國鐵廣島

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國鐵廣島(こくてつひろしま)とは、日本国有鉄道広島支社の民営化後のかつての蔑称である。

なぜ國鐵廣島なのか?[編集]

国鉄が爆破解体されてから20年、未だに国鉄車だらけな所は何も広島だけじゃなかった。青森群馬新潟和歌山宮崎といくらでもあったのである。

にも拘わらず、なぜ広島だけ「國鐵廣島」としてやたらめったら注目されていたのか?それは・・・

電車は「すべて」国鉄車両

國鐵廣島の電車は「すべて(ここ重要)」国鉄型。100%なのである。JR車が定期運用で乗り入れてくる事が一切なかったのである。 電車に限らなければ、唯一気動車版走ルンですことキハ120が乗り入れていたが、広島乗り入れは1日2往復のみとか存在感なさすぎ。

百万都市なのにこの有様

さっき取り上げた各県よりでかい県なのに、JR西日本でも地方都市では一番でかいのに・・・この有様。 ついでに定期特急もゼロ(これには理由があり、一時は芸備線に設定される話があったがお流れになった)。宮島や呉といった観光地がある百万都市なのに、國鐵抜きに語ってもみずほらしすぎでしょ。

つまりは、そういうことである。

「國鐵廣島」爆誕[編集]

JR西「田舎に新車はもったいない。後回しだ」
田舎「お金出すんで新車入れてくだせぇ。ボロのまま22世紀入りはごめんだぁ。」
JR西「よろしい(新車は全額お布施)。」
広島「お布施をする義理は無い。お前らが自腹でやれ」
JR西「じゃあお前らはあのポンコツを壊れるまで使ってるんだなww」
広電「じゃあお先に新車入れようかwJRがボロしかないから、これはチャンスだw」
JR西「どうぞどうぞw広島民には広電がお似合いだよw」

…とか何とかやり続けて約25年。意地っ張りな広島は時代に取り残される格好に。ボロが続々左遷されようと、大減便ダイヤ改悪がされようと、末期色化が進もうと、誰も逆らうことはできなかった。こうして國鐵廣島は誕生したのである。

カラーリング[編集]

一応瀬戸内色や広島色という地域色もあったが、アーバンネットワークで使い潰された車両が博物館送りにされてやってくるので、カボチャ色やカフェオレ色や関西急電の色を引き継いだ物など…とにかくバラバラであった。たまに粋な車両維持の計らいのためにガムテープで彩られる事もあった。

しかし、交通博物館としてそれはいかんだろうということで、電車は中央・総武線103系のリバイバルカラーともとれる通称末期色(まっきいろ)に、気動車は国鉄魂を体現したタラコ色にそれぞれ復刻した。ただし塗り替えが遅々として進まなかったために、混色編成すら見られた時期があったのは公然の秘密である。一応、カープ優勝祈願で赤色なカープカラーにしたら、本当に2016年のセ・リーグで優勝してしまったと言うご利益もある。

車両[編集]

いろんな奴がいるが、編成番号13は大抵ろくでなしという変な都市伝説(=呪いの13)が流れている。

72系(クモハ84)(全廃)[編集]

72系を魔改造して1両にした車両。魔改造した時にクモハ84という偽の名前がついた。オールロングのトイレ無しで、老朽化がひどくなった頃に突然姿を消し、どこかの車両区で留置(放置)された。放置された2年後にぶどう色2号が浮き出てたらしい。えっ?湘南カラーだよ?

詳しくはクソ真面目で色々カオスな頭の硬い方の記事を参照。むしろ、頭の硬い辞書は1つの記事にごちゃごちゃ記述しているので「クモハ84」で検索した方が早いかも?

103系(全廃)[編集]

オールロングシートでトイレがない、電車付きの冷房機。要するに嫌われ者である。まぁ、岡山のはもっとひどかったけどな・・・

B-09
最後の戸袋窓残存車としてクソリティーを発揮していた4連。2010年に幡生で重機のごちそうになりました。
E-04
通称ヨン様。両端クハが東日本からの高運車で、1両1円。他の103系より新しいのに一足先にいっちゃいました。
E-07
国鉄広島最後の4連。しかし、2010年には消えた。
D編成
3両でワンマン運転ができるのはコイツしかいないという事で、特別にトイレが付けられた。これなら100年経ってもだいじょーぶ!
末期は文字通り末期色に塗られて総武線もどきと化していたが、正気を取り戻したJRによりさっさとお陀仏になっちゃった。

105系[編集]

いまやJR西日本にしかないお宝車両。戸袋窓が残ってるやつもいるし、奈良からお引越ししてきた方も居た。こっちの方が総武線っぽくない?なおボロい4ドアのは2016年に全滅しちゃいました。 コイツはなんと1M電車なのでクモハ1両で。(だからクハだけ廃車になったりする)

K-13
「呪いの13」被害者その1。こいつだけ最後までトイレがつけられなかった。JKおもらしを性癖に持つ皆様ご用達編成である。
K-14
なぜかコイツのクハだけ変なスカートをつけていた。が2016年4月、幡生に送られて重機のランチに。

113系[編集]

