金沢区

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金沢区(かなざわく)とは、現在は横須賀市の一部となりかけている横浜市の区。かねさわぐ(金騒ぐ)ではないべ、と言いたい所だが、実は元々の読みは「かねさわ」で、江戸時代に北陸の金沢(かなざわ)が100万石の大大名の城下町で有名になると、本来はこちらの金沢の方が歴史がある所なのだが、引きずられて「かなざわ」と呼ばれるようになっていった。

最終的に、副将軍と勝手に自称して日本全国を旅して不正を糺したおせっかい焼きの水戸黄門が鎌倉旅行のついでに鎌倉の地誌を書いた時に「金澤(カナザハ)」とおせっかいにも振り仮名までつけて記したことで、以後は助さんと格さんがこわくて誰も異議を挟めなくなり、名称問題は完全決着した。

歴史[編集]

いい作ろうとした源頼朝が築いた鎌倉幕府は、頼朝の死後に執権北条氏が実権を握った。3代執権の北条泰時は、メンヘラ気質がある弟の実泰に、この金沢の地を与え、漢字はあまり読めないが刀を持って暴れまわる脳筋DQNだらけの鎌倉武士から隔離した。すると鎌倉武士の脳筋ぶりに幻滅した人々が、金沢に集まり始めたと言われる。朝比奈切通しなどの道路を整備して鎌倉市との道を切断することで、単独都市として栄えていった。特に海に近いこともあってか、港が繁盛した。まだこの頃は横浜港は無名の小さな漁村なので、なおさらである。

実泰の子である北条実時は鎌倉幕府随一の頭脳明晰を誇る天才君で、あんな本からこんな本まで買い揃えて、金沢文庫という日本最古の図書館を立ち上げ、脳筋DQNが充満する鎌倉とは、より一線を画した。

しかし一線を画していても所詮は北条一族に変わりはないので、鎌倉幕府と金沢北条家は一蓮托生に倒産してしまった。そのため、ここら辺の開発は行われなくなってしまった。

江戸時代に入ると、江戸の庶民の行楽地として金沢八景が脚光を浴び、浮世絵などのグッズももてはやされた。終わりごろには、マシュー・ペリーも海水浴をする一大別荘地として活躍したため、昭和に入って横浜市に編入されてしまった。しかも、その中に金沢区の文字はなく磯子区の名前が書かれていた。金沢区が磯子区から独立したのは戦後である。

その後は住宅が余るぐらい提供されて、八景島シーパラダイスも存在する観光スポットとして、横須賀市に「仲間に入らないべ?」という話を何度も持ちかけられている。(現在は完全に破談している模様じゃん。)

特徴[編集]

自然あふれるエリアで、千葉県からを盗って作った海の公園は、共々の見れる海水浴場が設置されている。要するに埋立地なので、安全性は期待できない。横浜市であるのはここだけなので、横浜中の変態が毎日集まっている。無料でたくさん取れるので、ホームレスたちが時々潮干狩りに出かける姿を見ることができる。都市公園とされているが周辺は工業地帯になっている。

野島公園は金沢八景の一つとされている。現在は小学生の利用者が多く、落ち着いて公園を楽しむことができないべ。

自然あふれるばかりではなく、横浜・八景島シーパラダイスや横浜ベイサイドマリーナなどの100%埋め立ての娯楽施設も揃っている。横浜ベイサイドマリーナはマリーナ兼海の中に存在するとして、金沢区民からの期待も大きい。

施設[編集]

横浜・八景島シーパラダイス
西武不動産、マンションになって消えたプリンスホテルが一体となって作った大型水族館。
最初はのプリンスホテルの子供として保健用にとして西武を呼び寄せただけだったが、子は独り立ちして人気施設となってしまった。
総合車両製作所
かつての東急車輌製造。FAして現在はJR東日本傘下。
地球シミュレータ
サルを用いたスーパーコンピュータ。
この項目「金沢区」は、ハマっ子の執筆者がクラックをキメていた可能性もあるけど、今はまだクソの山じゃん。より愉快にしてくださる協力者を求めているべ。これを見ているあなたも、恥ずかしがらずに書き込んでみようじゃん! (Portal:スタブ)