京福電鉄デオ300系電車

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京福電鉄デオ300系電車(けいふくでんてつでお300けいでんしゃ)は、1959年この木なんの木の手により製造された京福叡山線の京都市内に数少ない迷列車である。

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コンセプト[編集]

でかいデオ300系電車を飲み込んでもがく京福の姿

戦争も終り15年近くがたった1959年、京福はこの頃、具体化しつつあったおけいはん応答線との直通運転を前提にして製造された車両である。一応近代化という狙いで製造されたものの、設計ミスにより車体がでかすぎて2両編成にすると出町柳3番線に入ったときに2番線にやってくる後続電車と接触することが判明してしまい、デナ21などを中心に2両編成を積極的に入れていた鞍馬線においてはデオ200と並びお荷物になってしまい、10月22日は午前中は鞍馬線の運用に入ってようが、午後は叡山本線にいやでも運用が振り替えられる対象になったりとやたら敬遠される対象になってしまった。ってかこいつの製造目的であるおけいはんとの直通運転自体できるのか?電圧も違うし、7とか8両編成で地下鉄モドキを走ってるのと違って1・2両編成の田舎電車なのに。それに今の時代の時点でまだ直通運転、実現していない。

こいつが京福叡山線からどういう扱いをされていたか?[編集]

  • 無駄にめんどくさい
  • 電気をバクバク食う→近鉄8000系と同類やんけ。
  • 高性能過ぎて手入れがめんどくさい
  • 電気を食いまくる割に二軒茶屋以北はバテてくる。(300同士の2連を組んだら、両方のポールをあげなきゃいけないほど)
    貫通扉付の構造だから、それが出来ない
  • ブレーキがうるさい
    それで沿線住民から苦情を言われる

という訳で一体こいつが京福叡山線から一体どういう酷い扱いをされていたがよく分かる。そんな訳でこいつは製造されて30年も経ってない1988年に新型に似せたワンマンカーに置き換えられて廃車。[1]

脚注[編集]

  1. ^ そのワンマンカーは色々と最悪の連鎖に陥ってた叡山線を素晴らしい連鎖に持ち運んでいき、結果としてその素晴らしい連鎖は応答線の開通により後の叡電が経営を持ち直すまで持続させることを叶えてくれた。それゆえ叡山線近代化のエースに君臨している。叡山線の救世主なのだ。(←感動的だが、これは本当の話)