名古屋鉄道

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
旧・間内駅。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「名古屋鉄道」の項目を執筆しています。
にーこにっこどーが♪
ニコニコ動画中毒患者のために、ニコニコ大百科ではニコ厨たちがお金をかけてまで「名古屋鉄道」の項目を執筆してくれています。
Pixiv
同人マニアのために、ピクシブ百科事典では同人ゴロとその愉快な仲間たちが「名古屋鉄道」の記事を執筆しています。
Chakuwiki.png
長文が読めないバカな人のために、チャクウィキバカたちが「名古屋鉄道」の項目を執筆しています。

名古屋鉄道(なごやてつどう)は、名古屋共和国岐阜県を縦横無尽に走る、大手私鉄の一つとされる鉄道会社である。略称は名鉄あるいは迷鉄(めいてつ)である。主要駅の名鉄名古屋駅は日本一忙しい駅として名古屋共和国民のストレスになっている。また、一時期よりは減ったものの駅の数が私鉄の中では最多である。犬山~犬山口間は車と並走していたが、その風景は過去のものとなった。さらに瀬戸線の尼ヶ坂~清水間はアナウンスもできないほどに近い。

なおニコニコ動画YouTubeでもしばしば迷・名列車で行こうのネタにされ、小銭稼ぎに利用されている。下記に紹介されているものはその一部にすぎない。

概要[編集]

主要路線の名鉄名古屋本線JR東海道本線と競合しているため、出来る限りの高速運転を行ったり、クロスシート車を走らせているが、市街地を縫うように建設されたために線形が非常に悪く、JRの電車に抜かれている。その上、JRの商店主である火災関白の陰謀から豊橋駅では電車の発着本数を制限されていたり、名鉄岐阜駅では高架の柱が邪魔で単線[1]にされたりと、JRとはいじめっ子といじめられっ子の関係に甘んじている。[2]しかし、名鉄の最大のライバルはマイカー(自家用車党)である。世界征服を企むに羽ばたくトヨタ自動車のお膝元ゆえに。鉄道路線がライバルなわけではなく、微妙なバランスの上に成り立つ安泰な路線なのである。

名鉄の路線は、そのほとんどが名古屋本線を軸にしてあらゆる方向に分岐しているため、ひとたび名鉄名古屋駅付近でグモ脱線事故が起こるとたちまち他路線に影響して運行がストップしてしまう。また、常滑線は地元民からエクストリームスポーツが盛んであるとして名高い。したがって中部国際空港へ電車で向かう旅客は、少なくとも飛行機出発の2時間前までに空港へ到着する列車の利用することが推奨される。つまり、地方への朝一国内便搭乗には日が昇らない内にタクシーでJR駅→JRに乗り金山駅で乗り換え空港へとなり、容赦なくエクストリームスポーツ的な利用を強いられることにもなる。なお、空港直通バスを利用する場合でも自家用車党の妨害工作を覚悟する必要がる。
名鉄の路線は全部このような状態なので、自社のどの路線にも接続していない瀬戸線が独り勝ちになる。しかし、その瀬戸線も自家用車党からの波状攻撃踏切事故の名所となっているので、もうどうしようもない鉄道会社である。

バブル崩壊後は会社の命運が尽きかけ、産業再生機構へ泣き付く寸前まで追い込まれて撤退・縮小・再編を繰り返していたが、救済策として開かれた愛知万博で一息つき、同時に空港線を開業したことで自信が付いて一応攻めの姿勢も見せ始めたが、それに伴って一世を風靡した「迷鉄」的要素の大部分が失われてしまい、非常につまらない鉄道会社になり果ててしまった。
また、お隣さんと共同で「名古屋駅再開発」と称する地上180m×幅400mに及ぶ巨大な金屏風を建設し、商店主を引退した火災関白へのヨイショの威光を讃えようとしている。

同社が大手私鉄である所以[編集]

路線長は私鉄3位。売り上げ高は6300億で私鉄4位。ちなみに、1位は近鉄で1兆2500億、2位は東急で1兆1000億、3位は阪急阪神で6750億、5位は東武で6000億である(H25-26)。

また、西鉄がICカードnimocaを導入した時点で、大手私鉄とされる事業者で唯一ICカード乗車券を導入していない貴重な存在となっていたが、2011年2月にICカード乗車券を導入した。名称は紆余曲折の末manacaとなった。命名の由来は、公式には「日本の真ん中だから」とされているが、真相不明。一説には「まだか」の間違いとも、小牧系統があるから愛佳さん登場でお察し下さい

