備が整った企業・大学の職員・社員・学生ぐらいで特定の人でないと使えなかったが、「ネットは公共の場」という意識が全体にあったのか、お互いに敬意を持って対応してたこともあり、現在のような問題は少なかった(まあ、匿名の場がなかったというのもあるけど)。今は猫も杓子も使っており、さらには、「社会」というものを知らない人間が幅をきかしているのだから「今のネットは無法地帯」と言われても仕方がないところ。

対処法[編集]

  • 「その発言、リアル社会で面と向かって言えるのかい?」「相手があって自分がいる。ここは自分だけの世界ではない」ということ。自分だけの世界にいたいのならば、ネットのコミュニティに入らず永久にROMって見えない敵永久に戦っていればよい。
  • 「尊敬・謙譲・丁寧」の心は日本人として必須。日本人の美徳だからこそ、日本語で「尊敬語・謙譲語・丁寧語」というのが長年掛けてできあがっているわけで。

アンサイでは[編集]

  • 「ただの悪口に面白みはなにもない」のは明らかでしょ?悪く言うなら皮肉とか歪曲とかそういうスタイルがあるわけで、ただストレートに書いてもそれは自己満足以外の何ものでも無い。公衆の面前で他人を罵倒する人間がどういう人間か想像がつけばわかること。

5.ネット情報を馬鹿正直に受け止めるな、必ず裏がある[編集]

「すべての情報をそのまま信用するな。もちろんWikipediaも」ってこと。現実に起こったことや情報を100%正確に文字に起こしたものなどあるわけがない。どの情報も「書いた人」がいるわけで、その人のフィルターを通した情報しかネットにはない。ましてや、ネトウヨプロ市民が書いた情報など、壊れた頭を振り絞って都合にいい情報だけを取り出し、そこに嘘・妄想を取り込んだ情報など、信じるほうが馬鹿である。

大抵「都合のいい情報」しかないと思った方がよい。「都合の悪い情報」を出していたとしても、それはひん曲げた情報で、結局は「都合のいい情報」でしかない場合もあるので、情報にのめり込まないこと。それでも、裏に政府とか企業とか団体とか憑いている情報があるわけでたちが悪い。

ちなみに、データ系の情報だって色がある。数値のデータ自体は信用性は高いが、それをつかって評価をする場合は、注意を要する。プロスポーツの選手成績がいい例で、あれだって成績の一面しか見ていないわけで、いわゆる「数値に表れない貢献」などは当然ながらデータにできない。経済情報でも、世界経済を全てを網羅したデータ表などあるわけではなく、ある一面からの視点を表したデータの固まりであり、それらをみてもどうしても見えない面はある。

実例[編集]

  • だからネットアンケートなどまるで当てにならない。視聴率とか世論調査とかは母集団の構成になるようにサンプル抽出しているので、統計的な信用力はある。ところがネットは「ネットに顔を出し、アンケートに参加する、物好きで思考が偏った変人ども」が主な参加者であり、そんなのは全体のサンプルにもなりはしない。
  • 個人的な見解だが、YouTubeでサムネがフォントで埋まっている動画はまちがいなく見る価値はないと思っている。明らかに人工的な動画であることが明確であり、裏がありまくり(プロパガンダとか金儲けとか)なのは間違いないから。

対処法[編集]

  • 「誰が書いたか・何が言いたいか」を頭に入れながら情報に向き合えってこと。ネットなんて「どこのサイトか」「誰が書いたか」がわかれば、記事で言いたいことなんて大体憶測がつき、読まずに済むことが多い。
  • ネットだと特に「どのサイトか」は重要。いくら魅力的なタイトルを目にしてもサイト名をみて「あ、これはダメ記事だ」というのが想像つく。具体名は挙げないがニコニコニュースとかサイゾーとか日刊ゲンダイとか5ちゃんねるとか各種まとめ記事とか。こんなの見て後悔するなら最初から東京スポーツでも見て撃沈すればよい。
  • 「全部読んでも何が言いたいのか全くわからない」なんていう、アンサイでも使えねぇレベルの「俺満足クソ記事」が有名サイトでも相当あるが、これは読む人で判断すればある程度回避できる。もちろん一度そういうクソ記事よんで「こいつはダメだ」と理解しないといけないのだが。

