瓶詰妖精

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『瓶詰妖精』(びんづめようせい)とは、保存食・珍味の一つ。ゆでた妖精ガラス瓶につめ、コルク等で栓をして長期保存を可能にしたもの。妖精の瓶詰とも呼ばれる。英語ではBottled Fairyと呼ぶ。

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歴史[編集]

妖精(Fairy)を食べるということは、17世紀末期の西ヨーロッパで始まったとされている。18世紀には、ヨーロッパ貴族の間で高級食材として流行し、フランス王妃マリー・アントワネットも食したと言われていることは有名である。しかし、毎日のように食したというのは王妃をねたむ人々の流したデマとされている。実際、この当時妖精は非常に貴重な食材で、王族であっても一生に一度食べられるかどうかというものであった。
この当時妖精を食べる場合、獲れたものを現地でそのまま食すか、塩漬けにして保存し食用としていた。食品を瓶に入れるということは行われていたが、保存食品としての瓶詰はまだ発明されていなかったのである。捕獲された妖精はすぐ死んでしまい、死んだ妖精は非常に傷みやすいためかなり塩分濃度の高い状態で塩漬けにされるので、妖精の塩漬けはお世辞にも美味しいものとは言えなかったようである。
19世紀初頭にフランスのアペールによって現在のような保存食としての瓶詰が発明されると、塩漬けにせずゆでたままの妖精を長期保存できるようになり、風味の良い瓶詰妖精が生産されるようになった。これにより食品・珍味としての妖精の価値はさらに高まった。また郊外の森の開発が進んだ結果、妖精も捕獲しやすくなったが結果的にこれが乱獲につながり、妖精の数を減らしてしまいかえって希少価値が高まることになった。
日本には明治16年(1883年)に初めて瓶詰妖精が輸入された。政府の高官用の贈答品とされ、誰に送られたかは判明していない。その後の輸入も太平洋戦争開戦までの間で数点程度にとどまったようである。
ヨーロッパにおいて瓶詰妖精が広く人々の口に入るようになったのは、さらに時が過ぎて1960年代に入ってからのことである。このころになると妖精の養殖技術が確立し、大量の妖精が生産されるようになった。日本にも1970年代ごろから細々と輸入が再開されたが、本格的に日本でも瓶詰妖精が流通するようになるのは1990年代後半に入ってからであった。

生産地[編集]

フランス、ドイツイギリスベルギーデンマークオーストリアの6カ国で世界シェアの実に99%を占める。妖精の養殖技術がほぼこれらの国で独占されているからである。日本において流通している瓶詰妖精も、これらの国からの輸入品がほとんど全てである。

調理法[編集]

  • ヨーロッパの瓶詰妖精はほとんどの場合味を付けられずにゆでられた状態で瓶詰にされている。この加工法は19世紀に保存食品としての瓶詰妖精が誕生したときからの伝統である。これをソテーシチュースープ(比較的品質の悪いものがスープにされることが多い)などに調理して食卓に供す。最近ではトマトソース、ホワイトソース等で味付けされたものも少数ながら出回っている。
  • 日本においては、醤油、みりんなどを使用し和風の味付けで調理をされることも多い。
  • 中華料理においては、蒸し上げて魚醤、酢などを合わせたタレをつけて食べたり、炒め物にされることが多い。

なお、妖精は缶詰にされることは無い。妖精の羽に含まれるフェアリン酸が缶のアルミニウムと反応して強烈なエグ味になってしまうからである。同じ理由で、瓶詰妖精の蓋に金属は用いない。
調理の際はあらかじめ羽を取るか、銅鍋で調理することでエグ味が発生しないようにする。最近ではほうろう引きの鍋やテフロン加工された鍋を使用することが多い。

CMソング[編集]

2003年に日本瓶詰妖精協会が瓶詰妖精普及のためにアニメCMを放映した。内容は5体の妖精がCMソングに合わせて踊るというアニメーションである。このCMソング『教えてせんせいさん』(作詞:黒田洋介 作曲:イズミカワ ソラ 編曲:山崎燿 歌:Bottle fairy)は『おさかな天国』『だんご三兄弟』と並ぶ食品ソングとしてヒットした。

関連項目[編集]