文句言うならやらなきゃ良いのに

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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「文句言うなら、ボクの党に票を入れなければ良かったのに。」
民主党に投票したくせに、民主党を批判している有権者 について、元総理大臣

文句言うならやらなきゃ良いのに(もんくいうならやらなきゃいいのに)とは、文句ばっかり言ってる奴らを黙らせるのに便利な言葉である。

この言葉の意味[編集]

他人と触れ合うと、どうしてもストレスを感じてしまいがちである。そのストレスによって、どうしても細かいことに文句を付けてしまうのは、誰でも経験したことのあることであろう。この時、文句を言う側は文句を言うことで多少ストレスが解消されるかもしれないが、文句を聞かされる側としては余計なストレスがたまり、その文句に対して文句を言いたくなる。その文句こそ「文句言うならやらなきゃ良いのに」である。以下に、様々な場面での使用例を挙げていきたいと思う。

日常生活[編集]

日常生活において、「親しい仲にも礼儀あり」ということわざを忘れた者に出会った時、おそらくあなたは普段親しくしている家族・友人等に対して憎しみを感じ、「文句言うならやらなきゃ良いのに」といった旨の文句・愚痴を言いたくなるであろう。以下に、あなたがそのようなことを言いたくなるような場面を挙げよう。

一方的な愚痴[編集]

言うまでもないが、愚痴をこぼし合えるような親しい家族・友人がいることは素晴しいことである。しかし、もしあなたが一方的に友人から「電車で妊婦さんかな?と思って席を譲ったらただのデブですげぇブチキレられたんだよね。てかデブってのがまず有り得ない。本人の健康の為にもデブは痩せろって思うね!あ~マジないわ~、世の中のデブ全員にチューブ突っこんで脂肪吸引したいわ~(以下略)」等の愚痴をこぼされ続けたら、どうであろうか。あなたがどんなに心の優しい人でも、愚痴を言っている奴に悪い印象を抱くであろう。そんな時に便利なのが、この「文句言うならやんなよ」という言葉である。この言葉を聞けば、大抵の奴は黙るはずである。

心の優しいあなたなら分かるだろうが、優しい人ほど世の中の理不尽さを身をもって体験しており、ストレスがかなり溜まっている。また、優しい人ほど怒ると怖いというので、愚痴をこぼしている奴をぼこぼこにする前に、自分からあえて厳しい言葉をかけてあげるのが重要である。

聞こえてしまう独り言[編集]

文句があっても逆らってはいけません。

あなたが、人を指導するような立場にあると仮定しよう。2,3人ならまだしも、何十人もの人間を指導していれば、その中に何事にも反発する輩がいるのは、ある意味しょうがないことである。いちいちそんな輩にかまっているのは時間の無駄であると理解しているあなたならば、いくら反発してこようが、無視するだろう。とは言っても、人間「我慢の限界」というものがある。そしてその「我慢の限界」というものを超えてしまうきっかけは、ちょっとしたことである。それは例えば、批判的・攻撃的な独り言である。「独り言」とは本来「言った本人しか聞こえないもの」であるが、もしその独り言が他の人に聞かれてしまったらどうであろうか? 

その「こんなん覚えるんだったらジェンガテトリスやってた方がまだ有意義だ」のような批判的・攻撃的な愚痴があなたに向けたものであったら、我慢に我慢を重ねていたあなたは、遂に我慢の限界を超え、「文句あんだったら、やる[1]な!!」と叫ぶことであろう。

インターネット上 ~文句言うなら見なきゃ良いのに~[編集]

お互いの顔が見えないインターネット上では、誰しも攻撃的になってしまうものである。いつもは人の批判など決してしないような人、そう、あなたのような典型的日本人がインターネット上ではやたらと批判する、しかも日常生活では決して使わないような言葉を使って。あなたがこの記事を読んでいる時でも、そのようなことは起こっていることであろう。そのような批判をする人に対し、まだ心の穢されていない者が言うのが、この「文句言うなら見なきゃ良いのに」である。

コメント欄・掲示板[編集]

ブログ、動画サイトなどのコメント欄[2]が、「ただの自己満足な批判コメント」や「つまんね、○ね」などで埋め尽くされている。そんなコメント欄を見たら、良識あるあなたのような人が、「文句あるなら見なきゃ良いのに。」と書き込むべきである。その際「文句言うなら見んなカス」なんて書き込んでしまったら、あなたもマナーを守れない卑しい奴らの同類に成り下がってしまうで、あくまでも冷静に書き込むべきである。

アンサイクロペディア[編集]

アンサイクロペディアに文句があるんだったら、アンサイクロペディアに来なければ良いのに。

ここアンサイクロペディアには、現在21,172個もの記事が存在しているが、残念ながらそれら全部が面白い記事という訳ではない。もしかしたら、あなたを不快にさせるような記事もあるかもしれない。そのような記事を見つけたとき、普通の人間なら「アンサイクロペディアの記事か」と無視するのだが、世の中には困った輩もいるものである。例えば、自分がつまらないと思った記事のトークページに「この記事はつまらない。」と書いただけで、「記事のどこを直せば良いか」等の具体的な指摘をしない、勝手に記事の内容を変える(大抵は改悪と呼べるものである)、記事の内容を全部消す(白紙化と呼ばれる)という行為をする、という輩である。

そんな輩に言うべきなのが、「文句言うなら記事を読まなきゃ良いのに」である。

結論[編集]

文句ばかりを言ってるような奴を黙らせるのは、かなり面倒くさいことである。そんな奴には「文句言うならやらなきゃ良いのに」とだけ言ってあげれば良いのである。それでも黙らない奴は、無視しましょう。

え、文句を言うのを禁止するのは言論の自由がなんちゃらですって? そんなの知るか。自己主張なんぞクソくらえ、口は災いの元ということわざがあるように、滅多な事は言うもんじゃないのがこの国の裏ルールなのだ。

脚注[編集]

  1. ^ もしあなたが部活動の部長ならば、「練習」、教師ならば、「勉強」などが当てはまる。
  2. ^ 動画に直接コメントが表示される動画サイトについては、お察し下さい

関連項目[編集]