鳥栖市
鳥栖市(とすし)とは、日本で唯一鳥類が人間より高い身分にある特別区である。
概要[編集]

鳥栖市とは、九州で一番人口が少ない佐賀県の一番東にある自治体であり、人口は7万(佐賀県内でも3位)と実にビミョーな街。正直な話、立項しただけで「そこ何県?」「え? 福岡県じゃないの?」「そもそも佐賀県ってどこ?」「こんなクソマイナーな都市特筆する意味なし」「どうせ妄想記事だろ」「地域住民のひがみ乙wwww」みたいに書かれることは承知の上である[1]。が、しかしこの鳥栖市は日本で唯一、他の自治体にない特徴を持っている。
それはこの町がカササギに支配されているという点である。
この鳥栖市においては、全ての住民はカササギ=カチガラスに絶対的な服従を誓わされており、カササギに少しでも反抗的な態度を取った者は市外追放される。市民は納税額の2/3をカササギ保全に支払わされ、カササギがやることなすこと全て黙認せねばならない。現にこの都市の人口は7万であるが、カササギの生息数は1万7千羽[1]であり、この大半は鳥栖市を居住地としている(近隣の久留米市や神埼市、佐賀市に飛ぶのはあくまで餌探しにすぎない)。
鳥栖市は土地の全てをカササギに永久に提供することを条例で定めており、市民はカササギの保全を自らの命より先に考えて行動せねばならない。こうした独自の文化により、鳥栖市は平穏・閑静で自然が豊かな土地となり、「住みたいまちランキング」で九州第3位という位置を占めるに至っている。日本全国で見ると65位である。そもそも、九州人以外はこの土地に対する知名度が0に等しいため仕方ない。
どうしてこうなった?[編集]
元々鳥栖市は「佐賀平野の右端」以外のアイデンティティは何もなく、単なるど田舎に過ぎなかった。しかし安土桃山時代末期、状況は一変する。朝鮮出兵に伴い、半島に近い佐賀の地を豊臣秀吉が戦略拠点としたのが悲劇の始まりであった。朝鮮出兵基地となる名護屋(現唐津市)の中継地点として、とりあえず何もなくだだっ広い鳥栖(当時はこの地名すら無かった)は兵站の要を担った。しかし李舜臣他の抗戦により明・李氏朝鮮連合は豊臣連合軍相手に長々と闘い続け、疲弊した豊臣連合軍は一旦休戦を結ぶ。
この時、当時の佐賀を支配していた鍋島直茂は朝鮮から帰還する際、二つの物を持って帰ってきた。一つは陶磁器であり、もう一つはユーラシア大陸の鳥・カササギの剥製である。カササギは本来、日本には1羽として生息していない鳥であった。前者は後の唐津焼・有田焼・伊万里焼といった、佐賀県の数少なすぎる名産品となったのだが、後者を持って帰ってきたことが、悲劇の始まりとなった。
カササギの剥製を見た秀吉は、その白と黒のコントラストの美しさに見惚れた。当時秀吉は鶴を飼っていたものの、部下がうっかり逃がしてしまったことを悔やんでいた。秀吉はその白と黒の美しい羽を持つカササギなら、同じく白と黒の羽を持つ鶴の代わりになると考え、再出兵の際に直茂に「カササギを大量に捕獲し献上せよ」と命じた。かくして加藤清正(熊本)や黒田長政(福岡)、立花宗茂(大分)ら九州武将たちが二度目の出兵で虎を捕獲するのに悪戦苦闘する仲、直茂は「いやーオレは実に運がいいなあ」とニヤニヤしながら楽々とカササギを捕まえていた。
そして秀吉の死に伴い、直茂は帰国。大阪に100羽のカササギを送ろうとするも、侍従の石田三成から「そんな大量に貰っても困る」と抗議され、直茂は全ての鳥を自分の領内に匿い、育てた。
しかし、それこそが悲劇の発端となった。知っての通り、鍋島一族は猫を守護神としている。従って、大量の「鳥」は、猫たちにとって餌でしかなかったのである。鍋島領の猫たちは忽ちカササギに襲いかかり、瞬く間にその大多数を食い尽くした。直茂はそのことを悔やんだが時すでに遅し、本州では関ヶ原の戦いが始まってしまい、鍋島家はすっかりカササギの事を忘れてしまった。
