索道

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「なぜ情報の山に挑むのか?そこに山があるからだ」
索道 について、ジョージ・マロリー
「そして謎は残った。s/(.*)*^/g;なんてバカげたことをなぜ彼がやったか、だ。」
フリーズしたジョージ・マロリー について、エリック・サイモンスン

索道(さくどう)とは、芸道のひとつであり、山のような情報から必要な事項を素早く、的確に発見する知的スポーツとして海外でも急速に発展をとげている。

索道の歴史[編集]

近代以前[編集]

近代史以前の索道は、情報を求めて遠くまで行くことに意義があり、西へ西へとりあえずサルブタカッパを連れて行ってみた僧侶がなぜかインディアンを発見したあげく東から帰ってきたり、船で同じことをやった結果、勇者ラプラプに侵略者としてぶち殺された海賊がいたり、東の果ての国変態黄金プレイをヨーロッパに紹介した商人の息子が赤痢や梅毒を持ち帰ってみたり、冒険ロマンにあふれる存在であった。

近代索道[編集]

近代以後、急速に索道からエクストリーム・スポーツの要素が薄れていった。索引と辞典と図書館の発展により、高度な索道を安全に実行できるようになった。特に知の普遍化が始まったルネサンス期以後は、特権階級だけでなく誰もが索道の門をたたくことが可能となり、知識の裾野が一気に広まったといわれる。

さらに、電気技術の発展で、巻き上げ機やモータの信頼性や性能が向上したため、大量の処理が可能となった。とあるスキー場では索道で1分間に数百名の人間を移動させており、本や書類の移動にも大変役立つ存在となった。

ただし、依然として禁断の知識と呼ばれるものについて、例えば権力者とエクストリーム・自殺の競技が行われるなど、上級者にとってエクストリーム・索道の要素は依然として残っている。

情報化社会[編集]

現代のような高度情報化社会では、さらに索道は進歩しており、例えばぴーを検索すると、ミスカトニック大学のホームページが瞬時に表示され、ネクロノぴーで画像検索を実施すれば、アーン♥♥な画像が大量に出てくるようにまでなっており、情報の独占という言葉は過去のものとなりつつある。

また、男性が男性を検索するなどの場合についても、かつては雑誌の文通欄を必死で検索する求道的な姿がみられたが、現在では、索道の進歩から、情報の山を軽々と登頂することが簡単にできるようになった。近代的に発展した索道のもとでは、身長・体重・年齢・希望する相手の年齢・ある意味性別などを入力すると簡単に自分にあった美少年を検索することが、自分の容姿と年齢と体型によっては容易である。この技術開発は性病の蔓延と児童売買春における性差の大幅な減少をもたらし、その年のBL賞を受賞した。

海外での発展[編集]

日本と同様に、地域、趣向、身長・体重・年齢・ぴーなどの情報を登録していく形式が主流であるが、スリムジャニが人気である変態日本と異なり、マッチョガチムチが検索されることが多い。サンフランシスコでは特に索道が盛んであり、スカトロ地区などを走り回る索道の姿がよくみられる。

日本の索道に関する現状[編集]

近代索道の萌芽[編集]

日本の索道は、諸外国と同様、江戸時代までエクストリーム・スポーツとみなされることがあった。庶民がみだりに移動することを規制していたこともあり、ホモカップルのお伊勢参りなど一部の記録が残されているのみである。貴族・武士階級では、東京見物を初めて行った貴族として知られる在原業平、エクストリーム・測量の第一人者とされた伊能忠敬などの例がみられる。

明治維新後、交通網の発展と共に、山に挑む索道は急激に進歩した。庶民でも誰でも、電車で山の麓まで行けばあとは簡単に情報を取ってくることが可能になった。当時はまだ信仰登山の風習も根強く残っており、宗教関係の情報を検索する文化として索道が日本に根付いた。また、近代スポーツとして、軽井沢や菅平高原、野沢村、志賀高原、白根山、蔵王など各地にも索道の文化が広まった。

壊滅[編集]

太平洋戦争中は、移動交通手段が大量に廃止される、江戸時代と同様に不要不急の旅行が禁じられるなどのため、一時期日本の索道は閉塞状態にあった。大量の鉄材を使用するため、鉄材を軍部に供出させられ、軍首脳陣が横流しし大儲けするなか、多くの地方で索道が失われた。

電算機の普及[編集]

日本では戦前まで電算機はなくタイガー計算機と帳簿だけが索道の中心であった。しかし、戦争中から急速に進歩したアメリカなどのコンピュータ技術は日本に持ち込まれて一気に花開き、自動車産業とともに日本を先進国にのし上げる立役者となった。正規表現、漢字変換など、近代索道の技術は一挙に世界レベルのものとなった。

バブル期には索道が大都市圏の海岸沿いにも登場した。ビルの中で無風状態の場所にもかかわらず、形を大切にする日本索道の伝統に従い、湾岸スキーを行う索道では、毎日「風速ゼロ」の記録を書き写す求道的な修行が行われた。

突然の失速[編集]

年次改革要望書に基づき宗主国からの命令で、日本での索道は突然休止に追い込まれた。著作権侵害により日本で検索のためデータの山を自分のところに持ち込む操作が禁止された。索道は泥棒の技術とみなされていたことさえあり、またバブル崩壊、道路整備とレジャーの多様化で、地方では数多くの検索エンジンが廃止となった。

再復活[編集]

現在、パソコンユーザーを全員ロリコン・泥棒扱いする法律が検討されている。高度な索道の技術により、ロリ画像や反政府文書や仏法に背く罰当たりな謗法文書を発見する基盤が整う見通しで、今後は反政府文書や政府関係者のウラガネ情報など都合の悪いデータや天下り会社が儲からなくなるデータは、すべて違法コピーとして所持を取り締まられる予定である。また反抗的な百科事典など、財界に逆らう有害情報が見つからないよう、検索内容の改ざんも義務付けられる。それと共に日本でも索道が解禁される模様である。推進する各団体によれば、日本での近代索道の進歩により、日本文化文化大革命を目指すという。