藤壺

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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藤壺(フジツボ)とは、主に人間男性を襲う妖怪である。

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「藤壺」の項目を執筆しています。
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「フジツボ」の項目を執筆しています。

はじめに[編集]

室町時代から江戸時代にかけて書かれた『御伽草子』という書物の中に、「九尾の狐」という妖怪が登場する。これは全身が金色の毛で覆われ、顔は白く、その名の通り尾が九本ある美しいで、大変知能が高かったといわれている。絶世の美女玉藻前」に変身して当時の政治の実権を握っていた鳥羽上皇に近づきその暗殺をもくろんだが失敗し、逃走するも幕府軍により討伐された。すさまじい執念から死後石化して毒を垂れ流し、多くの獣や人を無差別に殺害したことも有名である。

藤壺は高い知能を持ち、天皇暗殺を計画した点が「九尾の狐」に共通しているが、その実行力に関してはるかにこれより勝っている。藤壺はなんと、誰にも怪しまれることなく天皇の殺害を成し遂げ、さらにその後長い時間をかけて、その息子までとり殺してしまったのである!

容貌[編集]

カラの上部にある窪みの具合がいいといって好んで食べる者もいるが、そんなやつは人間ではない。

「九尾の狐」とのもう一つの大きな相違点でもあるが、藤壺の容姿は極めて醜く、原始的な印象を与える。その体は各器官が不鮮明で、灰白色の型のカラにその全てを押し込め、何処にでも何にでもへばりつき、養分を搾り取る。その様は不愉快極まりなく、見た者は顔をゆがめずにいられない。写真を載せているが、・・・・・・うむ、やはりこれはひどい。醜悪にもほどがある。モザイクをかけておけばよかった。・・・ただしそれは変身前の姿についてであって、ひとたび姿を変えればその限りではない。むしろ、この上なく美しい、と思うくらいの存在になるのだ。そこがこの妖怪の恐ろしいところである。

桐壺帝暗殺[編集]

変身後の藤壺。大山デブ子ではない。

近年、紫式部を作者とする『源氏物語』の行間の解読作業が終了し、この妖怪の恐ろしい所業の詳細が明らかになった。それによると、第一部の「桐壺の巻」から藤壺の計画は実行されている。源氏の実の母親である桐壺更衣弘徽殿女御らの激しい嫉妬に耐えかねて病に臥し、里に下ることになった際、桐壺帝は彼女を愛するあまりおきてを破り、通常病人を送り出す裏門からではなく表門から桐壺を出させたが、これがかえって彼女の命を縮めることとなった。桐壺のは表門前にへばりついていた藤壺の目に止まり、天皇暗殺のための第一の標的となったのである。藤壺は牛車にわざと轢かれ、車輪から桐壺の部屋に侵入、里に着くやいなやその口腔に飛び込み、文字通り息を止めた。そして彼女そっくりに容貌を変え、潜伏すること一年、先帝の娘と偽り入内した。最愛の局を失った悲しみにくれる桐壺帝が、彼女に瓜二つの藤壺をすぐさま見出し、寵愛したことは言うまでもなかった。桐壺のときとは異なり、世の人にもその美貌は賞賛され、源氏と並び「かがやく日の宮」と称された。同じ顔をしているのにすごい差である。実は物の怪である藤壺の、この世のものとは思えない雰囲気に、人々はすっかり魅了されてしまったのだった。

そして、ここが藤壺の賢いところであるが、彼女は帝をすぐに殺しはしなかった。時間をかけて彼に寄生しつつ、同時に彼の息子の信頼を得ようと試みた。源氏の見たことのない母親の面影への漠然とした憧れを利用し、まんまとそれを成功させたあと、藤壺は彼を誘惑し始める。彼をもその父と同じくじわじわと殺してやろうという魂胆であった。結果源氏は誘惑に負け、妻の葵上そっちのけで藤壺のもとへ通う。しかしここで誤算が生じた。行為の最中一瞬だけ変化が解けてしまったために、源氏が彼女の正体に気づいてしまったのである。源氏は義理の母と関係を持ってしまったことよりも、愛する彼女が石灰質の醜い化け物であるにもかかわらず、亡き母に似るというその容姿ゆえ別れられないという思いに深く苦しんだ。ああ、妖怪とはいえ、17歳の若者を罪の意識におののかせるとは、なんと業の深いことであろうか。藤壺にとっては幸いにして、源氏が父に彼女の正体を告げることはなかった。そのため、桐壺帝は灰色のがさがさした妖怪をそうとは知らず毎日のように寵愛し、だんだんとその命を縮めていった。

