布袋

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布袋(ほてい)は、中国の僧。後世に渡り、その人物像が大きく歪められている。

生涯[編集]

晩唐から五代の後梁時代にかけての道を歩む。故郷の浙江省四明県を中心に、鉢を携帯して施しを受けながら各地を旅しつづけた。大変穏やかな性格で接するため、人々から「布袋和尚」と呼ばれ信頼を得ていた。

9世紀当時、禅の思想を揺るがすムーブメントが起こった。すなわち、仏像へ賽銭を供える風習が広まりつつあったのである。これまで僧が人と直接接しながら喜捨を受けていたのに対し、この風習では人々が僧と触れ合わず、人のいない場所へ金を捨てるということをさせるというのである。布袋は「人々と接さずになされる説教は偽りのものである」とし、この風習に反発。しかし風習の伝播は迅速であり、布袋は対応を迫られた。そこで布袋は外見にこだわった。これまでの行脚や節制で痩せていた身体を、食堂に通い詰めて肥満体型に改造。さらに自身の名にちなみ、大きな布の袋を空気で膨らませ、これをいつも持ち歩いたのである。これは自ら何もせずに仏の名で儲けていた強欲な寺院と対比し、「私はすでに満たされているから何も要らない」と意思表示して人々に喜捨を敬遠させようとしたのである。

こうした思想とともに、彼の外見の変化は図らずもさまざまな印象を人々に与えるようになり、「布袋」のアイデンティティや特徴として確立していったのである。

人物像の歪曲[編集]

あらぬ方向にデフォルメ化された布袋

肥満体型の僧というのは大変ショッキングで非現実的な印象があるためか、それとともに布袋の人物像がおのずと特徴的なものに置き換えられて後世に伝わった。

弥勒菩薩の化身?[編集]

布袋は吉凶占いを行っていた。人々に愛されていた僧の言葉なら多少の疑わしさは良い方に解釈されるし、占いの結果が的中するまで(いつになるか分からないが)彼らは待つだろう。したがって、布袋の占いは常に正しくなるということになる。これが「布袋は予知能力をもっていた」という誤解につながってしまった。また彼が弥勒菩薩に関する偈文を残したことにより、超人性を帯びていた布袋は弥勒と同一視されることとなった。

しかし当時は釈迦が入滅してからたかが千三、四百年後の世界であり、布袋からスレンダーな面影を見出そうとするのは弥勒菩薩のスケジュールから大きく反れた見境無き信仰であるといわざるを得ない。

「福袋」・「堪忍袋」[編集]

前述したとおり、布袋の持っていた袋は空気によって膨らんでいただけである。余計なものをいれると袋が破れる心配があり、何よりカロリーを消費して肥満体型が崩れるからである。しかし中身を知りたいという欲求はどの時代にもあるもの。無論、人々との絆が篤い布袋から袋を奪うのはタブー視されるため、民衆はこぞって陰で布袋の袋を話のネタにしていたようである。生活用品や衣服、水、保存食、酒、生モノ、財宝、盗品といったように見境無く想像し、果ては「布袋が怒ると袋の中身をぶちまける」などと最終兵器扱いされたこともあったようである。袋の中身をあれこれ勘繰るのは、小学校低学年ぐらいまでに卒業しておきたい。

強欲の象徴?[編集]

布袋の啓蒙活動が逆手にとられた不幸な説である。肥え太った姿は「何も要らない」というより「さっさとよこせ」と言っているかのように解釈され、あたかも強欲な寺院のマスコットが闊歩しているとみられてしまうことも少なくなかったようである。また布袋の肥満体型がデフォルメ化されるにあたり、「布袋は常に、陰毛が見えるか見えないかぐらいに腹部を露出している」というきわどいイメージが定着してしまった。こうなるともはや「布袋」は尋常な僧ではない。醸成されたフェロモンを複雑な芳香とともにだらしなく垂れ流す、ただの中年男である。いやらしい微笑みとふくよかな素足、しどけない衣に沿って丸みを帯びた肩、そして大胆不敵なと太鼓腹……。彼が長い間モチーフに使われていることを考慮すれば、いかに水墨画家が悪意をもっているか、あるいはいかに特殊な嗜好をもっているかが分かる。またこれほど乱れた悪趣味なマスコットが一般社会でよく見られるのは、おそらくそうした水墨画家の血脈のせいであろう[1]。このように歪んだ現代では、布袋の真意を識る余地はない。

脚注[編集]

  1. ^ 布袋のデフォルメ像を目にし、多くの者たちの性嗜好が発露してしまったようである。このようにふしだらなオヤジキャラが「和合の神」として崇められるのもスキャンダラスだが、中でも、布袋の豊満な胸や腹に注目し、彼を妊婦に見立てることで安産祈願の信仰対象として一般に根付かせた者がいたことは興味深い。