火事手伝い

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ウィキペディア専門家気取りたちも「火事手伝い」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

火事手伝い(かじてつだい)とは、放火犯の手伝いで、江戸時代初期の日本で発生した職業である。現在では廃れている。

歴史[編集]

江戸時代[編集]

火事喧嘩江戸の華」と言われるように、江戸時代の江戸の街ではしばしば火事が起こり、大きな被害をもたらした。そのため、放火のみならず失火の場合でも火事を起こした者は流刑などの重罪に問われた。この刑は連座制が適用され、一家のうち誰かが火事を起こしてしまえば一族や雇用主も罪に問われた。また、武家が火元となった場合当時の風潮として家名に傷がつくとして非常に不名誉なものとされた。

このため、武家や裕福な商家では自分の家が火元にならないように見張り、万が一火事が起こった場合迅速な初期消火を行う為の人手を置くようになった。火事の多くは調理用のかまどや、風呂を焚く焚き口から発生していたため、かまどで調理に当たっていた女性使用人や風呂焚き担当の女性使用人が多くこの役割を兼ねるようになった。これが職業としての火事手伝いの起こりである。

当初は火事が起こりそうな時、あるいは起こったときに家の者に知らせる程度のことをするだけであったが、それだけでは人が集まってきたときには既に手遅れで消し止められないというケースが多かったため、次第に初期消火能力が求められるようになった。あらかじめ井戸などの用水から桶などに防火用水を汲んでおき、とっさのときにそれを火元にかけるわけであるがその際には充分な腕力と冷静な判断力が要求される。

腕力については当時の女性は水汲みの仕事にあたることも多く、いわゆる「箱入り娘」ではない使用人の女性であれば大抵必要な腕力を持っていた。汲み置きの水だけで消火できなかった場合は素早く予備の水を汲み上げ火元に持ってくる必要があり、腕力が優れていればより有利になるのは間違いなかった。判断力については、天性の物もあるが基本的には鍛えて身につけなくてはいけないものであった。そのためこの仕事につく女性には厳しい消火訓練が施されるようになっていき、腕力、体力と判断力を高いレベルで備えるようになっていった。

実際、当時の日記などではうろたえる男性達を尻目に水桶を抱えて果敢に火元に飛び込み見事消火に成功する女性の姿が書かれている。そして、彼女たちが防火に重要な役割を発揮していくにつれ、次第に彼女たちは「火元の見張りを兼ねる飯炊き、釜焚きの女」から「失火から家と町を守る守り手」として認識されるようになっていく。

やがて彼女たちは「火事が起こったときに(町火消しを)手伝う」役割を担うものとして、尊敬の念を込めて江戸っ子たちから火事手伝いと呼ばれるようになった。実際には小規模な火事では複数の家の火事手伝いが集合し、町火消しよりも主力となることもあった。彼女たちも自らの仕事に誇りを持っており、家の主人にさえ平時には消火用の桶を触らせなかったという火事手伝いも居た。自分が居たのに火事を防げなかったという責任感から火事場に残り消火活動を続け、焼死した火事手伝いも多い。尊敬の念を集めた彼女たちは、よく働くしっかり者として実家よりも格上の家からに来て欲しいと求められることも多々あったという。そして「火事手伝い=よくできた嫁」のイメージが定着していくこととなる。

明治時代[編集]

明治時代に入り、江戸文化が西洋文化に取って代わられるようになると、この火事手伝いの文化も徐々に廃れていく。明治8年(1870年)、東京府に消防局が設置されるとともに町火消しが廃止され消防組が設立、さらに明治8年(1875年)に警視庁に常設消防隊ができると火事を消すのは消防組、消防隊の仕事だという風潮が広がり、女性使用人に消火の訓練をさせることは少なくなっていく。

大正 - 昭和前期[編集]

本来の火事手伝いの「火事」は、こうなりました。

大正時代には女性の地位向上を目指した婦人運動が始まるが、これは職業婦人として家の外で働くことを目指すという方向性であったため、もはや旧来の火事手伝いが顧みられることはなかった。しかし、「火事手伝い=良く働く、できた嫁」のイメージだけは残っていたので、火事手伝いという言葉は本来の防火の意味から離れて、当時の家制度を基調とした価値観から見た「家庭において良く働く、良くできた嫁」という意味で使われていく。そして、本来の火事手伝いの「火事」と、家の中の業務である「家事」が混同され、良くできた嫁は家事手伝いと呼ばれるようになってしまったのである。

太平洋戦争後[編集]

太平洋戦争後、家事手伝いという言葉の持つ意味はさらに変化することになる。昭和30年代、「家庭において良く働く、良くできた嫁」としての家事手伝いのイメージを利用するためにいわゆる「花嫁修業中」の女性たちが家事手伝いと自分たちのことを称するようになった。高度成長期に入ると、当時「三種の神器」と呼ばれていた洗濯機冷蔵庫により家事労働の負担が軽減された独身女性たちが、花嫁修業と称して家庭内で自由な時間を持て余す楽しむようになったが、彼女たちも多くは「家事手伝い」を自称していたため、「家事手伝い」は「家の外に働きに出るでもなく、家の中で自由気ままに暮らしている独身女性」を意味するようになってしまった。ここへ来て江戸時代の尊敬を集める仕事としての火事手伝いという言葉の意味は完全に失われたのである。

現代の家事手伝い[編集]

現代の家事手伝いという言葉の意味するところは、高度成長期における言葉の意味をそのまま継承している。このため、NEETの仲間として分類するべきではないかという意見もあるが、家事手伝いという言葉の持つ良いイメージだけはいまだ完全に失われたわけではないため家事手伝いを自称する女性はNEETと呼ばれることに対して非常に反発する。2005年にも「日本家事手伝い協会」を名乗る女性たちが書籍『ニートって呼ぶな!』を出版し、大きな反響を呼んだ。実質NEETなのにね。現在でも家事手伝いをNEETに分類するのは適切でないと言われている。

家事手伝いは主に母親に勧められる職業であった。旧家の娘は同じく旧家の一族に嫁ぐため、ベッドでの恥らい方、喘ぎ方、出産後の機械的家事の方法などを身に着けられていた。しかし現在ではそれらの良家が減少したのに反比例して家事手伝いの人数は増加、さらにフェミニズムの台頭に影響され、主体性を持ち亭主をサポート(貯金を預ったり友達との付き合いを活発に行う)女を目指す職業に変わってしまった。よってキャリアウーマンなど冷感症だが教養のある女性が逆に好まれる時代になっている。

関連項目[編集]