鯨の爆発

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しかし、腐っているのではなく醗酵していると主張なさるのであれば、あなたが熟成させてください。もしかしたらおいしくいただけるようになるかもしれません。

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「鯨の爆発」の項目を執筆しています。

の爆発(くじら-ばくはつ:Exploding whale)の有名な例として二件が報告されているのは、ウィキペディアの通りである。ひとつは1970年米国オレゴン州にて座礁し、変な臭いを放っていたコククジラを海軍と結託した高速道路局が地対艦ミサイルで爆破した例。オジサンたちがにこやかに鯨を爆破させる映像もWeb上で閲覧可能である。

もうひとつの例は2004年、台湾の町中で腐敗したマッコウクジラを運搬中に発生した爆発とされているが、実はこの爆発は綿密に計画された「マッコウクジラ爆弾テロ」である。

腐った鯨粉砕計画[編集]

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脂まみれへの序曲[編集]

1970年11月、体長14メートル、重量8トンのコククジラ氏(20歳)が、オレゴン州フローレンス近傍の海岸に二日間滞在し日光浴などを楽しんだ後頓死した。最初のうちは近隣住民が面白がって突っついたりかじったり肉を持ち帰っていたが、次第に腐敗が進み(腐敗ではなく醗酵だと主張し肉を持ち帰り続けた者もいた)付近には脂っこい腐敗臭が漂い始めた。二週間も経たぬうちに鯨としては小柄なコククジラ氏の遺体は焼けた餅のように膨張し、巨人様顔貌を呈し始めたために爆発を恐れた当時のオレゴン高速道路局は、鯨に対し管轄するこの海岸から立ち退きを求めることとなった。

11月12日、先に行われた拡声器による立ち退き命令を無視した鯨の膨満が留まる処を知らないと判断した道路局は「よろしい、ならば戦争だ。」と持ち前の米国人気質を生かし海軍に地対艦ミサイルの配備を打診する。

地対艦ミサイル一人前用意してよ。あ、ダイナマイト400人分も付けといて。

丁度平和に倦んでおりミサイルを撃ちたくて撃ちたくて堪らなかった海軍はその申し出を受理し、「清掃用具」との名目でモップと地対艦ミサイルを海岸に派遣した。

もちろん清掃活動です。

11月の惨劇[編集]

生放送の準備が整い、近隣住民を一時避難させた後一部報道陣が取材することを許された。テレビ中継された立ち退き兼清掃活動に全米が注目し、鯨の周囲に設置された500キロのダイナマイト向けて地対艦ミサイルが発射された。

鯨が砂と血漿を散らして勢いよく弾けた。しかしこんな程度か?この程度の爆発じゃ視聴者は満足しない。何より俺が満足してない。と海軍は引き続きミサイルを撃ち続け、気が付いた頃には砂浜にはクレーターが完成し、町中に鯨の腐った脂が降り注ぎ、車を、家を、人を粉砕した。

鯨の破片は遠くカナダまで降り注いだ。

結局臭い脂に押しつぶされた浮かばれない死者は最終的に6人となり、その他自動車が15台粉砕し、レポーターや海軍関係者数名が悪臭に耐え切れず発狂するという戦後米国におけるバイオハザードとしては最大規模の惨事となった。

政府はいつまで経っても独特の脂臭さが抜けないフローレンス近郊を火炎放射器で消毒し、失態を隠蔽する。撮影中に脂の洗礼を受けた記者は「Oh!青臭い記者が見事脂臭くなった!Wow!Fuck!」と持ち前のアメリカンジョークを飛ばしたが、あまり笑えなかった。なお鯨の残骸はクレーターの底にしぶとく残っていたため海軍が用意したモップが大活躍したことは言うまでもない。

その後[編集]

道路局は記者会見で「誠に遺憾であります。再発防止に努める所存です。」とコメントを発表したが、9年後に41頭のマッコウクジラが自殺オフ会をまたもその海岸で行うという嫌がらせとしか思えない事件が発生してしまう。道路局は総重量何百トンとなろう鯨にガソリンをかけて焼き、密かに肉を裁断し国内に流通させたとの噂も広がり、その月の牛肉売り上げは半減した。