関西で失職した113系が103系を置き換えるために次々と転入。だが、車両の性能上、瀬野八を越えられないため運用に難がある。

キト113
2008年より京都から廣島へ続々送られた。カフェオレ・カボチャ問わず参上し103の駆除を完了したが、あっという間にポンコツ軍団とかに駆逐されていった。
ポンコツ軍団
編成番号の「P」とは関西出身のPONKOTSUの頭文字である。期限切れカボチャの置き換え用に続々流入したが、今度は岡山へ流されていった。
P-13
今回も例によってコイツだけがミルクオレに化けた。クハはさっさと重機の餌にされました。

115系[編集]

広島のヌシ。國鐵廣島=115系という認識でも間違ってない。その全容を掴み取ることが困難なほどバリエーション防府なのだから。

L編成
30N40Nばかりの編成。つまりは上物だが逆に言えば地味。でも、そんな彼らでさえ引退するとなれば葬式鉄の餌食になる事には変わりない。変な編成ばかりに目が行ってオーソドックスなのがいる「日常」を記録しそびれた奴が多かったのだろう。
L-13
またまた呪われました。この編成をもって115系のニュータイプ化は中止、以降は嘘タイプ化に退化。まぁ、嘘タイプ化第1号にならなかっただけマシか・・・。
C編成
下関配置の115系で主力だった編成。更新車とボロが入り混じっていた。
C-13
呪いの13の真骨頂。下り側先頭車クハ115-608は、数あるボロクハの中でも無駄に長生きしたことで有名(享年51年11カ月)。元はサハであったが先頭車不足から先頭車化改造され、丁度廃車になった153系のAU13クーラーが付けられた。最後の夏は部品が枯渇し、あのクソ熱い猛暑の中、作業員が屋根上で冷房機をBH作業で修理していた。2018年10月27日に幡生公開のお絵かき電車にされた後、解体された。
C-16
1編成中にバケット・転クロ・ボックスの3種類の座席を持つスーパーカオスハイブリッドトレイン。ただしボックス車の塗装詐欺とチク(ryに注意!。実は115系0番台最後の生き残りだった。
C-21
下り側先頭車は元チクビームであったが、他の30N車に置き換えた。つまりはL編成化である。が、意地でも最後までC編成にならなかった。2019年3月、ご臨終。
C-41
伝説のガムテープ貼り付け車。おかげで車体が星空のようになってしまっている。2015年5月、重機の餌に。何だかんだで最後の瀬戸内色だった。 
C-42
下り方のクハは日本一古い新性能電車(1963年生まれ)。2011年3月までは國鐡金澤に残っていた(ク)モハ471・470-2(1962年製)が最古だったが、同車が廃車されたことによってタイトルホルダーを獲得。全て廃車モハの電装機器を剥ぎ取って運転台をくっつけ、153系のクーラーを盗ってきてクハにでっちあげたゲテモノである。しかし、50歳の誕生日を迎える5ヶ月前にあぼーんされた。なお、同車亡き後のタイトルホルダーは豊田電車区のクハ115-108(1964年4月製、但し非営業車)[1]となった(いずれも現存せず)。
C-43
鉄仮面黒チクビの國鐵廣島史上最凶最悪変態クハ入り編成。ちなみにこの車両以外は嘘タイプとなっている。末期色で破壊力パワーアップを目論むも実現せず、幡生処刑場に送られて処刑されました。合唱。元々は福知山所属で福知山色のまま下関にやってきた経歴を持つ。
G編成
車内はボロボロ、車体はヨレヨレ、足回りはヨボヨボ、クーラーは効かない、駅ではいっつもドアが大開帳。國鐵廣島の底辺にして頂点に君臨する「爺編成」「痔編成」である。
G-02
ハゲタイプクハ+ボロモハはあくまで世を忍ぶ仮の姿。この時点でもうアレ。真の顔はなんとチクビーム。
2010年には末期色化もされC-43と双璧を成す最凶編成だったが、2012年7月にあぼーん。
N編成
2ドアの3000・3500番台で構成された、國鐡廣島の最新車で組成された編成。なお3500番台は117系からの改造車。過去の栄光を延々と引きずりながら走っていたが、2016年に広島から追放され、今では國鐵の残り火で飯を炊いている。
N-05
末期色第1号!
N-13
お待たせ呪いの13・・・とか言う以前の問題。そんな編成はいない。
H編成
1本しか存在しないレアな編成。
H-01
113系800番台最期の生き残りが115系に化けた姿。ヘッドライトがおっぱいを模した形(=チクビーム)に改造されており、非常に卑猥だということでこの編成番号が与えられた。G編成のそっくりさんだが、いちおう半自動ができるのでまだマシ。先頭車はついに車齢50年を達成したが、その直後の2016年1月にあぼーん。
O編成
後期に出現。応荷重の「オー」、Nの次のアルファベットで「オー」等の諸説あり。セキC編成のうち転クロ車統一の編成。3000番台が混じっているため2ドアと3ドアが混在。混結編成のドア数を統一する気は全くのゼロだったようだ。
T編成
福知山からやってきたモハを魔改造した2連。福知山時代に原型4両編成をぶんだ切ってくっ付けて無理矢理2連にした編成。
T-01〜04
元は0番台で構成された編成。2010年までにすべて重機の餌となった。
T-11〜14
元フチR編成の115系モハ改造2連。T-01〜04あぼん用配給食パン。ワンマンまだー?
R編成
古すぎる車両はいい加減に置き換えましょう計画によって登場したのでR。G編成とみんな大好き最凶編成は我輩が潰したのでR。
その後あっさり捨てられたり、また組み替えられたりと、各々の進む道もバラバラだったのでR。何やかんやでミルクオレ最後の1本ここにいるのでR。ミルクオレ最後の1本は2019年2月に廃車された。