なお、名鉄が大手私鉄に祭り上げられたのは運輸省(当時)の陰謀[3]と言われており、所詮名鉄は単なる「中小私鉄の集合体」に過ぎず、大手私鉄を名乗るのはおこがましい限りである。名鉄自身も運賃値上げ時「十把一絡げ」の扱いを是正して貰うために日銀からの天下りを受け容れて涙ぐましい努力を払い、現在は大手私鉄の中でも「別格」(という名の格下)の扱いを獲得している。

名鉄が一部界隈で迷鉄と呼ばれる所以[編集]

名鉄が過去に「迷鉄電車」脱出への無謀様々なプロジェクトを行ってきた影響で、現在ではかなり「迷鉄」的要素が減ってきているが、それでもなお他にはない特徴がある。

まず一つ目はこの会社が中毒に陥っているものである「特別停車」である。特別と言われるとイベント時等に臨時停車すると思う人も多いだろうが、名鉄では毎日のようにやっている。前述のイベント時などに止まる(レース開催時の中京競馬場前駅)のはあくまでも臨時停車という別物である。2005年に断ち切ろうとしたがやめられず、最近はまた増やし始めている。

次に、グモやらなんやらが起きた時に発動する「逝っとけダイヤ」である。趣味の1つなのだろう。この時の特別車の料金は基本無料となり、混雑が予想される。

これだけ大きい鉄道会社であるにもかかわらず、高齢者や身体が不自由な方々は車を利用する傾向にあることが背景にあり、駅構内のバリアフリー化がほとんど行われていなかった。しかし2013年、名鉄はバリアフリー化への道を進むと発表した。相変わらず無人駅は多いが、管理システムの導入でいくらかマシになった。列車表示だって、電光掲示板になったのはつい最近で、その前まで「パタパタ」(ソラリー式)となるのは主要駅でも然りだった。これは同国民がダイヤを正確に把握していることが関係している。

異常とも言えるほどの列車の複雑さだが、名古屋圏の私鉄は近鉄と名鉄だけなので、地元民は「それが常識」と思っているために、KQを見ても誰も気にしないと言う認識な位のクオリティである。ただしKQには外国語表示がある。 それに近鉄でも最近まで近鉄四日市駅賢島駅吉野駅などの主要駅でもパタパタなソラリー式であったり、丁寧すぎる自動放送で(以下略)なので、関東偏重の鉄道ファンでそれに気づくのは上級者のみと言える。

2000年までは特別停車件数は1日2000件近くとすごかった。列車種別が「特急・急行・普通」しか実質的になかったためである。しかしその後『鉄道ピクトリアル』に数回特集されるくらいには、岐阜市での粛清されましたや中部国際空港駅も含めて、後述みたいに列車種別がカオスになってしまった件は言うまでもない。

過去の「迷鉄」的要素[編集]

1.昭和初期から末期に至るまで、まるで何かにとり憑かれたかのように一貫して「特急車」ばかりを登場させていた。(但し、地下鉄区間用を除く)

  • 前身の名岐鉄道が登場させた800系(初代)以来、6000・6500系に至るまですべて「特急車」名目で登場させている。
  • 太平洋戦争中に登場した3500系・3550系も当初計画は「特急車」であり、時勢に押されて渋々やむなく3扉車となっただけである。
  • 木造車両の鋼体化で登場した非力な3700系列さえも、本線~支線間の「特急」使用を前提とする厚かましいもので、車体塗装も当時の「特急色」で登場している。
  • 5300・5700・6500系登場時には、既に「特急」は「座席指定料金」を座席にありつけない乗客まで無理やり徴収する列車としていたが、名鉄社内では飽くまで「高速」(当時の種別)は「特急」に準ずる種別である、と強弁して「特急車」としていた。なお、それら「特急」(座席指定)には使えない車両にまで、なぜか「座席番号」が振られていたことは当局に秘密である。
  • 6000系に至っては、まだ「一般特急」(料金不要)が残っていた時代であるので、次代の「通勤特急車」として鳴り物入りで華々しく登場させている。但し、当時は一切「特急」運用がなかったことは6600系が非冷房だったことと共に公然の秘密である。