アンサイでは[編集]

  • 「情報は恣意的に必要なものだけ使え」ってこと。書き手とすれば、結論に導くために情報を意図的に選んでいるわけで、これはアンサイでも同様なんだこれが。まず「結論・オチ・記事主旨」等を確定させて、そこに導くための情報を選んで書くことが大事。アニメ・漫画系に腐るほどある「ただただ書き捲る」記事にろくなものがないのは、そういうこと。

6.品位のない文章を書く奴は全否定[編集]

「人ば指差して笑うその指の形ばようと見てみろ。2本はその人指しとるが、あとの3本は自分指して笑いよるとぞ。そげなことも分からんとか、この馬鹿チンが!」
嘲称 について、『母に捧げるバラード』

嘲称を使ったり、「www」とか、「ワロス」とかの半角カタカナとか、「disる」とかを使う人がいるが、こういう表現は大抵、馬鹿にして貶める以外の目的がない。人名とか嘲称をそのまま使わず別の言葉に置き換えるのはもっと悪質で、敬意も尊重もあったものではなく、人種差別とか部落差別とかと同レベルである。いじめをしてなんともないと思っている連中がやることであり、こんな人達の発言を聞いてはいけないし、同じレベルに落ちてもいけない。

実例[編集]

  • そもそも、こういう言葉をふんだんに使ったまともなコメント見たことある?っていう話。最後の最後におふざけで入れるようなぐらいで、最初から最後まで入ったもので印象に残るいいコメントなんてほとんどないでしょ?そんなのに遭遇するぐらいの幸運があれば、それは宝くじで1等当てるのに使ったほうがいい。
  • twitterブログとかSNSで、阿呆な発言をする人がいるが、こいつらも同様。

対処法[編集]

  • 「言葉使い荒い奴とは距離を置け」ってこと。付き合うなとは言わないが、要は「馬鹿がうつる」ということもあり、自分も同じになっては元も子もない。
  • 既出ではあるが「ネットもコミュニティ」であり、友人と居酒屋で酒の勢いで騒いでいるのとは違う。「そんなのリアルでも使うの?」という話でもある。
  • ネットでは「書かれていることがすべて」であり、「ネットでの人格=本当の人格」と扱われる。その人の人格を見るのに行間や文章の裏側など見ない。だから言いたいことがあれば文章で書く必要がある。

アンサイでは[編集]

  • 「普通に書け」ということ。品位が悪い文章を書けば、それだけで悪印象を持たれてしまい、そうなったらどんなに面白いことを書いても「全部つまらない」と判断されて終わりである。

7.ネット上は「自称・真実(笑)」だらけ[編集]

「これが真実です!」とかいう情報は大抵信用度ゼロ、アンサイの情報のほうがまだまとも。思想系とか主張系の情報は上述のとおり、大抵ろくでもない情報を羅列して、自己満足な結論を組み立てて、それが真実のようにうそぶく。こんなものは信用してはいけないし、そもそも近づいてもいけない、バカが移る。

情報の内容によって信用度が大きく違うので、それぞれに対して認識の仕方は使い方を変える必要がある。もちろん、「書き間違い」という面倒なこともあるので、本当に正しいかは慎重にみないといけないし、評価をするとなると上述のとおり話は別になる。

実例[編集]

  • ネットとは相性のいい情報も当然ある。数学・プログラムとかの科学・情報・コンピューター系、囲碁将棋の棋譜とかスポーツの結果とかのデータ系である。誰がどうみたって1=2なのは明らかだし、プログラムは違っていればエラーになってしまうので嘘はつきにくいし、棋譜は誰でも再現できるように作られたものであるし、スポーツの結果は公式の記録として認定されているものである。こういうのは、意図的な情報介入が入りにくいので、ネットを最大限利用できる。

対処法[編集]

