柳生三厳

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
柳生十兵衛から転送)
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「柳生三厳」の項目を執筆しています。
「ぶったね!親父にも祖父にもぶたれた事ないのに!」
柳生三厳 について、徳川家光

柳生十兵衛三厳(やぎゅうじゅうべえ みつよし 1607年 - 1650年)は、柳生宗矩の長にあたる剣豪である。江戸時代初期に異様に大活躍して、幕府の大ピンチを何回も救ったと言われる。通称「十兵衛ちゃん」もしくは「十兵衛先生」。

概略[編集]

江戸柳生の創始者であり、将軍家剣術指南と悪知恵袋として活躍していた柳生宗矩の長女として生まれる。しかし宗矩は三厳の剣術の腕前を考え女にしておくのはもったいないと男として育ててしまう。その期待通り、剣術の腕前は柳生宗厳ゆずりの新陰流を極めており、弟柳生宗冬などまったく歯が立たないほどであった。うっかり剣術稽古で柳生宗矩が三厳の片目を潰した時などはキレた三厳にボコボコにされるという始末であった。宗矩はこのまま女であることを隠したまま、柳生の跡取りにしようと考えていた。

しかし三厳が20になったある日、時の将軍徳川家光に剣術を教育していた際にうっかり徳川家光の竹刀が三厳の胴着をかすめ、胸元をはだけさせ、おっぱい(ちなみに巨乳。ぽちゃぽちゃのぷりんぷりんのぼんぼーん。)がポロリってしまうという事件が起こる。将軍様もドッキリだが、三厳ちゃんの方も羞恥心で大パニックを起こし、将軍家光をフルボッコにしてしまう。父宗矩は即座に謝罪を申し入れたところ、将軍の方も許してくれたが、三厳もそのままにしておくわけにはいかず、勘当の身となった。三厳ちゃんはラブリー眼帯と愛剣三池典太を手に気ままに諸国を漫遊し、気ままに幕府のピンチを救い、気ままに1950年に死去する。娘が二人いたが、三厳が自分でおなかを痛めて生んだ子供か、養子かは定かではない。

なお片目はどこかで美容整形を行ったため、現在に残る肖像画は隻眼ではなく両目である。やはり女性なので見た目が気になったのであろう。

武勇伝の数々[編集]

柳生三厳は諸国を放浪する中で数々の激戦をきままに繰り広げた。以下に一例を示す。

  • 島原の乱の後に魔界転生して復活した宮本武蔵天草四郎をボコって未然に幕府転覆を防いでいる。
  • 堀の女を鍛え上げ、会津の大名加藤明成とその手下芦名一族を成敗する手助けしている。尼寺に住み込み、堀家の未亡人や娘を鍛え上げられたのは十兵衛が女であったからである。千姫様も「男の力は借りん!」と言われているので三厳は間違いなく女の子であろう。堀の女は全員三厳ラブだが、結ばれなかったのは三厳が女の子だからである。
  • さすがに陸奥圓命流には勝てなかったようで、陸奥天斗に二回もフルボッコにされている。
  • 謎の朝鮮人と入れ替わったという説を、どこかの電波な作家がぶちあげていた。
  • 柳生九兵衛・柳生悪十兵衛・柳生卍兵衛・野球十兵衛・柳生銃兵衛など、多数のクローン人間が存在する。

関連事項[編集]