2.オイルショック勃発まで、経営者の趣味で2扉クロス車ばかりを登場させていた。

  • 当時の名鉄では「2扉クロス」を至上のものとして崇め奉り、それ以外の座席・扉配置(3扉以上・ロングシート)の車両を経営者のパワハラ登場させることが出来なかった。
  • オイルショック勃発(高度経済成長期)までの名鉄社内では、繰り返し念仏のように「全員着席通勤」を唱える「土川教」が一大勢力を誇り、社員(=信者)に対し「通勤型車」を模した踏み絵を行うなど著しく偏った車両を志向していた。そして「量より質」とばかり一般車両の1.5倍もの高額な製作費用であった「パノラマカー」と言う史上最も贅沢な「通勤車」を登場させている。(そのしわ寄せで、支線区には外観だけ取り繕った車両でお茶を濁していたことは社外秘事項であった)
  • 上記の影響から名古屋市交通局鶴舞線の乗り入れ協議では、当初は名鉄社内の「土川教」信者が何が何でも「2扉クロス冷房車」の条件を譲らずに平行線を辿っており、協議の合意(4扉ロング車)には「教祖」の死亡まで待たなければならなかった。(それでも、信者は当時地下鉄では全く前例がなかった「冷房車」を最後まで譲らず、市交通局側を押し切って弔い合戦に一矢報いた)
  • 当時の名鉄は、保有車両を3ランクに分けていた。第1グループは「パノラマカー」とそれに類する(SR)車両群、第2グループは「2扉クロス」の旧型(AL・HL)車両群、第3グループはそれ以外の車両群で、第3グループは悉く「パノラマカー」に準じた車体に更新する計画を立てていた。実際に一部は7300系として登場し、外観・内装は展望車なしのパノラマカーでミュージックホーンを鳴らしながら釣り掛け駆動音が響き渡る非常にシュールな車両であった。当時の鉄道ファンからは「似非パノラマカー」との有難い称号をも贈られていた。
  • オイルショック後の大混雑に抗しきれず3扉で登場した6000系までも、この影響で登場時は「固定クロス」仕様であり、教祖死後も熱心な「土川教」信者が占めた経営陣のロングシートに対するアレルギーは相当に重症であった。後に、全車がロングシートへと粛清改造されたのは「1.5人掛けシート」と呼ばれた中途半端な詰め込み設計のためである。なお、後に登場した6500系はこの反省を生かした、とのことであったが尚も「1.8人掛け」に留まっており、このシートは僅かに残るだけでやはり企画倒れに終わり無駄金となっている。

ダイヤ[編集]

あまり知られていないが、名鉄では常に大量の列車が多種多様な方向へ運転されている。分割併合も多数行われる。特に名古屋付近はデイタイムでも2分に1本間隔でダイヤが設定されている。

また、途中で種別を変更したり、停まるはずのない駅に特別停車したりといったことがごく普通に存在するため、地元民であっても慣れていないと乗り間違う。例えば犬山経由岐阜行。名古屋本線を走って国府宮と一宮を経由するのではなく、犬山方面を走って各務原線を通るという、紛らわしい電車である。そもそもなぜそのような列車が必要なのかと、名鉄本線を利用する人々は大変困惑している。

極め付けは土・休日を除き毎朝運転される急行犬山経由吉良吉田行き(名古屋から普通、鳴海から急行、新安城から準急。豊明・北安城停車)である。

2両で岐阜を出発
新鵜沼で前に6両(4+2)を増結し8両(前から4+2+2)に
鳴海で後ろ4両(2+2)を切り離し

…というものである。ちなみに鳴海で切り離された2+2は普通豊明行になるが、岐阜から来た2両も含まれているので、岐阜から吉良吉田行きと書いてあるのにその車両は吉良吉田に行かない。行先詐欺もいいところである。

種別[編集]

ミュースカイ(全車特別車)
名古屋から中部国際空港を結ぶ、それなりに速い列車である。名古屋以北では回送特急という種別に変更し、岐阜や新鵜沼まで遊びに来る。しかし乗客数からしてリアル回送だった岐阜行きが削られた。立席でもミューチケットと呼ばれるポケモンカードを360円も払って購入しなければならない。
快速特急(一部特別車)
名古屋と豊橋を49分で結ぶ列車である。かつては47分で結んでいた時代もあった。倒壊の新快速は同じ区間を45分で結んでいたが、早くイクことこそ正義だと思っていた会社エクストリーム・鉄道事故を起こしたせいで最高速度が落ちたおかげで51分になっており、唯一名鉄が一石を投じられている。犬山線では神宮前から特急に、本線岐阜方面は国府宮から準急になる。
特急(一部特別車または全車一般車)
特に急がないが、名古屋から岐阜まで28分、豊橋まで53分、新鵜沼まで30分で結ぶ列車である。前述のエクストリーム後は、本気を出さなくても大丈夫なダイヤにしてある。何年かに一回全車一般車タイプが登場しては消える、と言ってたら平日の河和・内海特急が全車一般車になった。なお、河和線特急も阿久比から(朝夕は太田川から)急行になる。
快速急行
忘れ去られた種別である。快く速く無く、急いで行かない種別であるというのは言うまでもない。名古屋本線を岐阜から名古屋に走る電車は、栄生駅しか飛ばさない謎な種別。急行と1分位しか変わらない、無意味な電車。平日朝の南下方面(セントレア逝きでも然り)のみやたら増加中。大里や大江に特別停車する急行以下のものもできてしまった。しかし、近年また人々の記憶から抹消されつつあるというのが現状である。
急行
急いで行かない。特に開かずの踏切のある加納、石刀、今伊勢及び普通電車が前方を走っていることが多い男川ではことさらダラダラと走り、イライラに拍車をかける。最近では縮小と減車が生きがいである。常滑線や河和線では一部特別車の急行も走っていた。瀬戸線の急行は追い抜かない癖に利用者がそこそこ多い瓢箪山や尼ヶ坂を高速でぶっ飛ばすため嫌われ者である。
準急
基本的に普通がいくつか駅を飛ばせば準急になるのは内緒。あそこそことかあれの準急ほど酷くは無いが、急いで行かない。時々新川橋駅と西枇杷島駅を通過させるためだけに、須ヶ口~名古屋間で普通に準急名義を貸すこともある。
普通
ここ10年でかなり拡張された(一部準急も含む)。知多新線では唯一、一部特別車の普通もある、などとバカにしていたら本当に全駅停車になってしまった。ダラダラ走り、後ろの電車を詰まらせたり踏切をずっと閉めさせるのでかなり嫌われている。普通が普通に普通停車駅を通過していた時代もあった(事実)。逝っとけダイヤになると普通が普通に普通を抜かすこともある(これも事実)。
一番分かりやすいのが、岐阜始発でも須ヶ口と言う途中駅でパスポート審査で止められ、東西な枇杷島・名古屋すら直通で行けない怠け者。火災関白の公認で名古屋共和国をパスポートVISAをJRキップやICカードで省略する東海道新幹線では絶対にあり得ない逆転現象と言える。