だがカササギは死に絶えていなかった。残ったカササギは、豊臣家が駐屯地にしていた鳥栖基地(当時はこの名称は無い)に忍び込み、放置されていた糧食を食って繁殖し、復讐の機会を誓った。そして数十年後、1万もの軍勢に膨れ上がったカササギは、先祖を貪り食った猫やその飼い主への復讐のために佐賀に進軍を行った。彼らは火を起こせるまでに知能が膨れ上がり、瞬く間に佐賀城は焼け落ち、佐賀藩は全滅した。そして怒涛の勢いで長崎に攻め込み、島原の田畑を食い尽くした。これにより島原・天草では飢饉が発生、天草四郎が島原の乱を起こす羽目になった。さらにカササギは他の鳥たちを煽動し、九州全土の何億羽という鳥たちが人里を襲った。
事態を重く見た江戸幕府はこれを恐れ、カササギ側にオウムを使った通訳で停戦を申し込んだ。カササギ陣営は「我々カササギを保護鳥とし、一切の危害を加えないこと」「我々の居住区を定め、その全住民を服属させること」「以上の事はこの天地が終わるまでこの国を管轄する者が代替わりしながら永久に順守すること」と申し付け、当時の3代将軍徳川家光は泣く泣くこれを認め、「鳥類憐みの令」として宣言したのである。なお、バカ孫の5代将軍徳川綱吉はこれをパクって「生類憐みの令」を出したのは言うまでも無く、その時には日本全国で犬が全生物で最も高貴とされていたが、鳥栖では犬が2番目だったことは言うまでもない。
こうしてこの土地は日本で唯一のカササギ領となり、名前も「とりのすみか」を意味する「鳥栖」の名が決定。市民たちはカササギに逆らえば他のあらゆる鳥が日本人すべてに反乱を起こしてしまうことに怯えながら、ダモクレスの剣の如くびくびくしつつ暮らしている。
今、ここに日本の日常があるのは、犠牲の礎石となった鳥栖市が存在するからに他ならないのである。
出身の有名人[編集]
- 鳥栖市立図書館名誉館長にしてポケットモンスターシリーズの生みの親の一人。『マシンロボ クロノスの逆襲』『絶対無敵ライジンオー』などで知られるが、一番の有名作は『超者ライディーン』である。主人公たちは鳥をモチーフにしたイケメンアイドルであり、今でいう所のけものフレンズをムチャクチャかっこよくしたようなアニメである。鳥である。
特色[編集]
- この町ではカササギをカチガラスと呼ぶ
- カチガラスとはすなわち「勝ち鴉」であり、「価値鴉」である。すなわち、カササギの事を「勝利、成功の化身」として崇めている証拠に他ならない。
- 九州の交通の要衝である
- 鳥栖市は鉄道[2]・国道[3]共に九州の中枢地点である。降りる奴は少ないが。これは、鳥栖市がカササギ様に効率よく餌や砂を与えることが出来るよう整備し(ろとカササギに命じられ)たからである。一見何のためにあるのかわからんような駅があるのも、より効率よくカササギに餌を与えるためである。
- 水資源が豊富
- カササギ様が暮らしやすくするよう土木工事を命じ、筑後川の水を引いてきたからである。
- なぜかJリーグのサッカーチームがある
- アンサイクロペディアで永久に記事が出来ないことで有名なサガン鳥栖であるが、もちろんこれもカササギ様が自らを模したマスコットキャラ(日本一目つきが悪いゆるキャラと言われて久しいウィントスくん)を作り、啓蒙するよう命じたからである。
- メインスタジアムであるベストアメニティスタジアムは、いつカササギ様が来られても問題ないよう、西日本最高品質の芝を整備させられており、カササギ様が安らげるよう鳥の巣の形をしている。駅からものすごく近いのもカササギ様が迎いになられやすくなるためである。
- 福岡と佐賀のどちらのTVも映る
- 勿論、カササギ様が退屈なさらないようにするためである。
- 自然が多い
- 開き直ったなバカめ。もちろんこれも(ry
特産品[編集]
- カササギ様に献上するために作られる。鳥栖市民は藁を食わされている。
- いずれもカササギ様の好物である。
- あまり知られていないが、鳥栖市は富山市と並ぶ薬の産地である。これはカササギ様がいつ御怪我をなさっても問題ないようにである。
- お察し下さい。