物体憑依

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物体憑依(ぶったいひょうい)とは、ある特定の物体の立場に立って考えることである。大人が子供に対して物を大切にすることを教える為のメソッドでもある。

概要[編集]

無駄が多いと叫ばれる現代社会。物体憑依とは、これを危とした一部の人間が作り上げた概念である。

それは「物の気持ちになって考えてみなさい!」と、物を無駄にしてしまった子供に対してシャウトすることで「もったいない精神」を根本から植え付けることを目的としている。しかし最近の子供はネットの影響を強く受けており、3次元に対して妙に醒めているため「新手の擬人化かよ…」と呆れ果てるのが大半である[1]。なお、貧乏な家庭であるほどこの概念を強要される傾向にある。

憑依対象[編集]

  • 食べ物
    よく言う「食べ物を残すな」という概念を応用したものだが、これには明らかな欠陥がある。普通に考えてみてほしい。食べ物は人間に煮られ焼かれて噛み砕かれ、挙句に酸性の液体によって消化されるのだ。残虐なことこの上ない。
  • 文房具
    軒並み消耗品だが、一番有名なものはやはり鉛筆である。鉛筆は頭を地に擦り付けられ、すり減ったところを更に削られて日に日に短くなっていく運命を背負っているが、我々は目を背けてはならないのだ。途中で徒らに折られたり、捨てられたりすることもあるが、物体憑依が完成している子供はそんなことをする筈が無い。
  • F5キー
    もはや連打させるためだけに存在していると言っても過言ではないキー。ちょっとそこのあなた、F5キーの気持ちになって考えてみなさい!そんなに連打されて、嬉しいですか?!
  • 空気
    吸われたり吐かれたり読まれたりするもの。上の3つよりは遥かにマシに思えるかもしれないが、みるみるうちに汚染されるという仕打ちが待っている。また、自己防衛する手段も持たないため、なされるがままである。物体憑依が完成している子供は、今すぐにでも呼吸を止めたいと思うことだろう。
  • 友達
    いじめに遭っている友達の気持ちになって考えると、やっぱりいじめは止めなくてはならない。なお、それは自己犠牲を必ず伴うものであり、また相手がそれを救ってくれるかは分からないので要注意だ。

問題点[編集]

この思想には様々な問題点があり、それ故、物体憑依を危険視する人も多い。

まず第一に挙げられる問題点は、やはり「残虐性の高さ」だろう。例えば上の例を見ていただければ分かるように、子供には明らかに不適なものが多い。グロテスクな表現を含むものから絶望的な末路しかない物まで、その残虐性は留まるところを知らないのだ。しかし、あくまでも擬人化の域を出ないので全年齢対象である。

次に挙げられる問題点は、「景気低迷を引き起こす危険」だろう。もしこの概念を多くの人々が共有し、もったいない精神が世に蔓延したとしよう。例えば鉛筆は残り数ミリになっても余裕で使い続け、自分の排泄物は肥料として再利用、食事は質素倹約。いずれも金回りを悪くする要因である。よって、この考えが世に浸透してしまうと現在のデフレが余計に拗れかねない。

次に挙げられる問題点は、「妄想、虚言癖の定着」だろう。例えば、文房具への憑依意欲があまりにも強すぎて、うっかりそれらを擬人化してしまったとしよう。すると、今までぞんざいに扱ってきた文房具に名前をつけたり、特殊な力があると誤信してしまう。妄想癖が蔓延するのは言うまでもない。

また、「友達が増える」というのも大きな難点である。友達の気持ちになって考えることで、友達を傷つけるのが怖くなってしまうのだ。一見すると良いことの様に思えるかもしれないが、実はそうでもない。というのも、この概念からは逆境に弱い子供しか育たないからである。

原点回帰[編集]

もしあなたがこの概念に見事に洗脳されて、どうしようもないような虚言癖がついてしまったとしよう。しかし心配することはない。実は、これから逃れられる方法は存在するのだ。それは即ち「他でもない自分の気持ちになって考えてみること」である。実践してみると分かる通り、今まで大切に思えたものが全てガラクタにしか見えなくなる。そして何より大事なものは自分であることを悟るだろう。これで万事解決である。

脚注[編集]

  1. ^ しかし実際やってみると、その効果は絶大だったりする。

関連項目[編集]