路線[編集]

現有路線[編集]

名古屋本線
加納から東岡崎までを結ぶ路線である。本来は東岡崎から伊奈も本線であるが、同区間は基本的に通過することが目的であるので本線に含まれないことが多い。岐阜~加納と伊奈~豊橋は、ライバル会社に運行妨害されていて単線区間があるので本線ではない。このように、本線とは名ばかりで数多くのボトルネックを抱える。しかしながら、名古屋~伊奈間は運賃、所要時間ともにライバル会社と遜色ない。一方の加納~名古屋についてはお察し下さい。なお、笠松で名古屋共和国を入出国することになるのでパスポートチェックと入国審査が必要である。以前は、このパスポートチェックと入国審査は東笠松駅で行っていたが、乗客数があまりにお察し下さいだったので廃止された。競馬ファンと鉄道教にとっては悲しい事実である。これも火災関白の検閲により削除
豊川線
豊川稲荷に初詣に行くための路線であったが、今はその使命を終えて大晦日の終夜運転もなければ正月の臨時列車もなく閑散としている。完全な通勤路線。実は「鉄道免許」がないことは公然の秘密。
西尾線
新安城から吉良吉田までを結ぶ路線である。駅の新設・廃止・名称変更・複線化などを集中的に行ったので、今後の名鉄の社運を握る路線であることは間違いない。西尾~吉良吉田は後述蒲郡線の道連れにされかけ棺桶に片足を突っ込んでいたが、現在は麻酔が効いて沙汰やみとなっている。
蒲郡線
とうに見放された路線である。かつては観光路線であり、終日毎時1本の特急が走っていた時代もあったが、もはやその残像すら残っていない荒れ果てたローカル線となっている。
死にかけで棺桶に両足を突っ込んでいるが、現在は地方自治体からの注射で辛うじて生き永らえている。吉良吉田では改札を分けられており、既にいつでも名鉄から切り離せる準備は整えている。目標は西尾~吉良吉田の道連れであるが、西尾線サイドが鎌谷駅と三河荻原駅を生贄にささげたので、実現は困難といえる。
三河線
西三河の工業地域を結ぶ路線である。したがって利用客は多い。知立を境に山線と海線に分かれており、山側はとある大企業のおかげで、まだ未来の明るい路線でもある。しかし逆に言えば、自動車の軍門に下ったとも言える路線。全線高架、複線化が決まっている。
海側では、碧南市のまわりを3/4周もするプラレール的に微笑ましい線形や、電化区間にも関わらず長期に渡る計画停電を理由にした萌え気動車導入の他、「せんとりぁーができるもんでよぉ、渋滞こいたらかんで、立体交差にしたってちょ。」と、多額の共和国民の税金を投入して高架化していただいた区間をわずか6年で棄景に変えるなど、廃止区間における数々の華やかなイベントにより目が離せない存在となった。しかしその実態はお察し下さい
トヨタ線
一般には「豊田線」として知られるが、とある大企業が自社のために自前で建設した路線であるため、正式名称はカタカナ表記である。路線は全線高架にして踏切を無くした。その財力は地下鉄鶴舞線を買収するほどの威力で、名鉄は鶴舞線に自社の車両である100系・200系を密入線させ、侵略の足がかりとしている。
常滑線
神宮前から常滑に至る路線である。また、各種のエクストリームスポーツが定期的に開催されることでも有名である。嘗ては分家筋の河和線に列車の大半を持って行かれていたが、せんとりぁーのおかげで立場を逆転しており、現在では河和線を従えている。が、ミュースカイには一切無視されて線内には全く停車して貰えない微妙な存在だが、朝夕は金蔓を摑まえるため途中駅にも停まってくれる。
空港線
常滑から中部国際空港に至る路線で、海を渡る橋だけである。安定した利用者と特急券利用者がおり、線内に入ると特別車の室内照明が青くなるという特別サービスもあるが、この路線は名鉄が所有していないので、名鉄の意向かは疑わしい。
河和線
太田川(一部名古屋・金山との説あり)から河和に至る路線である。基本的に一部特別車の急行と、普通が走っている。近年は一部特別車も朝夕しか来なくなった。線路が直線のくせに速達化などまるで眼中にない運行形態が災いして自家用車利用を促進してしまった。某騎手御用達の駅がある。かつては、当路線の下を爆弾満載の列車が走っており、今も面影をしのぶことが出来る。
又、「正式名称は椋岡線or布土線」説もあるが、そもそも椋岡駅は普通列車すら一部通過の駅であり、椋岡駅、布土駅共に2006年にあぼ〜んされたので、この説はありえない。
知多新線
富貴から内海に至る路線である。今となっては決して新しくはないが、名鉄の中では「新参者」なので「新線」を名乗る唯一の路線である。作りかけのまま30年以上放置プレイを続ける駅もあり、直通列車も大幅に減少して一部特別車の普通が走るなど、現在はお荷物として扱われている。だが海水浴シーズンには利用者が急増する。2010年に全線開通30周年イベントを敢行したが無視された。山がちな知多半島を横断する勇気だけは凄い。
