駆逐艦

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索

駆逐艦(くちくかん)とは、海軍における漢の艦である。

ピケットラインを展開した艦隊

駆逐艦の歴史[編集]

駆逐艦第一号[編集]

駆逐艦の歴史は非常に古く、三国志の時代にさかのぼる。 赤壁の戦いにおいて、魏軍は長江に艦隊を布陣したが、日夜呉軍の小型船による夜襲に被害を受けていた。 このとき、魏軍の水軍の将である倶筑観(く・ちくかん)は、これら小型艇に対する攻撃に対し、 軍船よりも小型で、夜襲用の船よりも大きい船を建造・運用して艦隊防衛に当たることを曹操に具申した。 しかしながら、当時はすでに決戦が近づきつつあり、それらの船を建造する暇もなく、 また水軍の将である蔡瑁に反対されたため実現されなかった。 その結果、魏軍は艦隊の防衛に失敗し、赤壁にて大敗を喫することになる。 後に曹操は彼の意見を取り入れなかずに、自軍の艦船の大半を長江の泥の中に沈めた事を悔やみ「艇、既に泥也や (てい、すでにどろなりや。「私の船団は全て泥の中に沈んだ」の意)」と述べたという。 すでにお気づきの事であろうが、日本語での駆逐艦とは倶筑観に因んで名づけられたものであり、 英語のdestroyer(デストロイヤー)とは曹操の「艇、既に泥也や」に因んだものである。

(民明書房刊「海軍四方山話」より抜粋)

日本における駆逐艦はその千年以降も後となる。 毛利家との戦争が近づいた織田信長は水軍の九鬼氏に命じ、鉄甲船を作らせた。 これは大型の鉄張り・砲装備の安宅船であり、強力な攻撃力と防御力を誇る船であったが、速度が遅いという難点を持っていた。 海戦慣れした来島・村上水軍相手にこれは致命的な弱点となりうると考え、九鬼氏はこの鉄甲船を保護するために 小型で快速の船を急ぎ作らせた。 この船は、軽量化のために防御材として鉄板はおろか木材も使わずに、 当時伊勢の山奥にのみ生息していた軽くて丈夫で燃え難い素材である狗竹(くちく)を素材とした。 信長は大いに喜び「狗竹で造らせた艦よ。」として、狗竹艦と名をつけたと言う。

(民明書房刊「海のもののふ」より抜粋)

さらにその後、同じく小型の水雷艇に苦しめられていた紅茶野郎がパクり、ハヴォック(1894)が近代の駆逐艦一号として開発された。

(民明書房刊「ロイヤルネイビーちょっとHな話~初体験は雌の羊」より抜粋)

第二次世界大戦[編集]

この時期の駆逐艦はまさに漢の艦となる。 ルンガ沖夜戦では田中頼三少将の第二水雷戦隊が米軍第67任務部隊に夜襲をかけて重巡「ノーザンプトン」を撃沈したり、第3次ソロモン海戦では作間英邇中佐のもと 駆逐艦綾波が1隻で敵駆逐艦隊(4隻)を撃沈破したほか木村昌福少将の第一水雷戦隊が濃霧の中、キスカ島に突入し、日本軍でも珍しい無事な撤退作戦を行っている。 これらは駆逐艦がもともと奇襲向きの性能ということもあるが、日本海軍の練度の高い駆逐艦乗組員あってのものであろう。

一方大和ホテルと武蔵屋旅館は呉にプカプカ浮かんでおり、ペンションしなのは処女航海で沈んだ。

(民明書房刊「大日本帝国海軍戦術研究・二巻~栗田ターン編」より抜粋)

また、ねずみ輸送も駆逐艦の重要な任務である。 これは日本軍の輸送船が米軍にコテンパンにされるので、より船足の速い駆逐艦で輸送を狙ったものである。 このねずみ輸送は米内と山本が遊郭の待合室で「ネズミみたいなすばやい動物が物運んだら最高じゃね?」「お前、頭いいな」と語ったのが起源とされる。 モテる海軍士官たるものは夜の盛り場でも戦術・戦略を考えなければならないという事である。

ちなみにこれはアメリカが「中古駆逐艦を改造して輸送艦にする」という点でパクられている。

(民明書房刊「民明ムックシリーズVol.18・海上防衛隊丸山シルヴィアちゃんのすべて」より抜粋)

さらに最近は対妖怪装備としてスペル缶を装備したものもあるらしい。

ゲーム内での駆逐艦[編集]

ゲーム「大戦略」の一部シリーズでは駆逐艦がユニットとして操作できる。これは爆雷を積んでいるため対潜水艦ユニットとして使われる事が多い。 基本的に艦船同士の戦いは自分より小さな船を狙うのが常道である。一番小さな洋上艦であるところの駆逐艦は巡洋艦や戦艦の前に出ると木端微塵に叩き壊される羽目になる。

(民明書房刊「民明電子遊戯攻略大鑑シリーズ・大戦略シリーズ」より抜粋)

