編集回数稼ぎ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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編集回数稼ぎ(へんしゅうかいすうかせ-)とは、ロクすっぽ新規記事を書き上げる程の時間と力量の無いボンクラ編集者が、なんとかして中堅の座にしがみつくための情けない手段のことである。

概要 - そしてなぜ彼らは編集回数を稼がねばならないのか[編集]

素人が古参たちの議論に参加した場合に起こりうる事態

Mediawikiにおいて、編集回数とは投票権に如実に関わってくる問題である。例えばアンサイクロペディアを例にとると、

  • アカウント取得後最初の投稿から30日以上経過しており
  • 累積投稿回数が50回以上(Userページ及びトークページ除く)であり
  • 議論の提起があった日から過去に遡って1ヶ月間に投稿・活動が5つ以上ある事(ただしUserページ(ry)

とされている。なんでそんなもんが、とイチャモンを付けるのは日本語を読み書き出来てキーボードが打てれば2歳児でもできるが、ここで少し例え話をしよう。

ある公民館将棋同好会が開かれていた。そこで友人同士で将棋を差していた同好会員たちだったが、そのうちの一人が対局中に「待った」をかけたとする。対戦相手は「真剣勝負に待ったもクソもあるか! 一手は一手だ!」と反駁し、「それは一方的な言い分だ」とかけた側も言い返す。売り言葉に買い言葉でヒートアップし、周囲で差していたプレイヤーたちも眉を顰める。そんな中、同好会の中で重鎮のジーサンが「やめんかヌシら。ここはひとつ多数決で決めようじゃないか。挙手と相談は無しでな」と言い出した。しゃあない。ここは腹をくくり、一行はに賛成か反対かを書いてに入れ、黒板に正の字を書いていった。ところが、何度見直しても紙の枚数は同好会員より多い。不審に思って周囲を見回してみると、そこに見覚えのないオッサンが混じっていた。

誰じゃお前は、と突っ込んだら、そのオッサンはこう言った。

「いやーなんかモメてたから、面白そうなんで入ってみたw ところで、この金ってヤツなんで裏真っ白なん? 落丁?」


皆様が同好会員ならどう思われるだろうか。当然ながらこのオッサンを袋叩きにする軍列に加わるだろう。アンサイクロペディアの投票に関しても同じことが言える。アンサイクロペディアの何たるかをちっとも理解していない新規ユーザー物見遊山の野次馬はハナから論外としても、最近の事情を全然知らないくせに昔取った杵柄を勝手に振るう老害なんかが割って入られても困るのである。当然はつけず、こねる相方の手をブッ叩いて大喧嘩になるのがオチであろう。やっちまったなあ!

そんなわけで、投票権を行使できるのは「火事を鎮火させるために駆け付けた消防団員及び有志」だけと言える。石油ニトログリセリンをぶちまけようとする背信的悪意者無能な味方単にコーフンしただけのエキストラは必要ないのだ。こういった婉曲表現の趣向のわからん人及び「いいからさっさと本題に移れ」というせっかちな人のためにわかりやすく言うと、アンサイクロカーストにおける中堅でなければ、投票権を持つことは許されないのである。

が、ここで一つの問題が発生する。ありていに言うなら、「中堅にあらずんば投票権者に非ず」という観念を曲解し、「投票権者にあらずんば中堅に非ず」というセオリーを作ってしまうボケナスが出てくるのである。「p→q」が真であれば真と確証を持てるのは「qじゃない→pじゃない」だけなのだが、どういうわけか「q→p」という明らかに間違った方程式(例を挙げると『オバマにあらずんばアメリカ人に非ず』位の間違い)を立ててしまうのだ。

このような勘違いをしたバカヤロウは、事あるごとに投票が起これば口を出す「近所のご意見おばちゃん」もしくは「パブロフの犬」と化す。「オレは中堅なんだ! 権力があるんだ!! アンサイクロペディアはオレが動かすんだ!!!」という、兵卒時代ヒトラーですらもうちょい頭を使うんじゃないかといった考えに凝り固まった彼らは、何が何でも投票権を得るために、頻繁に投稿を繰り返す。

勿論、これだけの大言壮語、誇大妄想、砂上楼閣を描いたうえで、それを実行に移せるだけの有能な人物であれば、そのくらいの意気込みはあるに越したことはない。管理人が元気であればアホお子様ユーザー荒らしにも一定の歯止めが効くし、上級アンサイクロペディアンであれば面白い記事を次々に創り出し、我々の腹筋を引き裂いてくれることだろう。

だがしかし、実力が伴わない(つまりユーモア欠乏症の)中堅や、入ったばかりのルーキーの場合はそうはいかない。意気込みだけは足軽並にあるくせに、力量が全く伴っていないカチコチ頭の彼らにとって、「投票に参加したい!」という渇望と、「でも記事が書けん!」という残酷な現実は、強大なジレンマとなって彼らの心を押し潰さんとする。無い知恵を絞り、考えに考えた結果、彼らは弁証法の果てにその考えに至るのだ。

「そうだ!! とにかく編集回数を稼げばいいんだ!!! 質より量だ!!」

かくして、投票にはいつも似通ったメンバーばかりが顔を揃え、たいして面白い記事も書けないくせにのさばり続ける中堅がアンサイクロペディア全体の質をフォークボールの如く落としていくのである。

主な手法[編集]

推奨される編集[編集]