築港線
名鉄電車の墓場がある路線である。かつてはこの地から海外に天下りする車両もあった。申し訳程度に旅客も扱っているが、沿線企業の景気(業績)次第で乗客がかなり増減する。日中はサボタージュを決め込み、終電もでら早い。
犬山線
枇杷島分岐点から新鵜沼に至る路線である。以前は犬山観光への接続路線として君臨し、現在でも屈指のドル箱路線でラッシュ時の混雑度も激しい。競合他社がいないことで怠慢運営に陥っていても選択余地がない利用者が押し寄せている。現在では観光路線の「看板」を自ら放棄し、自家用車では運びきれない通勤客などを相手に荒稼ぎしている。かつて電車が道路に突入して「ど~け~よ~」と自家用車を追い払いながら走ることで聖地となっていた犬山橋があるのもこの路線で、畏れ多くも大元帥様御用達の路線でもあった。
小牧線
犬山から上飯田に至る路線である。明治村への玄関口を担っていた時期もあるが、基本的にはゴミ扱いであった。しかし、上飯田連絡船と接続して一挙に通勤路線としての利用価値が高まったことで、息を吹き返した。巣間内駅の近くでパノラマDXの引退興行をやったこともあるが、名古屋共和国には全くと言っていいほど鉄道ファンがおらず儲からなかったので、現在は引退興行地から撤退している。春日井市の中心部から遠く離れた片田舎の土地が安い区間で複線化し、人だらけの小牧市や犬山市の区間は単線のままという路線。ちなみに走っている電車の帯は名鉄唯一のピンク色。
広見線
知名度が低い路線。犬山から新可児経由で御嵩に至る路線である。新可児から御嵩は空気専用路線。犬山方面は御嵩方面よりはましだが、やはり昼間は空気輸送を行っている。かつては途中の日本ライン今渡への観光輸送用に特急が終日運行されていたが、現在は朝夕の立って通勤したくない「なまけ者」向けに限り特急を走らせている。
各務原線
岐阜から新鵜沼に至る路線。基本的に空気を運ぶことを生業としているが、最近では減車傾向にある。犬山経由岐阜行きという、素人泣かせの列車を走らせる厄介な路線だったが、最近は自重している模様。かつてはパノラマカー様の天下だったが、亡き今は5000系とかいう汚物がレールの上を走行している。
尾西線
弥富から津島・一宮を通って玉ノ井に至る路線である。名古屋駅に対して平行するように走っているためか、昼間は空気を運んでいるにも関わらず、15分に1本走っている。ラッシュ時は意外と人が多い。実は、現存する名鉄線の中で最古参の路線でもある。尾西線のくせに旧尾西市民は利用しない。かつては森上や一宮まで津島線経由で本線直通列車が設定されていたが、次第に線内運用となり、2011年3月よりワンマン化・機械化されてつまらない路線になった。なお、佐屋~津島~森上(の手前)間は無駄に複線化されている。
津島線
須ヶ口から津島に至る路線であるが、実質的には名古屋から佐屋までが津島線で佐屋~弥富間は付属品である。それなりに需要があるが、中途半端なダイヤをのまされている。
竹鼻線
笠松から江吉良に至る路線である。昼間は空気を運んでいるように思われがちだが、列車にはそれなりに人らしき影がある(沿線は地名に「狐穴」などが残るキツネ・タヌキとの共生地)。朝夕は高校生が多く、特に加納から直接乗り込んでくる利用者は高校生以外存在しない。たまに小中学生も乗っている。2011年3月より笠松が特急停車となった引き換えに岐阜直通を大幅カットし、特急の乗客確保要員となった。
羽島線
江吉良から新羽島に至る盲腸線であったが、分岐元が腐ってお察し下さい。名鉄唯一の一区間路線でもある(築港線には一応、貨物駅が存在する)。もともとは岐阜方面からの新幹線利用客を見込み、当時は虎の子だった冷房車の急行まで設定していたが、企画倒れに終わっており、空気や高校生を運ぶ地位に現在も甘んじている。知多新線以上のお荷物路線で、乗客からの借金完済の目途は全く立っていない。
過去に一度、スキージャンプノーマルヒル・鉄道車両部門を勝手に開催しようとしたが未遂に終わり、鉄道事故調査委員会にど叱られ、そのペナルティとして開業時より僅かに路線を削られた。
瀬戸線
名鉄で唯一、どう頑張っても他線とつながれない路線である。ドル箱路線であるにも関わらず、軽便鉄道時代から殆ど変らない設備が随所に残っており、全列車4両編成と短い。愛知万博を機に「最大6両化」が計画されていたものの、数百億かかるとわかり費用対効果が望めず中止となった。
そのためラッシュ時は普通を4分おきに走らせるという強引な手法を採用している。急行や準急も申し訳程度にあるが、緩急接続できる駅が喜多山駅にしかない。21世紀に入ってもつりかけの天下だったが、故障が増えて復旧に手間取るのを嫌い、車両の刷新に取り掛かった。その際、塗装するのがめんどくさかったため、ステンレス車にした。

