A列車で行こう

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この記事「A列車で行こう」は何故か「A-Train」とネタや題材がダブっています。どちらが真実なのかは神のみぞ知ります。
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A列車で行こう(Aれっしゃでいこう)とは、1986年に創業したゲーム会社「アートディンク」が1985年12月に発売したPC用ゲームである。ウィキペディアにそう書いてある。よって、この項目ではウィキペディアの記述に則り、「A列車で行こう」を懇切丁寧に解説する。あわせて、時系列が奇妙である点については、アートディンクという会社が変なパソコンゲーム作らせたら天下一品だったことをかんがみれば納得がいく。ちなみに、アートディンクの公式ページにもそう書いてある。

あわせて、このゲームの対応機種はPC-8800、PC9800、X1Turbo、FM-7となっており、1985年当時、業界を引っ張っていった4つのパソコンの機種とあわせて、なんとMZ-2500版まで製作されている。

・・・あぁ、分かっている。この部分で笑える人間なんて、100人に1人いるかいないかだってことは。けど、書かせてくれ。本心から書かせてくれ。まぁ、こんなクソマイナーな機種にまで移植されたってことは、それぐらいにこのゲームに人気があったという証左でもあるのだから。

2013年現在、A列車で行こうは1980年代に発売されたPCゲームの中で日本ファルコムの誇る名作「ドラゴンスレイヤー」シリーズに次いで長期にわたって継続している作品になっており、また、作品愛の根強さがハマボウフウに例えられるの鉄道ファンからの人気に支えられた結果、上記4機種は元よりMSX2やX68000、ファミコン、メガドライブにまで移植されている。そして、2000年にはリメイク作品がWindows95および98で発売されているように、世界初の鉄道会社運営ゲームのように見せかけて実はパズルゲームとして大変に優秀であった子のゲームが、いかにプレイヤーの心をがっちりとつかんで話さなかったかを示している。

概要[編集]

駅に留置された大統領列車

A列車で行こうという作品は、発売当初はそれほど大きく取り上げられるような話もなく、たんたんとプレイする一般的なゲームという枠組みで取り扱われていた。しかし、そんな凡庸なタイトルだった本作から、1990年に世界初の本格的鉄道会社運営ゲームとして発売されたA列車で行こう3が生まれる。鉄道を使って町を発展させていくというスタイルは、当時シムシティという形で世界中に知られており、しかも、鉄道という経済の動脈を運用することで都市を大きくしていくというスタイルは、シムシティとは違うそれまでにない新感覚の経営シミュレーションとして多くのユーザーに認められ、当時のゲーム業界を驚愕させることになるのだから世の中は恐ろしい。

けれども、そういった発展を遂げるような作品にはとても見えないA列車で行こうは、あくまで、19世紀後半のアメリカで舞台の鉄道シュミレーションである。内容も単純で、大統領命令により1年という期限で大陸横断鉄道を建設し町を発展させながら、西海岸にある大統領の別荘にまで特別列車を運行させることが目的となっている。こんなゲームシステムの一要素が、その後、ゲーム全体を大きく変えていく。

BGM[編集]

こんな古いゲームですが、実はゲームのテーマに沿った素晴らしいBGMが存在しています。以下に記載するユーチューブのアドレスを別ウィンドウに貼り付けて、当時の雰囲気をお楽しみください。
もちろん、A列車で行こうで有名なデューク・エリントン楽団です。
(・・・分かっている。こんなネタに食いつけるようなジャズの知識をアンサイクロペディアンに求めるほうが悪いってことは)。
けれど、「Take The "A" Train」というジャズの名曲をゲームの名前にしたことで、この作品のとっかかりを鉄道ファン以外にも広げることに成功したことも事実である。そして、その間口の広さから数々の競合作品を追いやって、シリーズが2013年まで続けることができたことも確かである。そしてそれは、その競合作品の名前と比較すると実によく分かる。
というわけで、1990年シムシティを作ったシド・マイヤーが新たに鉄道シュミレーションの世界にも進出。「レイルロードタイクーン」という、ほぼA列車で行こう3のコンセプトとかぶった作品が日本と欧米の両方で啓上される。なお、タイクーンとは日本語で「大帝」という。この鉄道大帝というとんでもなく重いネーミングの作品は、その後もA列車で行こうのライバルとしてシリーズ作品を発表し続けるも、最終的に2006年以降新作が途絶えることになる。これは、いつまでもいつまでもA列車で行こうを支持し続けたゲームファンの存在が大きい。そして、タイクーンという名前の重さも大きい。そんな堅苦しい内容を鉄道経営に求めていないユーザーも多いのだから。
そのため、いきなり鉄道臭を前面に出すような愚を冒さず、スタイリッシュな名曲から名前をもらったことも、このA列車で行こうが超長期シリーズとして続いている遠因にもなっている。
とりあえず、どこぞのウィキペディアの記事の冒頭にある「同名の曲とはなんら関連はない」とかいう話はたわけた話である。