その後尾鰭がついた鯨爆発ジョークなるものが都市伝説的に流行したため、世間は鯨の爆発を本気に信じてはいなかった。しかし1990年にデイブ・ハリーなる人気作家が新聞のコラムに鯨爆発記事を書いたことで知名度が急上昇、道路局に「お前の話、最高に笑えたぜ!必死で脂を拾ってる辺りがな!」などの意味不明伝言や「隣の人も脳が腐ってるから爆破してくれ」という出動要請、「隣の部屋から変な臭いがするから一応爆破してくれ」など冷やかし屋、教えて君の電話が殺到した。一方道路局は25年も前の事件に電話を掛けるはんかくさい奴に丁寧に応対しつつ、「鯨爆発事件は25年も前の話に電話を掛ける人がこんなにいることが一番面白いのです」という微妙に笑えないジョークを飛ばしている。

台湾抹香鯨爆弾テロ事件[編集]

現場の惨状。被害者と鯨の内臓(百尋)が辺りに飛び散っている。

2004年1月26日、台湾の都市部で大規模なテロ事件が発生した。トラックの荷台に乗せられた巨大なマッコウクジラが町の中心で爆発し、爆発に巻き込まれるなど死者4名、その他漂うメタンガスに引火し火災が発生するなど、多数の死傷者と生臭さを出したのである。警察の捜査により事件は地元の青幣(チンパン)たちの抗争が元であることが判明、次第にテロの全貌が明らかになった。

経緯[編集]

事件に先立つ1月24日、台湾南西部のとある海岸に滞在していた体長17メートル、体重50トンのマッコウクジラ氏(40)が喉にダイオウイカを詰まらせて亡くなった。道路局は氏を新鮮なうちに運び出したいと考えたため、大型クレーンを3機、清掃員のおばちゃんを50名を動員するも巨漢のマッコウクジラ氏を霊柩車に乗せる作業は13時間に及んだ。しかし17メートルの氏を火葬できる葬儀場がなかなか見つからず、遺体はたらい回しにされたおかげで膨張を始めていた。

これに焦った喪主の王建平教授は四草野生動物保護区に巨大な火葬場があることを知り、霊柩車を保護区へ向かわせる。しかし実は霊柩車を運転していた職員は地元暴力団の団員であり、保護区へまっすぐ向かわず麻薬の取引で対抗する暴力団の事務所がある町の中心部へ氏の遺体を運んでいった。なかなかシュールな光景であるがこの後の惨事は誰も予想していない。運搬に手間取ったこと、気温が予想以上に高かったことから氏の50トンの巨躯は膨満の限界まで達していたが、団員は対抗暴力団事務所前で氏の遺体を爆発させるために霊柩車の速度を速めた。

霊柩車が事務所の前、町の中心部まで来た時車輪が道路の砂利を跳ねた。砂利は風船のような鯨の腹部に命中し、轟音と共に破裂。周囲を漿と脂と内臓の海にした。運搬の様子を物珍しげに眺めていた歩行者を鉄砲水のような血と内臓の塊が襲い蹂躙。運転していた団員は窓を開けたが、充満したメタンガスと外気のメタンガスを吸い血脂まみれで窒息した。数分後には「あはははクサイめちゃめちゃだ、内臓おいしい」血と内臓と脂の海で笑いながら泳ぐ市民がテレビで中継され、数メートル離れた地面に屹立している鯨の生殖器にあやかろうと100人以上(ほとんど男性)が訪れ「ありがたやありがたや」と崇めた。中には巻き尺を持った者もおり、その報告によると長さは1.6メートル(国際Hyde原器:1.25Hyde)とされる。

後日[編集]

喪主の王教授は破裂した氏を見て涙を流し、「彼の死を忘れてはいけない」と、氏の腐った遺体から数ヶ月間じっくり脂抜きを行った後立派な骨格標本を作り上げた。最初からそれが目的ではないのかという指摘もあるが王教授はそれを否定している。運転席の男は救助されたが発狂し、事件を計画した暴力団のアジトから脂から何から全て吐き戻した。一方の暴力団事務所も鯨から勢いよく噴射されたガスに気付かず着けられたタバコの火によって爆発し、結果的にふたつの組織を壊滅に追い込むことに成功した。

警察はこのテロ事件を受けて空港への鯨の持ち込みを禁止し、マッコウクジラを含む4種類を第5類危険物に追加。遺体は「国葬」として爆発する前に爆破することとした。我が国日本においても座礁した鯨を不法に処理する業者が存在するとされ、稀に学校の校庭などで発見される小型の鯨の遺体自衛隊が出動し回収する騒ぎもある。専門家によると、生前は存在しない信管という器官が腐敗により鯨の体内で生成されるという。だが信管が発見された例は少なく、除去のため避難しながら「学校爆発しろ」と淡い期待を抱く少年たちの心を裏切っている。

関連項目[編集]