R.U.R.U.R 〜ル・ル・ル・ル〜 このこのために、せめてきれいな星空を

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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R.U.R.U.R 〜ル・ル・ル・ル〜 このこのために、せめてきれいな星空を (- ほしぞら) とは、原っぱの家に住む王子さまがだいじなものを探すおはなし。

このおはなしを読むと、あんまり知りたくなかったこともまで知っちゃうかもしれません。それでも読むのであれば、それは読んだ人の責任です。「大切なものは目に見えない」といいますが、目に見えるものも結構大切なので、バオバブの芽があなたのこころを壊さないように気をつけることができると思ったら読んでください。
Wikipedia
ユーモアの分からない人のために、ウィキペディアの可哀想な人たちが「R.U.R.U.R 〜ル・ル・ル・ル〜 このこのために、せめてきれいな星空を」のおはなしをしています。

はじまり[編集]

むかし、むかしのおはなし。いいえ、物語はこういう口上のもので始まるものが多いのだけれど本当はもっと最近のおはなし。あるところにLightというゲームを作る会社がありました。そこで働いていた伊藤ヒロという人はある日、会社の偉い人に仕事を頼まれました。「SF物のシナリオを作ってくれないか」と偉い人にお願いされた伊藤ヒロは困ってしまいました。「SF物といっても、話が広すぎるなぁ」と。彼は、とっても悩みました。悩んで悩んで、悩みました。すると、唐突にとっても素晴らしいアイディアが浮かび上がったのです。「そうだ、素敵なものをいっぱい入れよう、そうすればきっと素敵なシナリオになるぞ」と。

そう思い至った彼はアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリカレル・チャペックとその他色々素敵なSF要素を同じお鍋に入れてぐつぐつ煮込み始めました。最初はテグジュペリとチャペックで満足していたのですが、途中から物足りなくなってフレッド・セイバーヘーゲンエドモンド・ハミルトンなんかを追加で加え、やっぱりぐつぐつと煮込みました。そうするうちに色々入れたものがどろどろに溶けて、三日三晩灰汁を取るうちに段々澄んだスープのようになっていきました。こうして『R.U.R.U.R』が完成しましたとさ。

おはなし[編集]

彼の作ったお話には、色々な子どもたちが登場します。原っぱの家のイチヒコ君に、一緒に暮らしているお姉さんのミズバッショウシロツメグサ、すぐ隣のお家に住んでいるお隣さんのヒナギク。他にも、みんなが通う学校の生徒たちや、先生のコバトムギ。ふらふらと詩を作ったり旅をしたり、トウモロコシを作ったりしているタンポポ。ミズバショウとコバトムギは見かけこそ大人のように見えますが、こころはとってもこどもみたいに純粋です。もちろん、他のみんなも純粋です。

こどもたちは、朝ごはんを食べて、学校に行って、勉強して、終わったら原っぱや湖なんかで遊んで、夕飯を食べて、夜はぐっすり眠りました。毎日おんなじように、とっても平和な毎日が続きました。これは「にちじょう」と呼ばれるとってもとっても素敵で大事で、それでいてつい失くし易いものだったので、大事に大事にしていました。

うそのおはなし[編集]

このおはなしには、みんながイチヒコ君に隠していることがいっぱいあります。「うそをつくこと」は良くないことですが、みんな大事にしてきた「にちじょう」が壊れてしまうのが嫌だったので、一生懸命隠しました。それは「イチヒコ君が最後の人類(マンカインド)で、他の皆はチャペックやセーバーハーゲンと呼ばれる『人類』じゃないものだということ」や「イチヒコ君と一緒に暮らしてきた家族が、実は本当の家族じゃないということ」、他にも「実は町があるのは地球じゃなくて宇宙船の中だということ」や「イチヒコ君が望めば人類がまたいっぱい増えて、もしかしたらもっと幸せになれるかもしれない」といった隠し事です。

ほんとうのおはなし[編集]

町に住んでいるみんなは、イチヒコのことが大好きです。もちろん、イチヒコが『最後の人類』だということも少しだけ関係していますが、大体はイチヒコそのものが好きでした。

「人間たちはもう時間がなくなりすぎてほんとうには、なにも知ることができないでいる。なにもかもできあがった品を、店で買う。でも友だちを売ってる店なんてないから人間たちにはもう友だちがいない。」
人間 について、キツネ

イチヒコ君が望めば、たくさんの人類が戻ってきて、いっぱい友達ができるかもしれません。おかしももっと美味しいのができて、今よりもずっと面白いおもちゃがあるかもしれません。でも、人類がいっぱい増えたらチャペックとセーバーハーゲンは手に入れた『こころ』を人類に返さなければいけません。つまり、人類が戻ってくることをイチヒコ君が選ぶと、イチヒコ君の友達はみんないなくなってしまうのです。とってもむつかしい話ですが、いずれイチヒコ君は選択しなければいけないのです。

じんるいをとりもどす[編集]

イチヒコ君が人類が戻ってくることを願えば、今まで一緒に暮らしてきたみんなを捨てることになります。みんなが作った町も家も学校も、台無しにされるでしょう。それに、イチヒコ君はこどもですが人類には大人もいます。「原っぱの家のイチヒコ」だったイチヒコ君は「いっぱいいる人類の中のイチヒコという名前のこども」になります。友達ができるかなんてわかりませんし、人類と接してこなかったのでなじめるかなんてわかりません。本当に、全部を失くしてしまうかもしれないのです。

じんるいをとりもどさない[編集]

「子どもたちは、ぼろきれのお人形に時間を費やす。だからそのお人形はとっても大事なものになる。それで、とりあげられると泣くんだね…」
大事なもの について、王子さま

人類が戻ってこなくても、イチヒコ君には全然関係ありません。友達のみんなは変わりなく一緒ですし、町も家も学校も変わりません。イチヒコ君が最後の人類だからといって、それにどんな意味があるのでしょうか?一緒に暮らしてきたお姉さんやお隣さん、町のみんながチャペックやセーバーハーゲンと呼ばれるものであったとして、何の不都合があるのでしょう?

ほんとうの、ほんとうのおはなし[編集]

この物語は、実はいやらしいゲームのお話です。ですが、そう最初に言われなければ、とってもピュアで切ない話に聞こえますよね。実際にもピュアで切ない話なのですが、とても悲しいことに人類は最初のそういう「おぜんだて」をされてしまうと、目が曇ってしまったり「いろめがね」というもので見てしまったりするものです。物の見方次第では、人類を復活させないイチヒコは「うらぎりもの」に見えますし、チャペックやセーバーハーゲンがこころを失くしたくないから人類の復活を拒んでいるようにも見えてしまいます。でも、本当に大事なのはそんなことなのでしょうか?

「大切なものは、目に見えない」
本当に大切なもの について、星の王子さま

かんけいのあるおはなし[編集]