廃止路線[編集]

名鉄モンキーパークモノレール線(犬山モノレール)[編集]

日本初にして名鉄唯一のモノレールだったが、乗客にサルしか乗ってこなくなったために廃止。走っていたのは名鉄で唯一の日立製の車両だった。冷房なんて無い蒸し風呂列車。 終点以外はこれでもか!と言わんばかりに線路跡を取っ払ってしまった挙げ句、おとぎ列車まで道連れにしてしまった。しかし、車両は今でもいつもの場所で子どもたちの夢を運ぼうと出発を待っていたり、渓谷を眺めながら南国の温泉でいい湯だな♪していたり、生まれ故郷でシンデレラみたいになっていたりと、充実した余生を送っている。きっと現役時代に毎日成田山でお参りした御利益であろう。さすが交通安全のお寺である。

岐阜市内線・揖斐線・谷汲線・田神線・美濃町線[編集]

名鉄側は新型車両を導入するなど存続に意欲を見せていたものの、公共交通機関を嫌う岐阜市の方針により廃止。ライトレール誘致計画も門前払いを食らったため、ライトレールは富山に建設されることになった。「清流」と言うのは表向きの他地方民を騙すための手法で、道路が狭い濁流市街地だしね。

ちなみに、名鉄が代行バスを受け継ぐ予定だったが、岐阜県民がよっぽど「名古屋」の文字を嫌いだったらしく、岐阜バスに白羽の矢が立った。岐阜バスも名鉄グループであり、名鉄バスが運行する高速路線の一部を共同運行している事実もあった。しかし、高山関連以外でほとんどの高速バスが単独化して黒歴史だった事を知らない岐阜県民が多いのも何かの皮肉であろう。別の意味で高岡方面の高速バスは見放されたのだが。

しかし廃止から数年後、公共交通機関充実を名目に環境モデル都市に立候補したほか、郊外に無料の駐車場を設置した上で「時代はエコ、公共交通機関利用の促進を」と急に態度を覆した岐阜市に対して、怒りを覚えた人々は少なくないだろう。岐阜市営バスも統合して消す事にしたから尚更である。これにより、市街地の商店の売り上げが軒並み低下、市内道路の渋滞時間・延長共に増加などの問題が露呈した。結果、市街地に来る人が減って渋滞が解消されたのは皮肉なものである。だってマイカーバカのDQNばっかだから。環境モデル都市については一次選考で落とされている。原因は言うまでもない。仕方ないよね。