藤壺が源氏との間に子供をもうけたことは、源氏だけでなく彼女自身にとっても予想外であり、二つ目の大きな誤算であった。正体がばれてしまったことで気が動転し、子種の破棄を怠った結果であった。藤壺はこれにより源氏との関係を帝に疑われることを懸念したが、それどころか桐壺帝は大喜びであった。能天気なやつだとお思いだろうが、このとき二人の階級を移動させていたあたり、彼は実は気づいていたのではないか、という説がある。しかし、どちらにしても藤壺の寵愛をやめなかった点で帝はぬかっていた。源氏もまた、禁忌を犯したことに罪悪感を覚えつつ、藤壺のことが忘れられずにいた。優柔不断な野郎どもである。このあたりで六条御息所の協力があれば桐壺帝および源氏暗殺は食い止められていたかもしれないが、彼女は当時葵上を呪い殺すのに夢中でそれどころではなかった。彼女の力量をもってすれば、狡猾で冷酷な藤壺とも互角に渡り合えたであろうに。

桐壺帝崩御間近。なかなかいい男だったが・・・。

源氏23歳の年の11月、昨年体調を崩し譲位した桐壺帝が全身を石灰質の粒に覆われたおぞましい姿で崩御する。変身する必要のなくなった藤壺は出家したように見せかけ逃走、世間からは死亡したと見られた。藤壺の死を悲しみ時折夢にまで見た源氏であったが、そんな彼女の遺した毒に、彼の体はひじょうにゆっくりと、しかし着実に蝕まれていた。源氏は54歳で、父と同じ無残な死を遂げる。彼の死が描かれた第二部の最後の巻、『雲隠』が欠損しているのは、かつて美貌を誇った源氏のあまりに醜悪でむごたらしい死にざまを見かねた一女官により抹消されたから、との説が今日では有力である。

現在[編集]

おお、虫唾が走る

『源氏物語』が当時の記録ではなく単なる物語のジャンルに分けられてしまったため、藤壺の存在は紫式部の創作であると思われていたが、実際のところ逃走した藤壺は世界各地にその足跡を残している。子孫は主に海底や岩場で目撃され、その数は日々増殖しているといわれている。襲う対象も今日では多岐にわたり、の動きを止め船乗りを襲うという、その昔オデュッセウスが出会った半鳥人セイレンのごとき存在となっている。人間への被害もしばしば報告されているが、中でも岩場で膝を擦り剥いた男性の傷口から骨に寄生した例が有名である。この場合医師の迅速な処置により男性は命を取り留めたが、発見が遅れた場合非常に危険である。誰にも知られずにゆっくり死ぬことになる。おかしな形の石灰質の岩があったら、それは元は人間であったかもしれない。

最後に[編集]

藤壺に襲われないようにするには、海辺に行くことを避ける以外方法がない。藤壺は今や何処にでもいるのだから。どうせになど行ってもろくなことにはならない。よしんば藤壺の被害にあわなくても、熱線に身を焼かれ、をやられるのがオチである。夏はクーラーをきかせた部屋ででも読むか、パソコンのキーボードでも叩いて過ごすのが賢明であろう。

食用[編集]

実は塩茹でにするととても美味しい。思えば、見た目からは想像がつかないが海老や蟹の同類であるので、その味が美味しいのは当然である。ただで生えているものがこんなに美味しい事を知ったら、乱獲される事は確定であり、そうなるとシーシェパードが頭のいい藤壺を守らなくてはいけないと言い出すかもしれないが、その前に乱獲して食べつくすべきである、この味を覚えたら然程美味しくもない鯨肉の事なんか忘却したくなるだろう。同類のカメノテもまた美味である。

関連項目[編集]