  • 「情報は『参考』にしろ、『信用』は絶対にするな」ってこと。さんざん言っているが、それでもネットは「知の集合体」である。嘘情報も嘘情報として認識していれば、使い道は膨大にある。また、本当に役に立つ情報も多いわけで、信憑性に注意しながら使えば、ネットほどこんなに便利なものはない。いくら問題が頻発していても、ネット活動が縮小しないのは、なんだかんだ言って、いい情報も大量にあるからだと思う。ただ、現状ではそれ以上に「痴の集合体」であるため、あまり深入りすると馬鹿連中の仲間入りをしてしまうのだが。
  • サイトに入り込むにはそこの連中の品性とか脳みそレベルとかそういうのを見極めて、問題なければ入り込んでもいいが、大抵は必要な情報さえ見つかれば、さっさと退却した方が無難。いい例が2ちゃんねるで、必要な情報を探すのに、大量の品性のないグズ発言を見るという苦行が待っている。素人にとっては千日回峰行並の苦行にあえて挑戦する必要も無いし、よほど高い品性と意識(もちろん意識高い系ということではない)がないと耐えられないやらやめたほうがいい。大事なのは「そういうところ」ということをきちんと把握した上で利用すること。

アンサイでは[編集]

  • 「文章の真偽も書き方次第」ってこと。書き方次第で、200%嘘のほら話も真実っぽく見せられるし、誰がどうみても真実な話をまったくの嘘話に見せることだってできるってこと。真実っぽく見せるにはデータ等数字を使うことが有効だし、逆に嘘っぽく見せるにはそういう数字は使わず、抽象的なことばかり書く、という方法などを使えば良い。

8.ネットは井の中の「自称神様」蛙だらけ[編集]

もしかして:池d(略)

もしかして:大k(略)

もしかして:麻h(略)

「自分は全知全能の大賢者・唯一神であるからして、私がいうことは全て正しい」としか思っていないような超上から目線の発言しかしない人が多い。こういう阿呆は正しい・正しくないの判断を「自分が好きか嫌いか」という観点のみでしか見ておらず、好きなものは徹底的に賞賛・擁護し、嫌いなものはとにかく根拠無く非難・罵倒しているので、とってもわかりやすい。こんな奴らより又吉イエスのほうが数十段まともな(自称)神様だ。

つまり世間知らずってこと。周りが全く見えておらず、自分中心の世界にいるからこういうことになる。まあ、自分が世間の最底辺にいる社会・人格・能力等あらゆる面での最低人間だから、ネットで神様気取りをするしかないのだろうけど、そういう人間だから底が見え過ぎて、見苦しい。

実例[編集]

  • 自宅警備員にこういうのが多いのはまさに「部屋の中の蛙」だから。ネットで世間を知り尽くしているような感覚になっているが、ネットは社会の鏡ではあるが一部分でしかないことに気づいていない。
  • ネットでこういう阿呆が多いのは当たり前で、そもそもネットの利点として「性別・人種・年齢・思想・宗教・職業・家族構成・出身等関係なく各個人が対等」というのがある。2ちゃんねるが登場したときに各所で大絶賛(ホントに絶賛されてたのよ)されたのは、匿名、ということでこれを実践したから。リアルでは「おまえ何様だ」という人も堂々と発言ができるのがネットのいいところだが、「ネットでは発言できるだけであって、その発言が受け入れられるかは全く別問題」という事実に気づいていないのが多いこと多いこと。
  • まあネトウヨプロ市民みればわかりすぎるほどわかるのだが。

対処法[編集]

  • すでに書いているが、判別方法は簡単で「好き嫌いだけで語っている阿呆は避けろ」ということ。自分の好き嫌いを絶対水準のごとく語っていて、その好き嫌いが逆な人間の存在を無視していることが多い。
  • もちろん、自分の中の基準は必要だが、それは自分の中だけであって、ほかの人の基準は違うことを頭にいれるべし。いろんな好き嫌い・基準を持った人がいるし、その人たちの考えも尊重するのは当然の話。それが嫌ならばネットをやめて一生部屋にこもってろ、ということ。

アンサイでは[編集]