忠節駅はスギ薬局・しまむら、市ノ坪駅と岐阜工に至っては巨大なZENTと、駅の跡形も無い。廃駅ホームでも更地や緑の草原だったりするが、一部が廃駅のホームで残っている。上芥見駅も跡形もないが、元々形らしいものもない駅だったので誰も気にしない。廃駅付近で地元民がガーデニングをしているけど、名鉄の土地で大丈夫なのかな? 作物栽培については撤去警告はされていたけど。

竹鼻線(部分廃止)[編集]

昨今の廃止路線の中では唯一の1500V区間という不名誉な称号を持つ。沿線風景は三河海線と大差ないのどかなものである。即座に線路を撤去するなどはしていないが、理由はただめんどくさかっただけである。

「中区」「大須」といった大胆な名前の駅もあるが、もともと名古屋の大須観音は羽島にあったものを移設したのでいわばこちらが本家である。「おちょぼ稲荷参詣列車」という位置づけであったが、おちょぼ稲荷には大須駅でバスに乗り換えが必要なので半分ウソである。

大きなお友達は「八神」で参拝したかったらしいが、廃駅となり跡形も無かったので偶像を作るしかなかった。それが「八神はやて」となった。上記の通りかつての大須観音は当線の「大須」にあり、それを名古屋共和国が強奪したので、廃線が進んだとも言われている。

「はやて」の方も東海道新幹線の駅が「岐阜羽島」となったために、「岐阜駅にも造らんかい!」と言う派閥がせめてアクセス線を造ろうとしたが大人の事情により凍結となった。現に「はやて」もJR束に強奪され、現在は北の大地の新幹線となっている。列車本数も少ない故に名古屋からのアクセスが良いから、どうしようもないなんちゃってアクセス線になっているのは皮肉なものである。

後からできた、当時は支線にすぎなかった羽島線(前述)の方がメジャーになってしまい、本家であるはずの竹鼻線が廃止されるというのもまたまた皮肉な話である。 廃線の理由は岐阜市内線と同じく、岐阜県での自動車利用の増加によるものも影響しており、岐阜羽島駅周辺は日単位貸しの駐車場が多い。また、迷信高速道路のインターチェンジが岐阜羽島駅から近いため、関西の観光目的なツアー集客を東海道新幹線で行い、それから観光バスで高速に入ると言う、JR倒壊との結濁もモータリゼーションの皮肉な廃線に拍車を掛けた。

三河線(末端廃止)[編集]

三河線はもともと西中金~猿投~知立~碧南~吉良吉田で名鉄有数の長距離路線だった。将来は紅葉や渓谷美で有名な足助や香嵐渓まで延伸され、観光路線化される予定だったが、自治体の支援もなくやる気がなくなり、結局実現しなかった。

その後、末端区間の西中金~猿投、碧南~吉良吉田間はだんだん乗客が減っていき、気がつけば赤字の状態だった。碧南~吉良吉田については、需要はそこそこあったが貨物輸送を副業でやっていた時代の名残で路線がS字カーブしており、自転車並みの平均速度しか出せなかったのも斜陽化に拍車をかけたとされる。気動車を購入し非電化にしたが、空気輸送化は止まらなかった。

名鉄側は即廃止でもよかったのだが、地元が存続を所望したので赤字分を自治体におねだりして、数年間は存続させていた。この時、寺津高架橋の建設費を巻き上げたにもかかわらず、数年で廃線にしてしまったので、今もあまりよく思われていない。網走バスのよしみで石北本線を押し付けられないようにするための廃止である。


グループ企業[編集]

名古屋鉄道は以下のグループ企業を抱えている。しかもそのほとんどは業界では地域一番の企業力を持っていたりしてある意味恐ろしい存在になっていたが、もう仕方なくやっていた歴史・地元奪還によるもの・経営再建となると、鉄路のある愛知・岐阜県以外からは手を引く傾向も見られる。それこそ儲け主義の名古屋共和国経営と言える。

