3年B組金八先生

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3年B組金八先生(さんねんびーぐみきんぱちせんせい)とは、戦後日本における道徳教育の崩壊と教育制度の矛盾をテーマとしたテレビドラマシリーズ。

概要[編集]

日本の公的教育機関において、戦後もっとも大きく様変わりしたのが道徳教育である[要出典]。戦前にあった「修身」という道徳教育を第一とする科目が削除され、基礎教科が「修身・読書・習字・算術・地理・歴史」の六つから「国語・算数・理科・社会」の四つに変更された。これはGHQの占領政策によるものというより敗戦による自虐思想からのもので、愛国心や道徳倫理が戦争を起こしたという誤った価値観による不当なものであるのは言うまでもない。一応の道徳教育は副教科の「道徳」で行う事となったが、「指導」や「採点」を行ってはならないとされ時間内は教本を黙読するか『さわやか3組』などの道徳ドラマを観るだけという形式的なものとなってしまった。子供たちにとっては一時限丸々休憩時間になるようなものと歓迎されたが、それが道徳教育の決定的な崩壊を招くこととなった。

道徳指導の欠如した教育だけを受けて育った戦後生まれの団塊の世代は、モラル意識をもたず権力に付和雷同する[1]文字通りの烏合の衆と成り果ててしまった。そんな世代が人の親となり始めた1970年後半、既に質より量の教育を重視していた公的教育には更なる悲観的な予測しかされなくなっていく。それを誤魔化すように70年代の学園ドラマシーンは薄っぺらい青春ドラマばかりとなり[2]、深く人の心情を描く作品はどんどん減っていった。しかしそこを逆手にとるように、学園ドラマ形式で「道徳教育の崩壊により荒み果てた近未来の学校」を描き教育の矛盾を社会に訴えようとしたのが『3年B組金八先生』という作品なのである。

金八先生というアイコン[編集]

主人公の中学教師・坂本金八は毎年三年生を受け持ち問題だらけの生徒と向かい合っていく。というより、学校の問題を全て押し付けられていく。これは「教師は聖職である」というおためごかしにより過剰労働或いは奴隷労働が公然と行われている、という学校教育の根元的な問題を分かりやすく描いたもの[3]。実際現場の教師は過酷過ぎる労働体制に耐えながら教育に励んでおり、金八先生の描写は決して誇張しすぎたものではない。

生徒の起こす問題も飲酒喫煙は当たり前、薬物使用に常習窃盗、十代での妊娠や自殺を伴うイジメなどモラル意識が根本的に欠如しているとしか思えない深刻なものばかりとなっている。団塊の世代が親になった後の話であるため、そもそも親でさえ道徳観念が無く「教育は学校でするもの」「教師は完璧で当たり前」と考えており問題解決には何の役にもたってはくれない。こんな劣悪な状況でどうにか生徒を救っても、次の年にはまた新しい問題生徒がやって来る。教育体制が抜本的に改革され、日本人が正常な倫理観を取り戻さない限り金八先生は解放される事がない[4]。3年B組金八先生は、そんな報われない労働を描いている。

脚注[編集]

  1. ^ この場合の権力とは国家権力ではなく「声の大きい側」或いは「強権を振るう側」。学生運動に参加した団塊の世代は99%が「来いと言われたからなんとなく来た、別に思想がどうとか興味ない」という、引きずられてきただけのノンポリだったとされる。
  2. ^ 「泣きながら殴れば想いが伝わる」「不良生徒は寂しがっているだけで悪人ではない」「親がちゃんと抱き締めれば子供はまっすぐ育つ」など薄っぺらい脚本が目立っていた。
  3. ^ 後半のシリーズでは年齢により教職を退こうとする金八に、周囲が「貴方はこの地域の教育を象徴する存在」と引き留めようとするシーンもある。
  4. ^ 事実このシリーズは1979年から2011年まで延々と続き、放送局側の都合でシリーズが大団円を迎えなければ金八先生の死去まで続いた可能性がある。

関連項目[編集]


おそれいりますがこのままちょっとお待ちください.jpg この番組「3年B組金八先生」はまだパイロット版です。
実用化に向けて更なる検討を必要としています。 (Portal:スタブ)