117系[編集]

元新快速が左遷されてやってきた。国鉄時代は珍しい転換クロスシートで国鉄ご自慢の車両だったが、周りの車両もいつの間にかみんな転換クロスシートになってしまった。 てな訳で、2015年の混乱期にどさくさ紛れに岡山・和歌山へ転出。福知山色最後の砦になったことがせめてもの名誉だったかな。

最近は青い車体に「瑞風」内装デザインとなって「WEST EXPRESS 銀河」として頑張ってる模様。廣島にも帰ってくると言う噂があるが。

123系[編集]

国鉄時代に101系を1両に魔改造しました感満載の、なんとも気持ちの悪い車両。長野にも同僚Iがいたが粛清されました。JR化後にも魔改造する予定だったが、種車がなかったので代わりにクモハ84(前半参照)が生まれた。やたら海ばかりの路線(の支線)から追い出されたものもいるとか。ちなみにそいつはドアの位置が合わなかったので幡生クリニックの精鋭によってドアの位置を大幅に変える整形手術を受けた。今ではトイレも付けられ、あと50年は使うつもりなのだろう。

気動車[編集]

広島に限って話をすれば、おったっておらんくたって國鐵は成り立つ。國鐵廣島と言えば電車ばかりが持て囃され、こいつらのことは軽視されているのだから。末期色の全滅後も「芸備線はまだまだ國鐵」とか抜かす奴がいるそうだが、今まで見向きもしなかった癖にここぞとばかりに取り上げるのは正直身勝手すぎない?

キハ40系
…などと言ってきたが、こいつらも実はバリエーションが豊富で見逃せない。西日本で金属ばねとエアサス、そしてセミクロスとロング、ワンマンと非ワンマンが混在するのはここぐらいかな?
キハ120
田舎路線のコストダウン用、乗り心地はお察しな、元唯一のJR車。所詮走ルンですの類なので、既にボロい。対策とされるボロ隠し工事でさえ遅々として進まない。

國鐵廣島の歌[編集]

当時の國鐵廣島の状況がよくわかる歌として、「それいけ!廣島」という歌が公開されている。この歌はかの有名な「広島東洋カープ」の応援歌の替え歌である。最初の方に書いたように、当時の廣島はガムテープが好きだった。この歌は、当時の廣島がどれだけガムテープが好きだったを歌った歌である。今では味わえない廣島ガムテープワールドを感じることのできる貴重な歌である。ちなみにガムテープ精神は山口にお察し下さい

國鐵廣島の終焉[編集]

それはあっさり訪れた。2013年春、國鐵やめます宣言を発表。その宣言を決定的に裏付ける存在こそ、コイツである。

227系
國鐵廣島を民営化すべく本社から送り出された赤い鳥。翼からスペシウム光線を照射してボロの末期色を次々と駆逐している。西日本豪雨の時は、閉じ込められた駅で巣を作ったり車両基地の鳥カゴに閉じ込められたりしていたが、威勢のいい個体が捕獲の手から逃れ琵琶湖周辺を飛び回っていたこともあった。
客の数に応じてきめ細かく伸び縮みできるという建前のもと、4両を3両に、ロングをクロスに置き換え、國鐵を根絶やしにするという使命を果たしている。

・・・こうしてボロ電は次々と殲滅。ついでにボロ駅もどんどん改築し、新しい駅もホイホイ新設。なんならシティネットワークのゴレンジャー化や快速復活、廃線復活とかも成し遂げた結果が今の広島である。

そう。2019年3月16日のダイヤ改正をもってあの頃の廣島は無くなったも同然なのだ。

國鐡廣島の精神は山口へ[編集]

國鐵廣島は民営化を成し遂げたが、山口という最後の国鐵ランドが存在する。山口は、國鐵廣島の配下にあったがゆえに、魔改造が大得意である。よって、エアコンを強引に車内に取り付けるなどの改造を行ったため、見た目が少しどころでなく完全におかしな状態になっている。 この山口では、依然として電車はオール国鉄型。平均年齢は少し下がったが、10年たち以前の平均年齢に戻ってしまった。JR車は引き続きキハ120と、えすえる用に新造したレプリカ客車のみであり、早い話、走る鉄道博物館の一部が山口に移設されたという話であった。山口の未来はお察し下さい

脚注[編集]

  1. ^ 営業車では國鐵金澤のモハ414-802(元モハ112-12、1964年7月製)

関連項目[編集]