誤字脱字の修正
アンサイクロペディアは呆れ果てるほど誤字脱字が多い。ロクすっぽプレビューをしていないのがその原因だろうが、基本的に1,000字に1字くらいのペースで打ち間違いや変換ミス、文法の誤りなどが散見されるのが現状である。恐らくこの記事にもどっかにあるはずだ。このような初歩的なミスを、探しては消し、探しては消していく。これだけで結構な編集回数は稼げるはずである。
すぐ古くなる表現の撤去
記事の風化は早い。特に流行り物の項目ほど忘れられやすいものである。今日日テツandトモに関して本気で笑える項目を書くのは難しいだろう。このような「忘れ去られた項目」の場合、作品の連載時期、人物の動向、社会の変動などから完全に置いてけぼりを喰らい、気が付けば歴史的文書と化すこともしばしば存在する。恐らく、アンサイクロペディアの全ての項目の中で、1年以内に何かしらの編集がなされた記事は半分もあるまい。このような些末なミスを洗い出し、「ここ未来形になってるけどもう終わってるじゃん」「次回作出たし」「この人まだ生きてるよ、ゾンビかよ」と苦笑しつつも手直しを加えれば、偉い人たちも苦笑いすることだろう。
その結果、忘れかけられていたクソ記事引導が引き渡されても知ったこっちゃない。どうせ誰も気にしない
青リンクの追加
どんな記事でも、ひとりぼっちは寂しいからな。せっかく作られた記事であっても、リンクが無いはぐれページとなってしまっては悲しい。せっかくだから色々リンクを張って試してみよう。少しは世界が広がるはずだ。

どうということはない編集[編集]

アンディクショナリーの追加
どうしても5000バイトの壁を超えることができないけど、ちょっとクスリとくる(と執筆者が勝手に思い込んでいる)ネタを思いついた場合の最後っ屁。運が良ければそれを題材に別の人が記事を立項してくれるかもしれない。受けるか受けないかはあんたのユーモア次第である。まあがんばれ。
リダイレクトの作成
ちょっとした表記ゆれなら助かるが、あまり何個も作っていると「それしかできないのかこいつは」と(この項で挙げた他の方法より)思われやすい。
例えばこの記事に対して「編集稼ぎ」「投稿数稼ぎ」などのリダイレクトを作成した場合「不要なリダイレクト」として処理され、繰り返せば当然管理者にメッてされるだろう。
超ダメ記事への介入
見ただけでうんざりするようなゴミカス記事に対し、NRV即時削除を貼るという行為。気持ちは分かるが、どうせ100%消されるに決まっているモノに介入してもむなしいだけであるし、そもそもその削除の議論に参加するための投票数稼ぎなのに、参加できてないんじゃ意味ないじゃん。
文章の装飾
色文字、斜体、太字、脚注などの付属。やりすぎれば記事が丸々読みにくい文章シリーズの仲間入りを果たすのでホドホドに。
画像の追加
既存の画像の中でお茶を噴き出しそうになったものや、手持ちのバカウケ画像を貼る。脈絡なしに貼りまくったり、明らかな私用目的の画像をウヒョウヒョと貼ると厳重注意となる。あくまでほどほどに。
カテゴリの追加
言うなれば一番簡単な編集稼ぎ方法。画像を貼る手間もなく、ユーモアも全く無しに、ただ今あることを有効活用しまくるというもの。気の利いたジョークを飛ばせないようなら、題材となったものの構成要件を洗い出していけば、一つくらいは追加できるはずだ。どうせ何十個カテゴリがあろうが大した問題ではないのだ。
長すぎる記事の分割
5万バイトの向こう側に到達したような、編集が頭に来るほど重い、長ったらしい記事の改稿。少しは編集もしやすくなるし、有用ではある。
ただし「○○の登場人物一覧」シリーズは過去にいろいろと問題があったため、手当たり次第にやるとその項目自体がぶっ潰される可能性すらある。よってあまり推奨されない。メジャー作品が軒並み赤リンクではあまりに悲しいしな。

やるべきではない編集[編集]

クソ面白くもない文章の追加
ここで列挙された無駄な編集を行う。たいてい、「これは受ける!」と喜び勇んで書くほどハズす。そして記事の品質をメタクソに下げてしまい、UglyFixを張られた挙句、有益な情報までCleanUpされるのがお決まりである。なんてことをしてくれるんだ。
赤リンクの過剰追加
このようにやたらめったらリンクを付けまくるという行為は、即座読みにくい文章化招聘してしまう。
プレビュー機能の無視
論外。この記事も投稿30分以内に3回も初版執筆者が手を加えているが、こういうのは浅薄さを曝け出すようなもんである。
あまり度を越すと怒られるくらいでは済まない事態になるので、プレビュー表示機能恐怖症は早めに治しておくこと。プレビューしても死にはしないから安心してプレビューしてほしい。
日記の過剰編集
10年前ならいざ知らず、今ならTwitterという便利なものがあるのでそっちでやんなさい。
しりとり部屋及び連想ゲーム部屋の過剰遊戯
そればっかりやっているとマジで「僕は全くユーモアが無い」と吹聴していると思われてしまうぞ。
編集の息抜きは息抜きだからこそ息抜きなのである。そっちがメインでどうする。

結論[編集]

交流系サイトは身の丈に合った使い方をしよう。

関連項目[編集]