樋口一葉

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樋口 一葉(ひぐち いちよう、1872年5月2日(明治5年3月25日) - 1896年11月23日(明治29年))は、近代日本における女流文学のさきがけ。貧窮に喘ぐ生活を送りながら、「にごりえ」「たけくらべ」といった作品を次々発表。25歳に満たず亡くなる。

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肖像


ビンボーに苦しめられて[編集]

下級士族の出身。本名は夏子。裕福な少女時代を送り、学業も人並みはずれており、将来を嘱望されていたが、女だてらに学問はいらぬ、と道を閉ざされてしまう。しかも折悪しく父や兄が亡くなったため、生活は暗転する。母や妹を支えるとともに、洗い張りや針仕事、雑貨商を続けながら、手持ち不如意な生活の中、本郷菊坂から下谷龍泉寺町まで、数度の引越しを重ねた。糊口を凌ぐためとは言え、日々の銭を稼ぐことに追いつ追われつして、実際、作家生活は3年に満たなかった。しかもこの当時は、原稿料なども定まっていなかった時期であり、女性という弱い立場にあって、ほとんど生活費を執筆で賄うことは不可能であった。

このように一葉は、その当時でも稀に見る、赤貧の生涯を送った。もっと平たく言うとビンボーに苦しめられた生涯であった。 こんなにも因業なビンボーが取り憑いている女性は珍しく、樋口家は、一時は「万年ビンボー」「貧乏神の巣」「貧乏神の停留所」「福の神の来ない家」と、噂された。気丈な一葉もこのビンボーには生涯苦しめられ、十二支占いから星占い、血液型心理分析、四葉のクローバー探し、神社仏閣への願掛けから、七福神めぐり、温泉グルメバス旅行、お百度参りを次々にこなし、滝行や火渡りなどの荒行を重ねた。

しかも相談相手を訪ねて日本中を回った、恐山イタコから沖縄のユタ、そして有名どころでは、織田無道から、新宿の母、細木数子江原啓之から最後は瀬戸内寂聴まで、駆けずり回ったが、全く効果がなく、精神的に追い詰められていった。それでも健気で誠実な一葉は、「鬱だ死のう」と捨て鉢になることもなく、冨士の樹海東尋坊高島平団地に身を投ずることもなく、運命から逃げ出すことなく果敢にその生涯を終えた。このことは賞賛に値する。とても並の女性ではない。というか昨今のNEETさんあたりに、是非とも一葉女史の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいほどである。

石川啄木も、ビンボーについては一葉に引けをとらなかったが、それはそれ、石川啄木のビンボーは遊興三昧と放蕩のし過ぎによる自業自得の気味が強いが、一葉のビンボーはいわば「純粋ビンボー」であって、いや、それだから目もあてられないのである。

一葉の名の由来[編集]

明治時代の文士は、本名で執筆活動を行うことはなく、「号」すなわちペンネームを用いて執筆していた。この号も典籍があったり、洒落や地口に引っ掛けたものが多かった。例えば、夏目漱石の「漱石」は、漢籍の故事「漱石枕流(石で漱(うがい)をして、流れで枕する、の意味で言い間違いでも間違いを認めようとしない意地っ張りのこと)」から来ているし、二葉亭四迷は、「くたばってしまえ」と父に言われたことから、その語をもじってつけたものである。では一葉はどうか。

一葉の号は言うまでもなく、彼女のライフ・ワーク、切っても切れない「ビンボー」と関係している。

樋口一葉はビンボーすなわちお金がない→俗に金のないのを「お足がない」と言う→足も手も出ないといえば「達磨さん」→達磨さんは禅宗を広めるためインドから中国へ海を渡った→その時、彼が乗ったのが蘆の葉一枚→だから「一葉」・・・・・・・。

このようにビンボーに取り憑かれてしまった一葉女史は、ビンボーから抜け出せない自分を、自嘲して笑っているのである。なんと気の毒な一葉女史・・・・。っていうか、そういうペンネームにしなきゃよかったのに・・・・。

一葉の文学的評価[編集]

皮肉にも、一葉女史が明治29年に肺の病に冒され、24歳の若さでその薄幸な生涯を閉じると、にわかにその作品への評価が高まっていく。特に「たけくらべ」は一葉の才覚を余すところなく伝えているとされ、幸田露伴や森鴎外は高い評価を与えたのである。

この作品は、ゆくゆくは遊女になるため吉原の廓に住む少女美登利と、将来は僧侶になる運命の少年信如との淡い恋を描いたものである。子供の心理に目を向け、今は貴重な吉原界隈の生活をリアルに描いてることでも評価が高い。

そしてあの「吉原」である。そうあの「吉原」である。この「吉原」の「遊女」と「僧侶」の組み合わせ、しかも「金貸しの息子」なんかも入り乱れるから、何か要らぬいかがわしい想像というか、妄想を逞しくしているアンサイクロペディア読者もいるかもしれない。が、まあヨダレを拭いて読んで御覧なさい。あなた方がハァ…ハァ…とか思っている作品とは違うから。「たけくらべ」パクって同人誌作る腐女子さんが参考にするかもしれないけどね。

まあ、そういうことでこのような高い評価は勿論本人のあずかり知らぬところであり、もし長生きできていたら、それ相応の幸せがあったと思われるが、所詮は死人に口なしである。冥土の一葉女史はどう思っていることやら。お気の毒さま。

5000円札の顔として[編集]