著名な駆逐艦[編集]

  • 雪風
    ミッドウェー・ガダルカナル・マリアナ・レイテ沖海戦どころか坊の沖大和特攻菊水作戦まで、ありとあらゆる戦いに参加した上、幾多の戦果を挙げつつ無傷で帰ってきた幸運な艦。「うっかり機雷に触れてしまったが何故か爆発しなかった」「米軍機の投下したロケット弾が直撃するも信管が作動せず無事だった」「砲撃の嵐の中でも絶対に砲弾が当たらない」など多数の伝説を持つ。ここまでくると、もはやバケモノである。
    ただし、周囲の艦は毎回ボコボコにされており、一部の心無い僚艦の乗組員からは「不幸を呼ぶ艦」「疫病神」と呼ばれた(そしてその僚艦の乗組員は、雪風の呪いにより海底に眠ることになる)。
    戦争末期にも燃料不足で動けない僚艦が軒並み爆撃で沈んでいく中、ひとり敵機を返り討ちにしていたり活躍していた。ちなみに当時主力駆逐艦だった朝潮型駆逐艦、陽炎型駆逐艦、夕雲型駆逐艦の計50隻の中で、終戦まで正常に稼動していたのはこの雪風だけである。
    戦後は復員輸送に従事したが、その後賠償艦として台湾に引き渡されることになる。連合国にさえ「最優秀艦」と賞された雪風は、駆逐艦ながら中華民国海軍の艦隊旗艦「丹陽」となった。しかし雪風のラッキーさもアンラッキーさもアメリカ合衆国海軍の技術によって取り払われてしまったようで、後に台風であっけなく浸水し、廃艦となる。
    (民明書房刊「世界珍軍艦好軍艦図鑑」より抜粋)
    後に艦体の一部は戦闘機へと改造される。超国家組織「フェアリィ空軍(FAF)」の特殊戦第5飛行隊に配備され、地球侵略を企む異星体(JAM)とフェアリィ星で戦うことになる。
  • そよかぜ
    後にその功績(と狂運)をたたえられ、サルベージされたのち惑星連合宇宙軍 駆逐艦そよかぜにされた。
    通称「負け知らずのそよかぜ」戦い方によっては同時に60目標を同時に攻撃できるため、あの「みらい」より強い。
    強運が初代雪風よりパワーアップしており,アルデバンラン宙域戦においてタイラー艦長が座乗しドナン艦隊と対峙した際に、
    「フェーザー砲(位相光線砲)18門・長距離レーザー砲12門・光子魚雷12門 艦載機カタパルト・海兵隊移乗用エアロックがすべて大破・通信システム破損のため救難信号の発信不能・レーダーも破損し船位測定が不可能」(普通この時点で沈むはずだが..)になるなど絶望的な状況に陥った。
    しかし60隻以上のドナン艦隊から放たれた砲火が偶然、ランダムワープ先にあった赤色巨星の重力に引かれて落下、プロミネンスを誘発しドナン艦隊60隻以上が一瞬で勝手に全滅するという前代未聞の戦果を上げる。(プロミネンス作戦)
    まさに無責任艦長版「1対40」。弾薬をまったく使っていない分あの「みらい」より強い......イージスシステム・トマホーク菊池・アスロック米倉涙目....
    タイラー艦長曰く、「かわして、逃げていただけで勝った」そうであるが雪風以上の強運の持ち主である。艦長曰く「逃げるが勝ち」
    無責任艦長タイラー第13話 「予習 復習 不勉強」より
    雪風と同じく艦長自身が強運の持ち主であり、オンボロ駆逐艦そよかぜ・最新鋭駆逐艦あさなぎ・最新鋭巡洋艦阿蘇・と乗り換えても次々と戦果を上げていった。

たかが0門の砲で何ができる??

  • 疾風
    開戦後三日で沈むような奴である、大したことはない。
    どころか、敵に引き上げられて暗号表を献上してしまった奴である。
    しかし後に改造されて戦闘機になると話が少し違ってくる。
    最近は電車やらアニメやらで活躍。
初期の綾波の勇姿
  • 綾波 
    軍艦としてもやっぱり有名なのは二人目。戦艦2隻に対してただ一隻で喧嘩を売り、敵駆逐艦2隻を道連れにして華々しく散っていった。
    60年後、その武勇を買われ、箱根の山奥で量産されることに。
    一人目と三人目は天寿を全うしている。
  • 梨→わかば
    ゾンビ。
    戦争末期に竣工したものの、数ヶ月でグラマンに沈められる。
    が、後にサルベージされ護衛艦わかばに生まれ変わることができた。当初は宇宙駆逐艦化の予定があったものの、ヤマトの改装工事を優先させるために断念。
Nemurineko.jpg この節を作成した奴は中身を書く気が無いなんてことだ!
どなたかユーモアとお時間のある方精一杯頑張ってください。
m(_ _)m ごめんなさい(Portal:スタブ)