子会社
  • 豊橋鉄道 - 元東急の鉄骨むき出しオンボロ車両で騒音撒き散らしながら豊橋から三河田原、さらには航空自衛隊新田原基地に運行。かつては名鉄車両の墓場とも姥捨て山とも称された。
  • 名鉄バス - 名古屋市内では最もよく走っている民営バス(観光バスを除く)。金儲けが下手で名鉄本体から勘当された身の上を持つ。
  • 名鉄交通 - 名古屋市とその周辺を縦横無尽に走るタクシー会社。愛称名タク。兄弟会社として電タクもあるが、どちらが兄に当るかいつも喧嘩している。
  • 名鉄運輸 - 企業相手にセコく儲ける商売と、小熊のマークの名鉄引越し便でお馴染み。個人相手の宅配便は早々にあぼーんされた。
  • 中日本航空 - 名鉄が乗り入れる名古屋空港を拠点に世界に羽ばたくジェネアビ航空会社。世界各国のヘリコプターの製造・整備を行っている。が、それだけで食っていくのは大変なので、名鉄教信者向けの御守護札をはじめ様々な宗教用品(コアなグッズ)を販売して糊口をしのいでいる。
  • 岐阜乗合自動車 - 通称「岐阜バス」。ここのえらい人と岐阜市長が懇意だったことが軌道線廃止に繋がった、との噂もある。そんなこともあって名鉄グループながら独自色が強く、manacaに4年も先駆けて独自のIC乗車券「ayuca」を導入し先進性をアピールするも、親会社のmanacaとの相互利用の話すら出てこないところに、両社の、ひいては岐阜名古屋の微妙な関係が垣間見える。
  • 名鉄百貨店 - 名鉄名古屋駅上にそびえるデパート。ただのカオナシ巨大マネキン看板娘のナナちゃんコスプレは名古屋の季節の風物詩。本館と2館の別館で近鉄百貨店を囲い込む威勢の良さも今は昔のこと。近年は宿敵JRの髙島屋に押され気味で、近鉄と一緒に名鉄百貨店と近鉄百貨店を共同で建て替えしようという案が浮上。かつては新岐阜百貨店もあったが、潰されて駅ビル化している所からも岐阜駅周辺の住宅地化が垣間見られる。
  • 北陸鉄道 - 元々名鉄とは縁もゆかりもない石川県の鉄路だが、要は国労みたいな過激なストライキが多かったので、運輸省のお偉いさんや労使共に泣き付かれて仕方なく主要株主になっている。ちなみに、近鉄のテリトリーを図らずも侵略した形になったため、両経営者の仲が非常に険悪となった元凶でもある。近鉄は地元貸切バス事業者を奪って溜飲を少し下げることが出来た、とも言われている。
その他
  • 全日本空輸 - 意外に思うかも知れないが、名鉄はANAの大株主である。一時期東急に持って行かれたが、手に余るようになって帰ってきた。中部国際空港においては空港特急と接続のよい時刻の発着枠をことごとくANAが押さえ、日本航空の弱体化に成功、さらには更生法適用まで追い込んでしまった。
  • 名鉄病院 - 栄生駅下車すぐ。名鉄名古屋本線、JR東海道線、新幹線を一望できる鉄ヲタ垂涎の病院。診察券の片隅に1000系パノラマカーがデザインされており、名鉄教の狂信者一部の鉄ヲタの間ではコレクションの対象になっており、特に妙齢の女性名のものは高値で取引されている。
かつての子・孫会社
  • 福井鉄道 - 福井県の全域と滋賀県の一部を地盤とする鉄道・バス会社。本社所在地は福井京阪電鉄の子会社である京福電鉄と地盤を争っていた。しかし、借金が嵩んで破産寸前となり、虎の子の800形と雑魚諸々を引出物に2008年限りで地元に押し付けてあぼーん
  • 福鉄バス - 福井や敦賀を地盤とするバス会社。敦賀は近江鉄道(本社:彦根)の地盤でもある。しかし、敦賀については「コミュニティーバス」の運用になってしまった。鉄路と然りである。
  • 大井川鐵道 - 昔なつかしい蒸気機関車や私鉄の古参電車を積極的に動態保存しているテーマパーク。かつては人も車両も名鉄の墓場と呼ばれ、車両は臓物をそっくり取られた「ミイラ状態」でしか貰えなかった。その車両も今は存在せず、例の年以降は中部電力の問題や経営再建でどうしようもなくなり、北海道のリゾート会社にタダ同然で買い叩かれて浜松県静岡県の鉄路からは足を洗った。
  • 網走バス - 意外に思うかも知れないが、オホーツク沿岸の街にも名鉄資本がぽつんと進出しており、名鉄バスそっくりのバスを見ることが出来る。無論、主な任務は網走番外地への護送アクセスである。お守しきれなくなって2012年に地元へ身売り。なお、この会社にうっかり手を出した所為で東急の逆鱗に触れ、日ペリ時代から大株主だった全日空を獲られることにもつながった。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「名鉄グループ」の項目を執筆しています。

このほかにもたくさんのグループ企業があるが、詳細は頭の硬い方で

東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「名古屋鉄道」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)
  1. ^ と言うのは表向きで、実は複線用の設計である。名鉄としては複線への改良を関白殿下に泣き付いているが、今なお単線のまま放置されている。
  2. ^ と言うのも表向きで、実はこれ以上将来性のない路線に無駄金を遣いたくない、と言うのが本音である。前注にある「泣き付いて」いるのは飽くまでポーズに過ぎない。
  3. ^ 運輸行政・運賃値上げ時の審査をチャチャっと済ませる円滑に進めるため。