  • 「下手に主観的に書かないほうよい」、ということ。主観的に書いてうまく書けていないと、よく言う「俺様wiki」になってしまうから。客観的あるいは客観的っぽい評価を中心にして書けば多少主観的なところが混じっていても、そんなに悪い印象を持たれないはず。

9.いい情報は歩いてこない、だから歩いてゆくんだね、一日一歩、三(略[編集]

ネットは欲しい情報が具体的であればあるほど探すのは簡単だが、逆に漠然といい情報が欲しくても探すのは困難を極めるってこと。ネットにおいてまだ超苦手分野の一つである。「とにかく有用な情報が欲しい」と考えても、Googleが個人個人にあった情報を無料で提供してくれるわけがなく、もし欲しければGoogleの奴隷となって莫大な個人情報をタダで貢ぐ必要がある。

それでも自力でなんとか探そうとした場合、ネット検索で上位にくるのは「必要な情報」ではなく「検索サイトが閲覧させたいサイト」「異常な検索対策をしたろくでもないサイト」「サイト主が押しつけたい情報しかないサイト」なのが多い。本当に必要な情報は検索を深掘りしていく必要がある。

実例[編集]

  • 本屋がわかりやすい例の一つ。「なにかいい本を」と思って、リアルな本屋に入った場合、本棚をざっとみて回るだけでも数分で何千ものタイトルを目に焼き付けることが可能(ほとんど印象にのこらないが)。ところが、同じ時間でスマホで探そうなんてすれば、せいぜい100冊いけばいいほう。100冊なんて、本屋では最新刊売り場程度。個人的だが、本屋の最新刊売り場にある本は「いい本、読んで欲しい本」ではなく、「ただただ売りたい本」という裏が露骨に見えるだけであって、いい本である確率は非常に低い。そんなの本を勢いで買っても馬鹿になるだけ。
  • 未だに新聞が有用なのは「1日の主なニュースが全範囲で網羅されている」から。ネットの新聞サイトで1日のニュースを見るとなると、あちこちの「最近のニュース」を見に行くしかなく、それも新聞のさらに上っ面の範囲しかみられない。ネットは特定ジャンルに特化しすぎていて、総合コンテンツはあるものの少数の企業のものしかない(運営するのも大変なんだけどね)。
  • GooglePlayAppStoreなんかで、見飽きてうんざりするほど同じアプリや大量の類似アプリばっかり押しつけられるからわかるでしょ?何十万とアプリがありながら、変わったアプリを探そうとした場合、順位としては何千レベルのものを探さないと見つからないし、類似アプリを転々転々転々転々転々してようやく見つかるレベル。

対処法[編集]

  • 「1単語で検索してもろくな情報はない」ということ。漠とした情報が欲しい場合でも、なるべく複数の単語で探した方がよい。単語を変えて何回か検索し直して範囲を絞っていく等うまい単語を探していくのが必要。
  • 「なにか情報の出会いが欲しい」という場合は以下のような総合コンテンツに入り込んで適当に回ることが必要になる。もちろん、「出会わなければよかった」と後悔したくなるクソ情報も多いのでそこは覚悟するように。
  • 逆に言えば、「見たくもない情報」がある場合、上記総合コンテンツでは誤爆する可能性が高いので近づかない方がよい(明らかに見たくない情報が出てこないと確実に言える専門系サイトは除く)。

アンサイでは[編集]

  • 「参考情報探しは丁寧に」ってところかな。記事を書くための参考情報をウィキペディアだけで済まそうとしてもろくな情報が得られない(あえて、これだけという手もあるが)。丁寧に探せば、思わぬ情報が得られることもある。
  • 画像も同様。単語次第で面白い画像が探し出せるはず。ネットには大量の画像があるのだから。

10.感情で動くな[編集]

「え~?死刑じゃないの~?」
世間を騒がせ保釈されたピエール瀧 について、石野卓球

「むかつく」だけで騒ぐな。「イラッときた」だけで騒ぐな。「なんか気にくわない」で騒ぐな。おまえら知性あるのか?ってこと。

最近の不祥事でなにかあるたびに炎上が激しいのは、当事者だけでなくまったく無関係な連中が大騒ぎしているから。最近になってようやく言われているが「『謝れ!』『謝れ!』っていうが、なんでお前に謝る必要があるんだよ」というぐらいに、無関係連中が騒いでいる。世間を騒がせるのが死刑並みの重罪扱いになっているから世間がおかしくなる。

