沈黙は金なり 雄弁は銀なり

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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沈黙は金なり 雄弁は銀なりとは、

  1. 議論の場に参加したいのなら、議論力を磨く前にまず空気を読む洞察力、順応力を鍛えろというありがたい教訓。「半年ROMってろ」は同義語。ネットコミュニティにおいて空気を読むスキルは必須だが、舌先ばかり先行していて回りとの同調性が伴っていない人間は、自らの弁舌に陶酔しているせいもあって他者との間に齟齬を起こし、コミュニティを疲弊させやすい。
  2. お笑い芸人の寒い芝居に対して、どこがどうつまらないなどと具体的に説明を垂れるよりは、無視したり、表情一つ変えずに沈黙するほうが、芸人に自分の芝居がつまらないと自覚させる事ができる心理作戦。
  3. 説明、議論、答弁などの場において長広舌を揮うよりは、沈黙を貫いた方がかえって事を有利に進められたり、相手に意図する事が伝わったりするという逆説的真理。政治家の中にはこの言葉を座右の銘としているものも多く、マスコミや野党からの責任追及に対して黙秘を一貫している。

不言実行を美徳とする議論の下手糞な日本人が負け惜しみのため造った造語であろうと勘違いしている人が多いが、この理を提唱したのはイギリスの評論家トーマス・カーライルである。

ちなみに、この言葉が生まれた当時は銀本位制、つまりは貨幣としての価値があったがには装飾品として程度しか価値がなかった、ということを考慮するべきであろう。すなわち、本来の意味は

  • どんなに意味深に沈黙してみたところで、いつかは「自らの意見が確立されていないことを糊塗する虚勢」「もったいをつけているだけ」であることが見破られる。

ということであり、結局のところ、明解な意思表示に勝るものはない。

  • もちろんこの記事はアンサイクロペディアであり、銀が金より高価だった時代が本当にあるかどうかなど、検証しているはずもない。俺はそれにクラウン金貨1枚かけてもいい。

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