ビンボーにくじけなかった若き天才女流、だけどいまいちメジャーでない気の毒な作家、これがいままでのスタンダードな一葉のイメージであった。しかし世の中何が起こるかわからない。一葉のそのイメージが大きく変わったのは2004年11月1日のことであった。この日、今まで存在感の薄かった新渡戸稲造5000円札紙幣に代わり、樋口一葉の顔がデザインされた5000円札が発行されることになった。思いがけず一葉は日本のご家庭でもメジャーな存在へとのし上がったのである。明治時代には誰も予想していなかったことだが、ビンボーに苦しめられ、金策で振り回された、かの一葉は、死してその108年後、お札になったのである。誰の財布の中にも、一葉女史の顔がお目見えするようになったのである。

しかし縁起を担ぐ、経済界や実業界からは、ここぞとばかり5000円札の顔に一葉女史を用いることについてクレームが続出した。曰く、「一葉を紙幣の顔にすると、日本経済が更に落ち込む」、「デフレスパイラルを加速化させる」、「格差社会がひどくなる」、「アジア経済が一緒に沈没する」、「東証株価全銘柄ストップ安」、「日本発世界恐慌」などなど、悪評ぷんぷんであった。

このように経団連経済同友会日本商工会議所などでは日夜一葉のデザインについて鶴首協議が行われ、財務省への陳情が続いた。そればかりではなく、もし一葉女史を、5000円札に採用するのであれば、財務省に○○する、といういたずら電話や、2ちゃんねるでの犯罪予告があとを絶たなかったのである。

実際、樋口一葉の5000円札をさわっただけで、なぜかお金を落としたり、財布をすられたり、自転車を盗まれたり、旦那の給料が減額されたり、宝くじ連続30回ハズレが続いたりと、怖ろしい噂が続々と伝えられるようになったのである。あまりの金運の悪さに、樋口一葉の肖像の目の辺りを黒く塗りつぶしたり、一葉の顔にアルミホイルをかぶせたりした人もいたようである。さらに、偶然にも財布の中に、一葉5000円札が同じ顔向きで10枚重なって入っていたりすると、その持ち主はおろか、その人物の所属する会社や団体は、1年以内に倒産し、社会的立場を失うとの、噂もあった。ここまでくると貞子並みの恐怖である。

さすがの財務省も妥協して、一葉女史の顔が見えない「うしろ頭」に肖像デザイン変更をしようとしたが、まさにその時、それを思いとどめたのが時の総理大臣小泉純一郎であった。

偽札防止の顔[編集]

2004年の新札発行については、その背景を語られることが少ないが、確認しておこう。日本の近隣の某国が、麻薬の輸出を行うみならず、マカオ資金洗浄(マネー・ロンダリング)に関与し、偽札製造に関与しているとの疑惑は、よく知られている。某国との綱渡りの交渉を行った小泉首相は、精妙にして高度な技術による新札を刷ることにより、旧札を一掃し、垂れ流しであった偽札の源を断とうとした、これが2004年の新札発行の経緯である。

ではなぜ一葉女史がデザインで選ばれたのか。一葉女史の顔はよく見るとビンボーに倦み疲れた人間の哀しさが漂う顔である。決して福相とは言い難い顔である。財務省の管轄下である造幣局でも、新札を印刷する際に、何人かの職員が一葉の顔デザインをチラリと見てしまい、一葉の並々ならぬビンボー生活とその苦しみを思い出して号泣し、その痙攣するような号泣で、何度となく作業が中断されたことがあったからである。これでは仕事にならない。職員は一様に「だ、だって一葉さんがビンボーであまりに気の毒だったから…」と洩らしている。

言葉は通じなくても、この顔の持つの気の毒さは、世界のどの国でも一瞬にして通用する気の毒さだと、皆理解できるだろう。その意味で、一葉の顔は怖ろしい。一葉の5000円札のこの顔を犬猫に見せたら、犬猫が号泣して三日三晩エサを食わなかったとも言う。この一葉の悲しい顔こそが、偽札を防止できると考え、小泉首相は一葉の5000円札にこだわった。例の某国は、抑圧体制で人々の生活はすさみ、飢えが日常茶飯であると聞く。そんな国に一葉女史の5000円札がはいったらどうなるであろう。日本の国内よりも深いその悲しみのあまり、号泣が連日連夜続くであろう。某国が一葉5000円札の贋物を作ろうとしても、それはできない。悲しすぎる顔だからである。

そもそも一葉女史の5000円札が某国に流れること自体が、某国の経済の「終わりの始まり」だとも言う。例の将軍様のポスターの顔が一葉女史に代わったら、あの国の経済は破綻したと見てよいであろう。

ビンボーを笑う者はビンボーに泣く」とも言うから、この項を読まれた諸賢はビンボーと一葉女史に十分注意されたし。薄幸な一葉女史を笑いものなどにしてはいけないよ。そんなことをすれば、明日にでも君はビンボーにとりつかれるかもしれないよ。本当かどうか知らないが。

しかしながら、小泉総理の意図通りに偽札防止に役立ったのかは、甚だ疑問である。あまりのビンボー臭さに5000円札の使用を忌避すると言った現象が、日本中で起きているからである。こんな事を仮にウィキペディアで言おうものなら、「要出典」とされるのは必然であり、確かに証拠となる文献は存在しない。しかし誰にでもわかる明白な証拠が存在する。試しに銀行の預金をATMでおろしてみるとよい。1000円札や1万円札が出てくる事はあっても、5000円札が出てくる事はまずないのである。

関連項目[編集]