北条朝時

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北条 朝時(ほうじょう ともとき)は鎌倉時代の武士。2代執権北条義時の次男。次男だが紆余曲折あって一族から冷遇され、弟の重時や政村はおろか外様の足利義氏などよりも格下に置かれるという冷遇を受ける。彼の死後、息子の光時、時章、教時の三人が宗家に謀叛を起こしていることからも、その冷遇ぶりが伺える。

人物[編集]

側女に生ませた兄の泰時と違い、朝時はれっきとした正室の腹から生まれてきた。本来であれば泰時は庶兄であり、朝時の方が家督継承に近い立場であった。ところが吾妻鏡によれば、泰時の方が聡明で、なおかつ、朝時は源実朝に劣情を抱き彼に夜這いをしかけようとしたため廃嫡され、泰時が家督を継承することになったのだという。吾妻鏡は泰時を正当化するためにこう書いてはいるが、実際には泰時が何らかの手段を用いて朝時を追い落としたものと推測される。但し廃嫡の直接の原因が実朝への夜這いであったという話については、藤原定家の日記である明月記にも記述されていることから事実の可能性が濃厚である。なお明月記は朝時の夜這いのせいで実朝は子供が生めない体になってしまったと何やら示唆に富んだことも記述している。

勘当されてしまった朝時だが、1213年の和田合戦で武功を挙げ、猛将朝比奈義秀を蹴散らす活躍を見せた事で義時から許された。一方夜這いを仕掛けられた実朝は恐怖と憤怒から朝時の復帰を「絶対に許さない」と反対したようだが、義時のとりなしによって結局朝時は復帰を許された。将軍である実朝が強く反対していたにも関わらず義時のとりなしで朝時が許された背景には、頼朝死後俄然将軍の力の弱体化があったという指摘もある。自身に夜這いをしかけた男が返り咲いたことで実朝は恐怖から精神を病むようになったという。

1221年の承久の乱では軍勢を率いる大将軍の一人に選抜されたが、朝時の率いた軍勢は険峻な北陸の道を進むよう命ぜられた。微妙な関係にあった父義時の嫌がらせによる人事だという見解が強い。合戦後は進軍した北陸や九州の一部などの守護職を与えられるが、これらはいずれも辺境ばかりの土地で、朝時を遠ざけたいという父義時や兄泰時の意図が透いて見える手配であった。また承久の乱で戦功があったにも拘わらず、以降の出世では弟の重時政村に追い抜かれ、しまいには甥達や足利義氏といった北条以外の御家人にも抜かれてゆく始末であった。

憤った朝時は事務をサボりがちになるが、そんな折、朝時の邸宅に強盗が押し入るという事件が起こった。この時、兄の泰時が、軍勢を率いて夜盗を蹴散らし、朝時を助けに来るという出来事が起こる。普段は露骨に疎外しておきながら、この時泰時は、「兄を見殺しにしたとあっては武士の名折れ」と芝居がかったことを言って兄弟の絆を強調した。近年の研究で、この事件は泰時による自作自演の可能性が濃厚とされている。泰時にとっては、家督を強奪したとも言える朝時は潜在的な敵であり、何とかして懐柔するか体よく始末したいと考えていたようで、この騒動の顛末は、暗殺が失敗したので自分の手で火消しをしたとも解釈できる。そして当の朝時はというと、なんとその芝居に騙されて感銘を受け、泰時への一層の忠勤に励むようになったのだという。

ところが1242年、泰時が病床に伏すと、泰時の近習達から「謀叛を起こそうとしている」と警戒され、朝時が原因となって鎌倉は物情騒然となる。朝時は無実を証明するために、自らも追従して出家しなければならなくなった。本来であれば自分が嫡子になっていたかもしれない所を、泰時に家督を奪われ、その後も散々に振り回された朝時は疲弊し、泰時の死後3年の後に没した。

死後[編集]

朝時の死後、息子の光時、時章、教時らは相次いで宮将軍九条頼経などと結託して反乱を起こしていることから、朝時や彼の一族が露骨に冷遇されていたことは最早明白と言える。名君と名高い泰時だが、こうした一部の一門への処遇などを考慮すると、やはり為政者が押し並べてもっている暗黒面をこの人物も具備していたと言わざるをえなくなる。朝時は泰時の影とも言うべき人物であった。だが息子達が反乱を起こしているのとは対象的に、朝時は最後まで表立って不穏な動きは見せていない。その辺り、処世術は上手かったのだろう。

名越[編集]

朝時の一族は名越(なごえ)北条氏と呼ばれる。名越とは朝時が拠点を置いた場所で、かつて北条氏の祖である北条時政が邸宅を構えていた場所でもある。名越は元は「難越」と読み、坂が険しく越えるのが難しかったことに由来しているが、朝時の苦労続きの生涯や、後の反乱などで衰微しつつも北条滅亡まで生き延びた名越北条氏の命運を暗示していると言えなくもない。