大江原圭

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大江原 圭(おおえはら けい、1990年2月26日 - )は、日本中央競馬会に所属する騎手である。一年目に3人で約90勝を挙げた黄金の競馬学校24期生の一人。通称:エアー圭、美浦の秘密兵器。

来歴[編集]

父はブランディスでG1勝利の経験もある障害の名手、元騎手で調教助手の大江原隆、伯父は中山大障害などに勝利し、障害の名騎手、元騎手で調教師の大江原哲という競馬一家に生まれる。平地の武一族、障害の大江原一族とも呼ばれているとか呼ばれていないとか。

2005年4月に三浦皇成らとともに黄金の第24期生として競馬学校に入学した。

2007年10月11日に行われた模擬レースで現役騎手の吉田豊らを相手に二連勝しその才能の片鱗を見せる。成績優秀者に与えられるアイルランド大使特別賞こそ三浦皇成に譲ったが、その後の華々しい活躍を期待するには十分な門出であった。

2008年3月1日に栗東の作田誠二厩舎所属で衝撃的なデビューを飾る。大江原の父と伯父はどちらも美浦に所属しているが、「美浦だと甘えてしまうかもしれない」とあえて栗東を選んだあたり、コネにあえて頼らない大江原の向上心の高さがうかがいしえる。そして、この年デビューした黄金の24期生の三人は合計で約90勝を挙げるなど競馬学校教官の期待[1]に答える活躍をした。

2009年からは武豊の記録を塗り替えた同期の三浦皇成を差し置いてフリーの騎手として活動している。また、栗東では一年でやることがなくなってしまったため、父と伯父がいる美浦に移籍することとなった。父・伯父ともに名障害騎手だったことから障害レースへの騎乗も期待されていたが、2009年4月4日念願の障害に騎乗、初騎乗としてはまずまずの成績を残す。その後7月26日の障害未勝利戦で待望のJRA初勝利を挙げる。

その後は車で死亡事故を起こしたり調整ルームでTwitterをしていたことがバレて騎乗停止処分を食らうなど紆余曲折あるも、年間2~3勝をコンスタントに挙げ続ける障害騎手として活躍中。華麗なる大江原一族の跡取りとして更なる飛躍が期待されている。

人物[編集]

騎手にしては身長が高く、減量に苦労していると言われているが、名手武豊も身長が高いので問題ない。いずれの地位を脅かす騎手になることだろう。一応言っておくけど、幸四郎のほうじゃないよ。

騎乗スタイル[編集]

JRAを代表する騎手である武豊のように後方待機策を得意としている。また、馬に優しい騎乗を心がけており、たとえスタートが良くても強引に先頭を奪わず、相手に譲ることも多い。このように勝利至上主義ではなく、馬を優先し着順を無理に狙わないことが特徴といっていいだろう。このあたりについては騎手会長である柴田善臣に匹敵するものがある。また遠心力を最大に利用してコーナーを曲がるのも特徴である。

馬に優しい騎乗には年々磨きがかかっており、2018年以降は障害戦でほとんど落馬しない騎手として知られるようになった。2019年から2020年にかけて100騎乗以上を連続完走するという記録も残しており、レース出走手当が確実に欲しい馬主と調教師から重宝されている。距離が長く落馬の危険性が高い重賞レースにほとんど出ないせいでもあるが。

エピソード[編集]

競馬学校[編集]

入学時には6人いた学友も、卒業時には2人(三浦皇成、伊藤工真)に減ってしまった。大江原が選び抜かれた戦士だというのがわかるエピソードである。

中田翔との交流[編集]

2008年1月21日に北海道日本ハムファイターズ黄金ルーキー中田翔と交流し、自らのムチをプレゼントした。このムチは後に同期の三浦皇成からプレゼントされたものであるという報道がなされた[1]が、これはルーキーイヤーに活躍できず期待外れに終わった中田翔が、己のふがいなさを恥じこのような成績では大江原と釣り合いがとれないと考えたため行われた措置である。別に三浦にもらったと記憶がすりかえられたわけではない。

一意専心[編集]

大江原は栗東時代は一月で一鞍という限られた騎乗数になっていた。これは彼の座右の銘である「一意専心」の思想に基づいており、JRAのトップジョッキーであり先輩騎手でもある安藤勝己がそうしているように、目の前のレースに集中するという目的がある。また、騎乗を絞ることにより騎乗馬の質を高めるという効果も大きいと思われる。 美浦に移籍した成果か、一週に一鞍ペースで騎乗馬を確保するようになった。当然馬の質も大江原の実力・実績にふさわしいものになっている。

