ALWAYS 三丁目の夕日

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ALWAYS 三丁目の夕日(おーるうぇいず さんちょうめ-ゆうひ)とは、西岸良平作『三丁目の夕日』をベースとし「日本人の素晴らしさ」を訴えようとする右翼系プロパガンダ映画。

概要[編集]

第二次世界大戦後、日本の体制はあらゆる意味で大きく変化した。これまでの硬直した権威主義から抜け出すと共に欧米やアジアにおける倫理観を取り入れ、国際的な価値観を持つ「正常な国」へと生まれ変わったのである。その端境期と言える昭和30年代は、まさに混沌と呼ぶに相応しいごちゃ混ぜ状態にあり[1]、良くも悪くも猥雑でめちゃくちゃでしかし過ぎてしまえば「一体何だったのだろう」と一抹の寂しさを感じるような、まさに「時代の青春期」だった。人生において青春期には恥と失敗が付き物だが、それは時代においても変わらない。良いことも悪いこともたくさんやらかして、酒もタバコもやっちゃって、競馬もパチンコもやっちゃって、それでみんな大人になって「若い頃はバカだった」と懐かしく思い出すのである。

しかし過去を美化しなければ気がすまない層は、日本という国のそういった「若さゆえの過ち」を決して認めない。日本は常に一流国であり、戦争による不幸も乗り越え民族の誇りを持って美しく生きていた、としなければ自分たちの価値が下がると本気で思い込んでしまう。そういう意図で「理想の昭和30年代」を映像化し過去を捏造しようとしたプロパガンダ作品が『ALWAYS 三丁目の夕日』である。

本作でメガホンを取った山崎監督は、その後右翼的な映画こそ撮っていない[要出典]が『STAND BY ME ドラえもん[2]』『ドラゴンクエスト ユア ストーリーズ[3]』など原作レイプに定評がある映画監督となった。これが「時代の原作レイプ」である本作による影響なのかは定かではない。

原作からの改変[編集]

そもそもの原作である『三丁目の夕日』は、過去を美化する目的ではなくむしろ作者による備忘録的な作品である。連載が開始した1974年というのは高度経済成長の只中にあり、日本国内のありとあらゆる概念がドラスティックに変化し続けるまさに過渡期。ほんの数ヶ月前までバラックが建っていた場所に大型百貨店が建ったかと思えば、それと同じ町に未だ防空壕で暮らす自称復員兵[4]がいるなどなにもかもメチャクチャな時代で、「(この時代に起きている時代の流れは)今誰かが描き留めておかなければ、後の世代に伝わらず消えていくだけだ」と危惧してペンを取ったと西岸氏は『まんがタウン』掲載のロングインタビューで語っている[要出典]。その為描写はどちらかといえば淡々としており[5]、不幸も日常も「そういう事があった」として受け入れて描かれていたのである。

しかし徹底的な美化により、当時の不潔さやみすぼらしさは全て削除。粗野で貪欲、高潔にして不潔、それが勲章になった熱い時代は無菌化され、すっかりジオラマのような無害な景色に成り果てている。一応「当時は衛生面で遅れがあった」としてCGでハエを飛ばしたりしているが、そんなものでは時代の空気を再現など出来ないのは言うまでもない。昭和30年代はユートピアではないのである。

脚注[編集]

  1. ^ 00年代の中国が、この頃の日本と同じく熱気と狂騒に満ち破壊的なエネルギーを放っていた。
  2. ^ セワシくんがドラえもんを「機械仕掛けの奴隷」扱いしている、のび太の性格において根っ子の解釈がおかしい、など原作ファンからは概ね不評。
  3. ^ ゲームという媒体そのものを意識させるというメタフィクション映画であり、原作ファンからは概ね不評。
  4. ^ 本物かどうかは不明だが、実際洞窟を使った簡易防空壕に住んでいる住人は各地にいた。
  5. ^ 氏の作風自体がそうで、『鎌倉物語』でも数回に一度のペースでキャラクターの首が飛んだり食い殺されたりするが派手な描写ではない。

関連項目[編集]


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