植松聖

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植松聖
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基本資料
本名 植松聖 
通り名 二代目教祖・二代目尊師・終身名誉なんJ民 
好物 優生思想 
嫌物 障がい者 
出身地 神奈川県相模原市 
出没場所 神奈川県立津久井やまゆり園 
所属 ウエマツ真理教

植松 聖(うえまつ きよし さとし、1990年1月20日 - )とは、日本宗教家であり、「障がい者不要論」を提唱する「ウエマツ真理教」の教祖である。2016年7月、神奈川県相模原市において教義に則った儀式を敢行し、自身の宗教の名を日本中に知らしめた。

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生い立ち[編集]

降誕と幼少期[編集]

1990年1月20日、植松聖は広大な宇宙のどこかにある、まだ誰も見ぬで生を受けたとされる。しかし、聖典が少ないため彼の出生時の状況についての詳細はあまり分かっておらず、犯行時に彼が施設の従業員に初めて「宇宙から来た」と言ったことによって、新たに作られた彼の出生についての説であることから真偽のほどは不明である。ある聖典には、母親は父親と婚約していたものの結婚前に突如UFOによって宇宙にある某星に連れて行かれ、そこで宇宙人により身ごもった、という記述があるため、本当に宇宙から来た可能性も考えられる。しかしそれらの事実は現実世界では受け入れられないため、戸籍上では神奈川県相模原市で生まれたことになっている。結局、植松聖の出生には宗教の教祖につきもののミステリーに包まれているということである。

植松聖は神奈川県の相模原市で育つ。彼について詳しく書いている数少ない聖典の一つ、週刊女性PRIMEによれば、幼少期は素直で礼儀正しく、会えば挨拶をし、活発に外で遊んでいる感じの子であったという。小中学校は公立に通い、高校八王子市内にある私立に入りバスケ部に所属していたことからもそのことがうかがわれる。しかし、彼が小学校低学年であったときに書いた作文には「障害者はいらない」という後の教義の原型となる文があり、当時から教祖となり得る資格があったことを匂わせている。この裏の顔が後に彼の普段の姿となり、歴史に残るほどの、彼自身が作った宗教の教義に則った儀式をすることになるのである。

洗礼、クラブでの修行[編集]

そして植松もまた受験を経験することになる。バスケ部での活動で培われた能力を最大限に活かし、帝京大学の受験をし、合格した。そしてと同じく学校の教職員になることを志す。そして大学在学中、何者かによって入れ墨を施されることによって洗礼を受けた。これを植松の洗礼という。その後に天が開けて、植松は宇宙から「植松こそワイの子や」という宇宙人の声を聞いたという。

その後、植松は教職免許を取得したのにも関わらず、(宇宙人だったとも言われている)のお告げに従って「津久井やまゆり園」に就職した。これは、植松の障がい者嫌いであるのにもかかわらず、あえてそのような物が集まるところで働くようにした神による試練であったと言われており、そして後に歴史に残るほどの儀式を行うことが出来るように仕向けた、神のご計画であったとも言われている。

就職後、しばらくして植松は御霊によってクラブに送り出され、長い期間そこで薬物以外摂取しない限定的な断食を行うことによる修行[1]を行ったという。そして修行の後、彼は周囲にいた複数人を弟子にして、麻薬の普及活動を開始した。その時の植松とその弟子によるグループが「ウエマツ真理教」の元となる。

障がい者不要論[編集]

植松聖は、麻薬普及のグループを発展させて、ウエマツ真理教という新たな宗教をひらき、教祖となった。教義は「障がい者なんていなくなればいい」「障がい者はすべてを不幸にする」「障がい者には税金がかかる」などの「障がい者不要論」(この理論は、「障がい者抹殺論」「障がい者無用論」などとも呼ばれる)である。これらの内容は聖典に記入されたとされる。彼はウエマツ真理教の教祖であるとともに忠実な教義の僕であり、その教義に従って相模原での行動を起こしている。

彼の宗教の教義は世間で「障害を持った息子がかわいそうで殺した」や「障害を持った親の介護が辛くなって殺した」といった事件が発生した際に加害者に感情移入する現代の日本においてある程度の正当性が認められてもいいはずである。しかし、教祖の知名度の低さなどもあり、宗教は広く認知されていなかった。

相模原障害者施設殺傷事件[編集]

植松聖とウエマツ真理教の名を高めて一躍時の人へと昇華させた一件である。先述の「障がい者不要論」に基づき、教祖自ら行動を起こした。神奈川県相模原市の障がい者施設に乗り込むと教義に仇なす存在である障がい者をポアなされた。死をも恐れぬその行為はイスラム教でいうところのジハード(聖戦)であり、その勇敢さは特筆すべきである。また、その教義への従順さは歴史上数多いる多数の宗教の狂信者達にも引けをとらぬものであったと言えるであろう。

植松聖マーチ[編集]

植松聖は、前述の相模原の事件により、戦後の日本において、あの「ポア」で有名な麻原彰晃に次ぐ、2代目の尊師となった。そのため、かの有名な「尊師マーチ彰晃マーチ)」になぞらえて、「植松聖マーチ(植松マーチ)」という替え歌が作られ、ウエマツ真理教の信者からは、「さとしー さとしー さとさとさとしー ウーエーマーツ さとし〜♪」もしくは「尊師 尊師 尊師 尊師 尊師 植松尊師〜♪」などと盛んに歌われている。原曲である尊師マーチと同様、「この歌を聴いて洗脳された」という人々が続出しており、社会問題となっているが、あえて大事にすると面倒だという理由で、マスコミはこのような問題を見て見ぬ振りし、決して大きく取り上げようとはしない。最も、マスコミの記者の多くも、これらの歌に洗脳され、薬を服用してなんとか疑われないように必死だからである。

ノーベル殺人賞[編集]

植松聖の相模原での教義に忠実にして行った行動は異教徒だからという理由のみで東方に遠征してその土地に住む住人を惨殺する行為聖戦の名の基にハイジャックした飛行機をビルに突っ込ませて無垢な人々を殺す行為といった他の大宗教が起こした行動と並び立てて称された。その事件の大規模さはノーベル財団にも評価され、ノーベル殺人賞に選ばれるという栄誉に服している。

その後[編集]

相模原での事件後、ウエマツ真理教の教義は広く知られ、また教祖である植松聖の名は高まった。しかし、事件前まで無名の宗教であったため信者が少なく彼の教義は受け入れられることはなく裁判の末死刑判決を受けることとなった。しかし、彼は宇宙人でもある可能性があるので、果たして通常の死刑囚と同じようなやり方で無事死刑執行が出来るのかが疑問であり、さらにイエスキリストのように復活する可能性もあり、死刑執行がかえって信者の拡大につながってしまうのでは無いかと懸念する声もある。

一方で、2020年にウエマツ真理教と同じ優生思想を持った医師が安楽死を起こすといった事件なども起きており、ウエマツ真理教の隠れ信者は多数存在するとも見られている。

脚註[編集]

  1. ^ 主に大麻を使用していたと言われる。

関連項目[編集]

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