黄金の24期生の絆[編集]

競馬学校の同期生の伊藤工真とは生年月日が同じである。これは24期生がアストロ球団のような超人たちの集まりであることの有力な証拠となっている。

作田厩舎との関係[編集]

作田誠二調教師は兄弟子である藤岡佑介の所属時代は積極的に起用しJRA賞最多勝利新人騎手を獲得させるなど新人の起用には積極的な厩舎である。このことから大江原も所属することとなったと思われる。2009年度の冒頭は不振であり大江原の起用も少なかったが、現在では大江原が撒いた種が芽吹いており、大江原騎手の美浦への移籍後は所属馬が好走を続けている。

同期の不振[編集]

大江原が美浦に移籍してきた途端に、同期の三浦皇成や伊藤工真は大江原に恐怖感を抱いたのか、不振に陥った。しかし大江原が一月ぶりに競馬場に姿を現した途端に二人の不振は解消された。大江原のパワー恐るべし。

主な騎乗馬[編集]

カシノウェーブ
中央デビュー時は二桁着順を繰り返していた馬だったが、地方からの転厩後に騎乗した大江原の力で馬券に絡むまでに力を発揮することができた。なお、引退後同馬のゼッケンがYahoo!オークションに出されたが、大江原のゼッケンが一部の金持ちだけのものになってはならないという配慮から500円で落札された。
アスカクリノオー
父親にキングカメハメハ。母の父に大種牡馬サンデーサイレンスという超良血馬。競馬一家に生まれたエリートである大江原とのコンビが期待されたが、生まれつき曲がっていた足がレースに耐えきれず、ターフを去ることになってしまった。
モルフェサイレンス
サンデーサイレンスの2x3という狂気の血を持つ狂馬。毎回レースになるとゲートで暴れ除外、現役の騎手では誰も手のつけられない状況から大江原に白羽の矢が立った。さすがに大江原とのコンビでも不安視はされたが見事に立ち直らせた、これも馬第一主義の大江原だから出来る芸当だろう。
キングアーサー
サンデーサイレンスのラストクロップ、募集価格は1億8000万と大江原にふさわしい高額馬。だが大江原は他騎手への配慮から進んで高額馬に騎乗する事をしていなかった。しかし前走のムーンレスナイトの落馬事故(馬の気性が悪く全面的に大江原に非はないのだが)による藤澤厩舎への謝罪の意味を込めて高額馬の中でも、重賞レースで活躍できないでいたキングアーサーの騎乗依頼を受けた、そして見事に勝利というを結果を残す。
オジュウチョウサン
平地未勝利のまま障害転向後、中山グランドジャンプ、中山大障害を連覇し平地の有馬記念にも出走した障害の名馬。大江原はそのオジュウチョウサンの障害初戦で手綱を任される。大江原は後に障害の名馬となる事を察知し、怪我をさせないよう大事に大事に乗り、レース開始からゴールまで一貫して最後方の位置で確実に完走させ次の騎手に後を託した。障害転向初戦で怪我をして予後不良になる馬も少なくない中、馬の類稀なる可能性に気づきそれを守り抜いた大江原の名騎乗が光った。
ウインヤード
中央の平地戦では1勝もできず、障害転向後も初戦勝利を挙げた後は着外が続いていたが、大江原がその才能を開花。大江原に乗り替わってからは新潟ジャンプSで2着と大江原史上初の重賞入着を果たし、さらに次戦の清秋ジャンプSでは大江原に初めてのオープン特別戦勝利をプレゼントした大殊勲馬。

年度別成績・表彰[編集]

書くまでもないので、ウィキペディアを参照すること。

テレビ出演[編集]

学校へ行こう!MAX
競馬学校時代の黄金の24期生全体での出演。番組内でインタビューも受けている。
土曜スポーツタイム
NHK総合で同期よりもいち早く取り上げられた。ここからもデビュー前から国営放送からも認められる騎手であったことがわかる。

脚注[編集]

  1. ^ 競馬学校ブログでは前年に続いて90勝を挙げられる世代であると書かれていた。なお、前年の23期生は9人おり、三分の一の人数で達成した黄金の24期生のレベルの高さが際立つ。

関連項目[編集]

関連リンク[編集]


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