ゲームシステム[編集]

A列車で行こうの主なゲームシステムは、19世紀末の広大なアメリカ大陸に好きなだけ線路を引きまくって町を発展させていくことが第一、次に期限である1年以内に 大陸横断鉄道を完成させることが第二となっている。もちろん、資金には限界があり、アメリカ各州を結ぶ路線でちゃんと利益を確保しなければならない上、19世紀らしく夜の活動は制限され、さらに私有地には当然のごとく立ち入ることができないといった制限が課せられている。

もっとも、広大なアメリカ大陸に私有地なんてものはそう簡単には存在しないため基本的には好きなだけ路線が引けることになるのだけれども、このゲーム最大の難関として、西海岸にある大統領の別荘周辺がことごとく私有地で埋まっているという状況の中、いかにしてゲームクリアをするかが大問題となる。

・・・あぁ、分かっている。広大なアメリカ大陸で何をしてもいいということが売りの鉄道会社経営ゲームにおいて、ゴールである場所に手をつけることができないなんて、一体どういうことかなんてことは、普通の人間ならば気になって仕方がないはずだってことぐらいよーく分かる。・・・だったとしたらなおさらだろうさ。

これは、簡単に言えば当時のパソコンのスペックが貧弱だったせいで、大陸の両端から線路を引けなかったことに加え、アートディンクの開発陣の根性がひん曲がっていたために編み出された措置である。現実の大陸両断鉄道のように両側から線路を引ければもっと早くなるのは確実であるのだけれども、そんなスペックをMZ-2500に求められても困る。

そして、アートディンク側の考えも分かるといえば分かる。鉄道会社を経営することが目的なのに、一筆書きのごとくに大陸横断鉄道を作られては、制作者側の意図がまったく伝わらない。そのため、最終目的地の周辺をで取り囲んだことは、その周辺で町を発展させやがれこんちくしょうという会社側の意図に沿ったものである。畑周辺に駅を作り、人を呼び込んで町を作り、発展させ、最終的に私有地である畑が売りに出された一瞬を狙って線路を引かせないことにはエンディングにたどり着けないなどという外道な荒業を使用させることで、このゲームは線路を引くのが目的ではなく町を発展させることが目的であるとユーザーに刷り込みを行わせた結果、鉄道は経済を発展させるということを多くのプレイヤーが覚える。そして、その知識が全世界の鉄道ファンにA列車で行こう3という形で提供されることになる。

ちなみに、こういったスペックなどの条件を考慮した結果、時代の雰囲気と新しいシステムを楽しむゲームとしたのに、攻略などという一本道を用意することはゲームの冒涜にあたる。この点についてだけでも、アートディンクの製作サイドのひん曲がった根性に拍手が送れる。

大陸横断鉄道[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「大陸横断鉄道」の項目を執筆しています。

なお、鉄道の歴史に詳しい者であるならば、このアメリカ大陸を横断する鉄道という代物が一筋縄ではいかないものであることは重々承知。そもそも、道なき道を切り開き、未踏の大地を走破してだだっぴろい大陸の端から端までつなげようというのだから、人手は元より、資金、土地、法律、その他もろもろの諸問題がのしかかるのは、鉄道マニア以外の人間にもそれなりに予測はできる話である。しかし、さすがアメリカ。

そこら辺のところは適当に流した。本当に、単純に決定して、何も考えずに作り始めた。

そのため、鉄道の開設とともに、インディアンにとって重要な生き物であったバッファローが大虐殺されることになる。そのついでとして、インディアンも大虐殺されることになる。さすがアメリカ。その結果として、線路周辺のだだっぴろい土地は適当に宣言したものが所有することになった。もちろん、そんな話はこのゲームにはなんら関係はありませんが、鉄道の歴史を知れば知るほど、ユーザーは自分の操作一つ一つの影で、低賃金に苦しむ苦力(クーリー)や根深い人種差別、銃で追い散らされるように住みかを追われるインディアンといった、歴史好きにはたまらない要素が見えてくる仕様になっている。

無論、そういった隠れている歴史をこの作品をきっかけとして知る人間も多かったのだけれど。

ちなみに[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「ジョン・ブース」の項目を執筆しています。

なお、アメリカ合衆国が本格的に大陸横断鉄道を本格的に建設し始めたのは1862年南北戦争の真っ只中であり、当然、大統領はエイブラハム・リンカーンであるため、このゲームの設定である1年以内に大陸横断鉄道を建設するという話は、ようは、その期間内に完成させとかないと、ジョン・ブースが彼の頭を打ち抜くからそのつもりで、という制作者サイドの優しい歴史解説が裏に隠されていると見るのが妥当である。

ちなみに、本物のアメリカ大陸横断鉄道はゲームのように1年で開通とはいかず、数多くの死者行方不明者を出しながら1869年に開通している。

関連項目[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「A列車で行こうシリーズ」の項目を執筆しています。