千円紙幣

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千円紙幣(せんえんしへい)は、現在日本において、慎ましく生活する庶民の夢を打ち砕く、格差社会を象徴する存在である。

概要[編集]

あなたはお金持ちになりたいと思った事はあるか? あるだろう? そうだ。今現在十分なお金持ちである場合はともかく、そうでない者は、誰だってお金持ちになりたいのである。

そして、首尾よくお金持ちになったらどうするか? 言うまでもない。やる事はひとつである。部屋中にお金をまき散らし、全裸になってごろごろご転げ回り、全身の皮膚でありったけのお金の感触を味わう事である。これは誰もが夢見る事である。そうだろ? 絶対そうだろ? お前だって間違いなく夢見ただろう?

しかしだ。それが実現する事は、まずあり得ない。現在日本において、お金持ちになれるのはごく少数である。

で、そんな庶民の淡い望みを叶えるのが、千円札であった。壱万円札で部屋を埋め尽くす事は叶わなくとも、千円札であれば同じ金額で枚数は10倍。何とかなる。

ところである。それを実行してみた庶民は、驚愕の事実に驚く事になる。なんと、部屋を埋め尽くした大量の千円札の肖像画が、じっとこちらをにらんでいるではないか!夏目漱石も、野口英世も、昔の伊藤博文さえも! 何万という視線が、自分のこの裸身をじっと眺めている! …かくて庶民の淡い希望は、堪え難き屈辱によって砕け散る事になる。

日本においてごく僅かしかいない、お金持ちになる夢を叶えた者には、この屈辱は無い。福沢諭吉も、昔の聖徳太子も、有り難い事に自分からは視線をそらしてくれるのである。かくて部屋中を紙幣で埋め尽くし、そこで全裸で転げ回るという望みを、はばかる事なくかなえる事ができるのである。

格差社会は小泉総理がはじめたというのは、真っ赤な嘘である。格差社会の種は、既に昭和30年代から撒かれていたのである。

一説には夏目漱石や、野口英世伊藤博文の前に自らの鍛え抜かれた肉体を晒すことで金と一体化することや、異常な興奮を覚え「これこそが金の使い道ィ!」等という使い方もあるそうだが、これはあくまで一部のすごいひとの主張なのであまり真に受けなくてもいい。

検証[編集]

以上の概要を書き上げた所、あまりに変態すぎると言って、一部の頭のお固い人からクレームがついてしまった。失礼。

では、そのような頭の固い人にもわかりやすいように、もっと穏当な手段において、千円札の問題点を検証してみよう。

お賽銭
君が神社でお願いごとをしたとする。普通なら10円玉、奮発しても100円玉で済ませる所だ。だが、高校受験、大学受験、就職試験… そういった人生の一大転機においては、思い切ってお賽銭も奮発して、神様にお願いごとをしたい所だ。
という訳で、思い切って千円札を、お賽銭箱に放り込もうとする君。だが、思い切って放り込めればそれでいいが、普通の人なら「いいかな?」とためらう事になるのは当然である。そしてそんな時、つい放り込もうとする千円札を見てしまったら、もうお終いだ! 千円札の野口英世(ちょっと前なら夏目漱石。うんと昔なら伊藤博文)の肖像画が、じっと君を見つめている事に気づくだろう。そして君は、「やめとけよ」という無言のメッセージを受け取ってしまう事になる。
こんな訳で、千円札は「たまにはお賽銭を奮発してやろう」という庶民のちょっとした思いを、踏みにじってしまう事になる。さらに結果として受験や就職などに失敗した場合は、「あの時、お賽銭をケチってしまったからに違いない」と、一生後悔する事になる。
もちろん、こんな時に壱万円札を奮発できる金持ちには、全く関係無い話である。お金持ちの中でも、お賽銭ごときに紙幣を投じるのはためらう事もあるかもしれないが、そんな時も福沢諭吉(昔は聖徳太子)の肖像画は、本人から視線を外してくれるので、何のメッセージも感じる事は無いのである。
成金気分
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君が宴会から帰ろうとした時、あいにくの停電で暗くて足下がよくわからない。靴を履いていきたいのだけど、どこにあるのかわからない。こんな時どうすればいいかは、社会の教科書に書いてある事だから、誰でも知っている。大正時代の成金は、百円札(今では10万円ほどに相当する)を燃やして明かりにしたのだ。
早速、同じ事をやってみて、ちょっとした成金気分を味わおうとした君。だけど千円札を取り出して、ライターに火をつけたとたん、野口英世(ちょっと前なら夏目漱石。うんと昔なら伊藤博文)の肖像画が暗闇の中で浮かび上がり、じっと君を見つめている事に気づくだろう。そして君は「罰当たりな奴だ」という無言のメッセージを受け取ってしまう事になる。かくて成金気分を味わおうという君の試みは無惨に砕かれる。そしてライターの火をそのままつけて明かりにして靴をさがして「熱う!」と手を火傷する事になる。
もちろん、こんな時に壱万円札を奮発できる金持ちには、全く関係無い話である。ライターで火をつけて、福沢諭吉(昔は聖徳太子)の肖像画が浮かび上がっても、福沢なら視線をそらしているし、聖徳太子は一心不乱に斜め横を見つめている。何のメッセージも感じる事は無いのである。

関連項目[編集]


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