横浜大洋銀行

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「横浜大洋銀行」の項目を執筆しています。

横浜大洋銀行(よこはまたいようぎんこう)とは、かつて横浜市に存在した銀行である。その後「横浜銀行→横浜DeNA銀行」と名前を変えているが、同じ名前の別の銀行が存在するため、本稿のタイトルは「横浜大洋銀行」とする。

概要[編集]

世界初の「球団に融資する銀行」として、1978年に設立された。ただし実態は、銀行というより多重債務者というのが正しいかもしれない。毎年貯金が必要な球団から星を借り(借金をし)相手球団に貯金を供給する経営手法で、設立当初は銀行の歴史を変える新たな経営手法として注目されていたが、取り立てがあまり激しくなかったこと、そしてバブル崩壊による景気の低迷により次第に経営は悪化していった。1997年以降は白星取引が不調に終わり、特に1998年には未曽有の経営危機に陥ったが、2002年にTBSが旧親会社・マルハより経営権を譲渡されて以降は経営再建に成功した。

2011年にDeNAが買収し、横浜モバゲー銀行と改称される予定だったが、財界の反発により横浜DeNA銀行に改称された。これ以降、白星取引額は再び減少傾向となっている。

歴史[編集]

  • 1978年 - 横浜市に設立。当時はまだ普通の銀行であった。
  • 1980年 - このころから球団に対する白星取引を始める。
  • 1989年 - バブル景気の影響などにより、取引額が設立後の最高額「33」を記録する。
  • 1993年 - 経営陣の方針により名称を「横浜銀行」に変更するが、このころからはバブル崩壊の影響を受け経営が低調になり始める。
  • 1997年 - 夏場以降に白星取引が相次いで低調に終わったことから白星取引額がマイナス9と大赤字を記録し、同年の山一證券自主廃業も相まって経営が不安視されるようになる。一方でこのころから某球団は黄金期を迎えることとなる。
  • 1998年 - 全球団への貸し付けに失敗したことで白星取引額が前年をさらに下回り(史上最悪のマイナス23を記録)、空前の経営危機に陥る。10月8日には民事再生法を適用した上で堤商店に救済を求めるがこれも拒否され、廃業まで噂される。
  • 2001年 - 経営陣を刷新して自主的な経営再建を図るが4年連続で赤字に転落し、親会社のマルハが経営権を放棄することを決める。
  • 2002年 - TBSがマルハから株式の株式の51%を買い取って経営権を取得し、5年ぶりに黒字を記録する。翌2003年には設立以来最高を更新する「49」もの取引を記録し、経営再建に成功した。
  • 2008年 - 同年から2010年まで3年連続で白星供給額が90以上を記録し、リーマン・ショックもなんのそので設立以来最高の好景気を記録する。
  • 2012年 - DeNAが買収し、「横浜DeNA銀行」と改称。

主な店舗[編集]

本店のほか5つの支店・6つの出張所を持ち、本店は年間71~72日営業している。支店は1店舗につき年間12~13日営業、出張所や営業所は3日または0日の営業となる。また、支店や出張所以外でも、臨時営業することがある。

本店[編集]

支店[編集]

出張所と営業所[編集]

得意先[編集]

取引先は他にもあり、どのチームにも貯金を供給している。

関連項目[編集]