歩き巫女

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歩き巫女(ある-みこ)とは、気ままな商売の一種である。

概要[編集]

適当に梵天[1]振って、セクシーな腋を見せびらかせば商売になるのだから、まったく美少女はお得[不要出典]なのである。

諸般の事情から特定の神社に所属することなく、全国各地を渡り歩いては祈祷(の真似事)・託宣(のようなもの)・勧進(実質物乞い)を生業としている。中には大道芸や売春にまで手を染める者もおり、もはや「巫女」とは呼べない(呼んではいけない)ような生き様であっても、やはり「巫女」という肩書きにある種のブランド意識が捨てきれず、順調にやさぐれつつ、彼女[2]は今日も旅を続けるのであった。

有名なところでは、熊野神社への信仰を集めるために入信を勧誘・強制して回っていた熊野比丘尼が知られており、そのなりふり構わぬ強引な手法に着想を得た創価学会が、それをよりエスカレートさせたいわゆる「折伏」を行なっていると言われている

放浪[編集]

そんなをも畏れぬ自由気ままなライフスタイルを(色々な意味で)満喫している[不要出典]歩き巫女たちであったが、そんな無茶が出来るのも10代後半から30代くらいまで[要出典]であり、花も盛りを過ぎてしまった歩き巫女たちは、そろそろどこかの神社に転がり込んでゆっくりしたい、そう切望してやまない[不要出典]のであるが、そもそも神社に所属できない身の上であるからこそ放浪していた(せざるを得なかった[3])のであるし、艶も美貌も衰えきった浮浪者を養ってくれる物好きなどそうそういる筈もなく、また、武田信玄らが歩き巫女に偽装したくの一を多く使っていた[4]ため、そうした疑念からも歩き巫女に対する世間の目は厳しいのであった。

老いさらばえて引退することも出来ず、さりとてかつての神々しさは見る影もなくなった彼女らは、力尽きて野に倒れ、朽ち果てるまで歩き続けるしかないのであった。

現代[編集]

神道の権威が失墜し、巫女がパンツを穿けない[不要出典]ことに抵抗を感じた現代女性は、もっと手っ取り早く稼げる援助交際に走り、歩き巫女の風習はすっかり廃れてしまったのであった。

脚注[編集]

  1. ^ 巫女が手に持っているそれ。画像を参照のこと。
  2. ^ そう言えば「歩き神主」というのは聞かない。
  3. ^ 地縁のない場所なら、自分のいかがわしい過去について知る者もいないため、人生をやり直すにはもって来いである。
  4. ^ お祓いを名目としたハニートラップである。

関連項目[編集]