原子人

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原子人(げんしじん)とは、1980年代半ばまで日本における文化人類学の分野で使われていた「近代人類より先の文明スケールにある人類」のイメージ。90年代に入ると使われなくなった。

概要[編集]

原子人という分類は1968年、東京人文技術大学で初めて提唱されたと記録されている。1950年代以降核エネルギーを兵器以外の用途で利用する技術が産まれた事が、この分類が発生する大きな要因である。「平和への核技術」こと原子力は旧来のエネルギー機関を大きく上回る発電効率とコストパフォーマンスを持つと喧伝され、世界のエネルギー事情を一変させるに余りあるものであった。また「世界唯一の戦争被爆国」である日本アメリカ主導とはいえ率先して「夢のエネルギー」として持て囃した事で、世界各国の世論も原子力を歓迎するに至った。しかし敗戦国としての色彩がまだ残っていた1963年[1]に日本初の原子力発電が行われると、そういった性急な核容認に疑問の声も少しずつ上がるようになっていく。

それが文化人類学の分野でも議論のネタとされていくのだが、当時主流だった(技術論や政治的意思を含まない)文明スケール理論においては「文明は意思と関わりがない」とするのが定説であった為、原子力への容認性は「進歩の必然」と結論付けられた。すなわち人力の古代文明がを利用した簡易機械文明となり、そこから蒸気機関が生まれ内燃機関へと発展していったように、好むと好まないに関わらず未来の文明は原子力をメインに使う文明となっていくものと考えた。その「未来の文明人」を指す単語が原子人である。

また原子力は「Too cheap To meter(=原子力発電で作った電気はあまりに安すぎるので、計量する必要がない)」と言われるほどに低コストとされ、過去に戦争の原因となった[2]エネルギーを巡る対立から解放され原子人の社会は貧富の差がない理想社会[3]になるとも予想されていた。

その後と消滅[編集]

そもそも文明スケール理論自体が当時既に疑問視され始めており、すべての文明が同じ段階で発展しているということ自体が実証困難であった為、原子人の「文明が行き着く先は原子力」という根本的な部分には不確かな部分が抱えられていた。また原子力は燃料代や駆動コストこそ安いものの商業利用となると設備投資や保安に莫大なコストがかかる事が発覚し、既存エネルギーに対する原子力のアドバンテージはどんどん失われていくこととなる。

そして1986年チェルノブイリが起こした巨大な事故により、原子力が安全な未来のエネルギーどころか危険きわまりない厄介なものへと変貌してしまったことで原子人という言葉もまた歴史の奥に消えていった。

脚注[編集]

  1. ^ 1952年に主権を回復し1956年には「もはや戦後ではない」と言われていたが、いわゆる「戦後レジーム」は根強くこびりつき続けていた。
  2. ^ 例えばいわゆる「大東亜戦争」は欧米列強による対日禁輸政策やABCD包囲網による資源枯渇から逃れる為のもので、アジア開放や民族融和などは後付けの理屈に過ぎない。
  3. ^ お互いが讃えあう平和な社会として「原子協讃社会」と呼ばれる

関連項目[編集]


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