原宿駅

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原宿駅(はらじゅくえき)とは東京都渋谷区神宮前一丁目にある東日本旅客鉄道山手線の駅である。

概要[編集]

現人神用ホーム。夏休みや冬休み、春休みの土休日は利用者が増えるので一般に開放される。

1906年に千駄ヶ谷村の外れにある原野のまっただ中に突如として出現した。

日本初の神衆駅。すなわちのために作られた駅である。

民衆駅は、民間の力を借りる代わりに一部を商業施設とした新駅のことだが、神衆駅も同様に神の力を借りたとされる駅で、大半が明治神宮など宗教施設として活用されている。

駅舎[編集]

1945年以前[編集]

東京最古の木造駅舎として知られ、木造のこじんまりとした駅舎が特徴であった。

日本の文明開化を反映してか、日本風建築ではなく英国風の格調高い上品な駅舎となっていた。1945年以前の日本には、現人神は公式に1名しか存在していなかったため、神専用の駅舎として舎殿の大きさに問題はなく、毎年八百万柱の神が利用する駅とは思えない簡素さであった。

駅舎自体と違い、駅構造そのものは、二面二線の降車用ホームまで備えた豪華なものであった。改札も自動改札を完備、エスカレータもある。

現人神として在世していた時期の明治天皇も、これには大満足だったようだ。

当時の列車は、賢所乗御車、御料車の二種類が知られている。御料車は現人神専用車とも呼ばれ、最大八百万柱の神々が霊体化して賢車に詰め込まれるなか、侍従と現人神数名が乗車するだけで常時ガラガラの現人神専用車は、神々の羨望の的だったとされ、朕車などと不謹慎な呼称で呼ばれることも多々あった。

1945年以降2020年まで[編集]

新興宗教向けホーム。実に薄暗い。

しかし1945年の天皇人間宣言により事態は急変する。昭和中期ごろから、球界の神様、囲碁の神様、麻原尊師など、多数の受肉した状態の神々が乗降するようになった。

1990年頃からは、新世界の神、神絵師、神動画職人、神アイドル、ヲタサー棲姫など、現人神の数がさらに急増する。

これらの神々は、信者を旧態依然たる体育会系な方法で支配していることが多々あり、旧支配者と呼ばれた。国鉄は旧神用ホームから100メートルくらいはなれたところに旧支配者用ホームを設置した。

こちらのホームには最低限の設備しか無い。非常に侘しい。さらに新たな現人神の多くは、空中浮揚や霊体化などの神力を使えないので、コミケのサークル入場時間帯並みに大変な混雑となる。

写真を見ればわかるように、新興の神々や信者向けのホームは非常に手抜きな設備である。屋根こそあるものの、ホームに明かりはないので夜は非常に暗く、痴漢が横行しているとも言われる。ホームは昔ながらのままで非常に低く、バリアフリーがまったく進んでいない。案内表示も何一つなく、次にくる列車が何かもわからない。白線も無い。山手線の駅ならあるはずの「延発」などの表示機も無い。何にも無い。本当にどうしようもない駅である。

さらに21世紀に入ると、事業者ではなく客が神を自称するようになり、一億人の日本人DQN客が列聖されてしまう。これらの荒ぶる神々は、整列乗車にも協力せず、徹夜でたむろし、走り、押し、騒ぎ、原宿駅構内は、もはやコミケの一般入場時間帯をも超える惨状であった。JRはやっと開通した東京地下鉄副都心線を利用するように勧告しているが、代わりには程遠かった。

駅舎改築計画[編集]

賢所乗御車の車内
改築後の原宿駅

昭和前期ですら八百万+一柱の神々が使用し手狭になっていた原宿駅であるが、戦後になり神々の数が急速に増え「お客様は神様です」を自称する客まで神に列されるようになった21世紀には、前述のような深刻な混雑状況となっていた。

このため歴史的建造物の写真で抜けるほどのボロ建物フェチの方々が悲鳴を上げるなか、2020年に旧駅舎の解体と新駅舎の建設が断行された。

新駅舎は、そっけない箱形の、どうしようもない駅舎として予想図が公開されていたが、その後、明らかに人智を超えた、物理法則上ありえない純和風の巨大建造物が完成し、深紅の駅舎が、訪れる神々の目を楽しませている。

燃えない木材を使用し英国風の旧駅舎も再現されたが、色は本殿同様の深紅であり「紅魔館」などと不謹慎な呼称で呼ばれることが多い。

近くの駅[編集]


関連項目[編集]

Gomen.jpg この「原宿駅」に停車中の電車は、現在運転手がいないため発車できません。運転して下さる乗務員を求めています。 (Portal:スタブ)