牧野富太郎

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牧野 富太郎(まきの とみたろう、1862年5月22日―1957年1月18日)とは、日本の植物学者であり、日本における植物学を大いに発展させたことで知られている。

自らを萌え要素満点の植物の妖精と称しているが、基本おじいさんなのでかなり上級者向けの萌え体質であるとも言える。

称号[編集]

日本における植物学の権威を自称しても周囲から叩かれないだけの権力を手に入れた事によって「日本植物学の父なるネ申」を僭称した挙げ句、自分の生まれた5月22日を植物学の日に指定するほどに「我が世の春」を謳歌した牧野であったが、頭髪だけはままならず「我が世の晩秋」に苦しめられたその事実を隠ぺいするため、更なる権力濫用を招くことになったのだが、結局は井の中の蛙なのであった。

人物[編集]

今日ではさも偉い人のように礼賛されているが、実は最終学歴は小学校中退である。しかし、昔は今ほどの学歴社会ではなかったため、元から素養に恵まれていた牧野は、飛ぶ鳥を落とす勢いで台頭してしまい、大学教授になって自分よりもはるかに高学歴な連中相手に「くやしいのうwwwくやしいのうwww」「今どんな気持ち?」などと罵声を浴びせながら教鞭を振るった。まさに下剋上の典型である。

彼が小学校を中退した理由は、いじめである。元々ピントが外れていて社会に対する順応力に乏しかったことに加え、赤ん坊の頃からハゲの兆候が見られ、学校に通う頃には髪の毛がさらに希薄化して頭がパーンバーコード状態になっていた。同級生から頭髪の薄さを馬鹿にされいじめられた牧野はついに腹に据えかねて学校を辞めてしまった。ハゲを克服したいと思った牧野はふと閃いた。髪の毛の変わりに植物を頭皮に植えれば良いんじゃないか、「植物」っていうくらいだから、人間の頭にも「植える」ことが出来るだろう。植物は光合成を行ってめざましく成長するから、豊富な頭髪を取り戻せるに違いない。そう思ったことが、植物学に傾倒するきっかけだった。牧野は失った頭髪を取り戻すべく、植物に関する史料を蒐集して読み漁り、フィールドワークにも励んだ。頭の毛根に種を植えつけて栽培も試みた。そうした紆余曲折もあって、立派な植物学者になった。しかし頭髪は戻らなかったので、カツラで誤魔化した。

今日、牧野のエピソードは、若ハゲで悩む若者や低学歴の人々に大いに希望を与えている。ちなみに、植物を人間の頭皮で栽培して髪の毛代わりに利用しようとした牧野の夢は、未だに技術化されていないし、人間の頭皮で生育する植物も、未だ発見されていない。

身も蓋もない話[編集]

現代に生きる低学歴の負け組達は、牧野富太郎に希望の光を見出す。曰く、小学校中退の牧野ですら、植物学の泰山北斗になれたのだ、自分も、大成できるはずだ、と。 しかし、牧野の生きた時代の今の時代は社会の状況が違う。牧野が生きた時代よりも著しい学歴社会になっている。牧野が成功できたから自分も成功できるはずなどというのは、矮小な根拠に基づく思い込みでしかない。 その上、牧野は10000人に1人の天才である。残りの9999人の凡人が、一握りの天才を参考にして人生を歩もうとすれば、押しなべて失敗すると相場が決まっている。

牧野が活躍した時代、まだ日本の植物学は基盤さえも整っていなかった。しかし牧野やその後進の研究者のおかげで、植物学はまともな学問として現代では確立している。つまり現代で植物学の分野で大成したければ相応の学歴がないと無理ということになる。そしてそうした学歴社会を作った一人が牧野富太郎である。皮肉な話だけど、仕方ないよね。

当然のことながら、学歴だけあっても大成はしない。牧野富太郎ほどではないものの、頭脳の回転や独創性も必要とされる。それは植物学に限らずどの学問の分野でも変わらない。

結論として、我々多くの凡人は、こんなキチガイじみた天才の人生など、参考にしない方が良い。ただ、彼の植物学における功績だけ、有難がっていれば良いのである。

関連項目[編集]


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