豊真将紀行

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「豊真将紀行」の項目を執筆しています。

豊真将 紀行(ほうましょう のりゆき、1981年4月16日 - )は本州と思われる場所出身で錣山部屋所属の元相撲レスラーである。本名は山本 洋介(やまもと ようすけ)というなんとも中途半端に地味な名前。四股名があってよかったね。最高位は西小結だが、この非常に残念な最高位になる前にいい記録を残していただけに小結になったのが非常に惜しまれる人物である。

来歴[編集]

中学校時代に頭角を現し、それは洋介少年の自信にもなった。なお同郷の豊響は彼にあこがれて相撲をはじめたらしいので、くれぐれも期待を壊してはならぬ。洋介少年は文武両立を図り豊響の台頭を抑える計画もあった。その後は日本大学へ進学したが、ここでまさかの病気となり(日本大学相撲部が原因だった)、豊響に未来を託して自らはSUMOUからは身を引いた。

その後病状が良くなったこともあり、自身が受けられる最後の新弟子検査を受検、合格となり初土俵を踏む。なおこの時豊響は再び感動したそうである。この一連の出来事は豊響の項を参照のこと。

なお入門当初から将来が見えており現在期待のエースとなっている豪栄道によく負けるなど将来が危ぶまれた。また部屋が時津虱一門であることからよく時津虱部屋へ始末しに行かされかけた。要は期待されてなかったということだ。

なお豊真将は八百長を若き頃から知っており、給料が入り八百長の資金が入ると勝てなさそうな相手に対して事前に八百長を仕掛けるようになる。入幕4場所目は特にその様子が顕著に現れ、優勝争いを繰り広げた末に12勝3敗で敢闘賞と技能賞を獲得した。この時豊真将はほくほく顔で「これで更に八百長ができるようになりました。ありがたいです。このお金はここ一番というときに使いたいと思います」と言った。基本は真面目であるというのは師匠である錣山親方(元関脇寺尾)の弁。師匠は幕内を93場所勤め鉄人と呼ばれた過去があり、八百長には慎重であった。「本当に八百長をしないと勝てなさそうな相手に出す金がないと負けてしまうからね。まぁ糞真面目にここまで公表するとは思わなかったがあいつは有言実行するやつだ」と言っていた。なお師匠は八百長指導に関しては特にはしていない模様。

ただ豊真将は上位の壁によく突き当たっていく。ここぞという大一番でよく負けたのだ。どうやら豊真将が口下手でなかなか八百長を引き受けてもらえないからということもあるようだ。体調不良も重なっていた2008年3月場所初日、こんな様子についに豊真将はブチ切れた!対戦相手の市原が入門わずか1年で八百長を断ったのだ。これに激怒し豊真将は市原に制裁を下す。学校の後輩でもあったからよけい怒りは増したのか市原は大怪我を負い途中休場、この場所を最後に再入幕できないどころか幕下陥落まで経験してしまった(ただ幕下陥落は協会の不当な番付編成が原因)。しかし市原も黙ってはいなかった。錣山部屋宛てに偽名を使って豊真将へと贈り物をし、無用心にもそれを食べてしまった豊真将。実は骨に異常を来す薬が塗られていたのだ。ついに我慢できず9月場所を休場してしまった。この時に豊真将と市原の因縁が発覚した。

幕内下位では制裁を恐れて相手がビビりすぎ、連続11勝4敗であったが、上位は「お前なんかに制裁はされねー」と八百長を断って突き返した。千秋楽に小心者である嘉風に勝っただけの1勝14敗に終わった。しかし場所中八百長が通じなかったことが大きく響き豊真将はその日の取り組み後に風呂場で泣いてしまい、9日目に全敗対決をした豪風ブログで暴露された。まぁ最も豊真将は特に気にしていないが。

2010年5月場所でも東前頭2枚目で1勝も出来ていないが、実は裏で清瀬海が根回ししていた可能性が高い。しかし清瀬海は賭博で不当な番付編成をされた結果、豊真将が東前頭2枚目であった9月場所、清瀬海は東幕下4枚目まで番付を下げた。しかし豊真将は本章を発揮できることなくその後もノルマン現象は続いた。

2011年大相撲八百長問題のあおりをうけて清瀬海が引退した。処分自体は実にふし宇なものであるが、清瀬海が失業し、根回しする金を確保できなくなったどころか、現役RIKISHIの誰からも相手にしてもらえなくなる現象に巻き込まれた。これを知った豊真将。今まで集めたタネ銭を大放出し、4度目の東前頭筆頭であった9月場所で確変。準ご当所場所である11月場所にて小結に上がり新三役となるが、それまでの記録である、西1回を含む5回の最高位・前頭筆頭経験があったというのはアンサイクロペディアならずあの頭の固いウィキペディアでも注目していた珍記録だっただけに、もう少し大放出の時期は考えて欲しかった。

人物[編集]

  • 学生時代の同級生がプロ入りしてまもなく暗黒面に堕ちたことから自身が暗黒面に引き入れられることがないように土俵上の所作を丁寧に行う。暗黒面側もこういう力士は大の苦手であるので、こういう心がけをしている以上暗黒面に堕ちることはないと見られている。なお現在の錣山部屋経験者に暗黒面からの誘いを受けた者はひとりもいない。師匠がバリケードを張っているという噂もある。詳しくは錣山部屋の項を参照。
  • 関脇鶴竜はいとこのような関係を築いており、本当は実のいとこではないかという噂がネット上にてまことしやかに流れている。なお鶴竜と夜の関係を作ったことは無く、鶴竜はむしろ朝青龍と夜の関係を築いている。その証拠に、鶴竜は朝青龍との熱愛お泊まりデートをフライデーされている。しかし豊真将は今のところいかがわしい噂は無い。八百長で協会が大変な時期に結婚したにも関わらず。
  • その結婚にあたり、セックスに大きな支障をきたす真性包茎の外科手術を行っている。これにより帽子が脱げ、男になれたから三役に上がれたのだと豊真将は公言している。チンコのせいにしてどうする。
  • 2009年2月に兵庫県姫路市で発生したエレベーター転落事故に絡み、豊真将紀行、もとい山本洋介は業務上過失致死容疑で起訴された。だがよく考えると、豊真将はこのエレベーター会社に勤務しているわけではない。あれ?
  • 2012年6月17日、念願かなってついに大河ドラマに出演することが決定。

関連項目[編集]

外部サイト[編集]


朝青龍殴られ 01.jpg この項目「豊真将紀行」は、ちゃんこ不足のようでごわす。
さあ、そこの新弟子も力士の要たるちゃんこを作ってみるでごわす。強く当たったらあとは流れで行くでごわす。ごっちゃんです! (Portal:スタブ)