有為人

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有為人(ういにん)とは、平賀源内によって発明された、情報をやり取りする機械である。

概要[編集]

有為人は通信のための道具であるが、伝書鳩飛脚を用いた通信とは全く異なっている。その最大の特徴として、

  • 有為人を持った人同士でしか通信できないが、有為人を持っていれば見知らぬ人同士でも通信が出来る。
  • 有為人でやり取りされた情報は送信者が削除しない限り永久に保管され、誰でも情報に接することが出来る。

ことが挙げられる。 有為人で情報を送信することを「流す」と呼ぶ。

歴史[編集]

有為人は1770年頃に平賀源内によって発明された。当時の有為人は高さ1メートルぐらいの箱型で、文章をやり取りすることが出来た。このことから庶民の間で評判となり、有為人は急速に普及していった。しかし、浮世絵読本草双紙などがやり取りされるようになったため、これらの売り上げは急落、出版業界は大打撃を受けた。また、春画が盛んにやり取りされたため風紀が乱れ、ついには幕府の秘密文書までがやり取りされるようになったため、禁止令が出され、源内は投獄された。しかし禁止令にもかかわらず有為人での文章や絵のやり取りは続けられた。これは幕府の役人にも使用者が多かったため、取り締まりに及び腰であったためであると言われている。

明治時代になると、西洋の技術を加えて改良が加えられ、音声活動写真をやり取りすることが出来るようになった。大正初期には電気式のものが登場し、より速く情報をやり取りすることが出来るようになった。しかし電気式の有為人は非常に高価で、多くの電力を消費するため、一部の富裕層や国家機関で用いられる程度であった。

昭和時代に入り戦争が激化してくると、国家総動員法により電気式の有為人は民間での使用を禁止された。電気式でないものも太平洋戦争の勃発とともにスパイ防止の観点から使用が禁止された。

戦時中、有為人は厳重な管理がなされ、軍の作戦行動の伝達に重宝された。しかし、全く暗号化されていなかったため、アメリカ軍が墜落した日本軍機から偶然有為人を入手すると、日本軍の作戦行動はすべてアメリカ軍に筒抜けとなってしまった。このことが日本の敗戦の原因になったとも言われている。なお、日本軍で最後に有為人が使われたのは南方で未だ敗戦を知らない兵士玉音放送を伝える時であった。

終戦となり、GHQの占領下に置かれた日本では、有為人の研究・開発・製造が一切禁止され、国内に現存していた有為人はそのほとんどが廃棄された。研究資料や設計図も大半がアメリカに持ち去られた。そのため、日本ではこれ以降有為人の開発がストップすることになってしまった。アメリカに持ち去られた資料は長らく国家機密として扱われていたが、1980年代になって機密を解除され、その思想インターネットの基礎となった。

関連項目[編集]


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