成功は失敗の元

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ウィキペディア専門家気取りたちも「成功は失敗の元」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。
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独自研究:この記事や節の内容は独自研究であるとする見方もあるようですが、ここアンサイクロペディアで笑いを取るためには自分のアイデアを記事に注ぎ込む事が不可欠です自己言及的なページにならない程度に我が道を突き進んでみてください。

もしかして: 失敗は成功の元


成功は失敗の元(しっぱい-せいこう-もと)とは、人生が都合よく進むわけではないことを示すことわざである。

概要[編集]

失敗は成功の元」は、義務教育を受けた世代なら知っているだろう。失敗をしてもどうせ次回は成功するということわざである。これの逆として、「成功は失敗の元」は、成功したからといってまた成功するとは限らず、むしろどんどん失敗していくという意味である。失敗は成功の元が良い意味で使用される事とは逆で、成功は失敗の元は主に悪い意味で使用されることが多い。また、知名度が低いので(後述)あまり使われることが無いが、使用しない人にもなぜか意味が通じることが多い。

用途[編集]

宝くじを買ったら当たったのでもっと買ったら外れた
だいたいの人間がやらかしてしまう可能性のあることである。宝くじは期待値が低いので当たりにくいのは誰でもご存じだろう。そのため、一度だけでもどんなに小さい額でも当選すると、「もしかしてこれ高額当選するんじゃ?」「自分には幸運の神様が付いたんだ」「よーしパパ儲けちゃうぞー」といった考えに至ってしまう。その結果、宝くじをどんどん買ってどんどん外していってしまう。また、たいてい少額当選はその中で起こっているため、だいたいの確率で儲かったと思い込んでしまう。そして、どんどん損をしていく。

友達やフレンドやや家族や子供や息子などがこのような事態に陥ったときに成功は失敗の元を使ってしまおう。

ある飲み会でコントをしたらウケたが、次の飲み会で新たなコントを行うとその場が静かになった
一つのコントで笑いが取れたからと、他のコントでも笑いが取れるとは限らない。また、他にも場をしらけさせた原因として、一度場の爆笑を引き起こせたことにより気の緩みを引き起こしていたり、支離滅裂なコントをしていたり、飲み会で消毒液などの成分を飲んでいたり、そもそもコントがウケたと決めつけてしまっているといったことが原因として挙げられる。

君が飲み会でこのようなしらけるコントをされたときに「まさに、成功は失敗の元だな」と言ってしまおう。※それをドヤ顔で話してさらに雰囲気が悪くなったとしても我々は一切の責任を負いません。

知名度[編集]

成功は失敗の元は知名度が低く、あまり信じられてもいない。その原因は、成功してからは失敗しないと考えている人が多く、そのために成功は失敗の元は使われるどころか、使用者をあざ笑うという行為をされることがある。そのため、

  1. あざ笑いされると人々に思われ、成功は失敗の元はなかなか使用されない
  2. そのせいで成功は失敗の元の知名度が下がる
  3. 成功は失敗の元の使用者が減少する
  4. その結果成功は失敗の元の知名度が下がる
  5. 成功は失敗の元の使用する者が減少する

という負のスパイラルが生じており、知名度は下がる一方である。

対策[編集]

成功の次を失敗にしないメリットのみの対策法は、今のところ発見されていない。

最初から成功しない
誰もが思いつくかもしれないが、これは実に重要である。成功とは、大まかに「物事をやり通す」「物事がうまくいく」というようなことを言うため、「一日の中で失敗をあえて犯す」「良いことの無い平凡な毎日を過ごすといった簡単なことを行うだけでいいのである。そうすることにより、成功は失敗の元は回避できる(とされている)。
この行動の難点としては、日々の中でどうしても良い出来事が起きてしまうということである。良い出来事が起こると、それは成功となってしまい、その後には必ず失敗が待ち構えている。成功をなかったことにすることは、「出世」などの可能なケース、「テストの点数が良かった」などの不可能なケースがあるが、前者で断った場合は「成功をなかったことにすることに成功した」となり、結局失敗は免れない。また、前者で断った場合、それと後者の場合はもちろん失敗が発生してしまう。人生の中では「受験」「就職」「結婚」といった分岐点もあり、成功することが必要となっている。そのため、この対策は使いどころを考えて使用しなければならない。
Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

「成功は失敗の元」は間違い論[編集]

『「成功は失敗の元」は間違い論』というものがある。内容は、当初は『「成功は失敗の元」という言葉は必要ない、あるいは意味がない。なので使用しないほうがいい』というもので、その論の肯定派と否定派の議論が盛んに行われていた。次に出す文章は、「成功は失敗の元はアリエナイ」という間違い論肯定派の書物と言われている

成功は失敗の元はアリエナイ(これは42ページの一部です)
これで、「失敗は成功の元」の意味は、完全に理解できたはずであろう。それな

ので、そろそろ本題に入る。

 「成功は失敗の元」は、前述した通り「失敗は成功の元」のパロディと、この

本に書いた。もちろんこの見方のみでも、「成功は失敗の元」を使用している者

はどうしようもない人間だと分かるが、我々では更なる問題点を見つけられた。

それは、「成功は失敗の元」となる事は、人間は起こりえないことだからだ。そ

んな馬鹿なと、読者のあなたは思いたくなっても、思ってはいけない。人間は有

罪になると、刑務所で生活したり保釈金を払ったりことがあるが、あなたは見て

しまったことは、有るだろうか。滅多にないので、見たことは無いだろう。そう

なると「成功は失敗の元」は、使われない。そもそも普通の人間は成功すらして

いない為だ。そして有罪者は何かを成功していたが失敗したということである。

この文章では「成功は失敗の元」を「失敗は成功の元」のパロディとして、それを使う者はどうしようもない人間だと批判して、なぜかその後に「間違える人間は犯罪者しかいない」と主張している。この文典から、肯定派の主張がおかしいように見えるが、肯定派は「否定派の捏造」と発言する者や「タテヨミ」「タテヨミ」との意味が分からない呪文を唱えているものもおり、どちらが悪いのかは不明である。さらに、この文典はインターネットでしか見つかっていないため、真相の解明が進まないことに拍車を掛けている。

関連項目[編集]