で、そういう連中がなんでそこまで騒ぐかというと上述のようなろくでもない理由でしかない。正義感とか自分では思っているかもしれないが、そんなものではない。そんなくだらない理由で騒いでいる時間があったら、ほかに有効な時間の使い方は大量にあるはずだが?と思うが。ストレス解消みたいにしているのならば、それは穢多非人を差別する江戸時代の農民連中と同じレベルでしかない。

実例[編集]

  • 大抵の炎上案件の半分はこれ。スマイリーキクチ事件も最近の炎上案件のはしりじゃないかと思ってきている。信憑性が示されない情報で、イラッときた連中がしつこく追求した結果がああなったと。
  • 昔はネットで発言するのでさえ、HTML作成とか、投稿者名とかの項目入力とか、多少なりとも手間が掛かっていたため、その間に冷静になれる場合があった。今はなにも考えずに簡単に発言できてしまうため、脳汁垂れ流しの発言をしてしまうことが多発。さらには、そういう事件がいくつも知れ渡っているにもかかわらず、同じことをしてしまう人は別の意味でろくでもない人達であることは間違いない。
  • アンチ」という頭のかわいそうな人間が昔からいますね。嫌いなものの情報を大量に集め、嫌いなものの動向等をチェックし、嫌いなものについて発信し続け、嫌いなものを24時間365日考え続け、で、そのたびにストレスを溜めて精神を崩壊させて頭をおかしくしている連中が。だったら自分から遠ざければいいものを「嫌いだから」というろくでもない理由だけで、自分の首を絞めているのだから、もう精神病としかいいようがない。
  • ちょいと方向性は違うが、TVとかSNSとかで感情丸出しの発言する人たちいるでしょ?ほとんどが自分よがりの発言でしかないから。現にそういう人たちって頭の悪そーな奴らばかりだから(感情抑えている人にも頭悪い奴は多いけど)

対処法[編集]

  • 「アイデンティティだよ、アイデンティティ!」これに限る。自己が確立されていれば、たとえ好きなものがいろいろ言われても「言わせておけ、お前たちにはこの良さがわかるまい。かわいそうに」と平然といられる。そうでないと以下のような醜態をさらす。「最後に頼りになるのは自分自身」とはよく言うが、こいつらは自分自身をまったく頼りにできないからこんなことになる。
    • ネトウヨは「日本人」以外の取り柄がないし自分を高めることもできないので。他人種を貶めることしかできない。
    • アニメオタクは「アニメ好き」以外に自分の存在価値がないので、アニメを批判すると猛烈に反論する。
    • 他スポーツを馬鹿にするのは、「野球とかサッカーの好きな特定スポーツ」しか自分のしがみつくところがないから。
    • プロ市民は、何も取り柄がないので、他の全ての人達を自分と同じ水準にすることしか考えられない。
    • 声優オタクは、声優の価値を下げられると、ただでさえ低い自分の価値がゴキブリ以下になるために、声優を馬鹿にされると荒らし同然になる。
  • 荒らしには付き合うな」がまさにこれ。くだらない正義感で反発するのは、こういった連中と根本は同じ。「荒らしは無視」が鉄則。

アンサイでは[編集]

  • 感情でわいた第一感のがネタのスタートでもある。もちろん「イラッときた」な単純な思想ではだめで「どうイラッときたのか」が大事。それが物事の第一印象となり、記事のコンセプトになる可能性が高い。率直な印象を持つことができるようになれば、アイデアは結構わいてくるもの。

注意事項[編集]

アンサイについていろいろ書いているが、そこで「これはダメ」と書いている方法は実は高等テクニックとして使う場合もある。あえて、そういうダメとしている記法にすることによる効果を期待する方法である。ただ、「素人が使うテクニックではないから使うな」というのは当然のこと。